第17話 夕食後のひと時
水の魔石を止め、次いで僕は最後の皿を布巾で拭き終えた。夕食後の洗い物だ。
『今日は、美味しい夕食を用意してもらったし、後は僕がやるよ。カレンはリディヤと、アトラ達をお風呂へ入れてあげてほしい』
そう言って、やや不満そうだった妹と、僕からの譲歩――『今晩は泊まってもいいよ』を引き出し、上機嫌だった相方を送り出したのはどうやら大正解だったらしい。お腹いっぱい食べ、さっきまで今にも寝そうだった幼女達がはしゃく声と、カレンのやや焦る声が聞こえてくる。
うちのお風呂場は、十数年前まで複数の下宿人が共同生活していたことと、リディヤが強引に改装したことも相まってとても広いのだ。
僕は自然と笑みを零し、紅茶を淹れてソファーに独り腰かけ、手帳を開く。
「……明日からも忙しそうだなぁ。ララノア関係の報告で王宮にも行かないとだし、商会の仕事もあるし」
ハワード、リンスター合同商会――大変遺憾ながらも、世間的にも広く認知されつつある通称『アレン商会』の規模は、敏腕番頭フェリシア・フォスの才覚で拡大するばかり。
王国は当然、北はユースティン帝国から、南は侯国連合。ここ最近では、北東のララノア共和国とも商いがある。
中でも――先の南方戦役で受けた経済的打撃からの復興が急務な北部侯国との関係性は、リンスター公爵、副公爵両殿下から名指しの依頼もあり、日々その取引量が増え続けているのは頭が痛い。
「『水都より北方の五侯国を王国の経済圏に少しずつ組み込み、侯国連合が二度と刃を向けることがないような立場に追い込む』、か。正直、手に余るんだよなぁ。僕は一般人だし。やっぱりここは、分相応な人に押し付ける――もとい、功績を立ててもらおうかな?」
独白し、紅茶に南方島嶼諸国産の砂糖を入れて一口。
……癖のある甘さだ。王国で売るなら、茶葉や飲み方の工夫が必要かもしれない。
ソーサーに赤の小鳥が描かれたリンスター家のカップを置き、手帳の空欄にペンで『要研究』とメモしておく。明日にでも、フェリシアの意見も聞いてみよう。
――あ、そうだ。
北部侯国絡みの厄介事を押し付けがてら、あれで色々なことに詳しい水都の名家出の才人――ニケ・ニッティに報告書の返信がてら合う茶葉を探してもらうのも良いかもなぁ。可愛い鼬族の秘書さんと仲良くしているらしい、それくらいしてもらっても罰は当たらない筈だ。うん、そうしよう!
これで懸案は一つ減った。
ふっ、と息を吐き、今度は中空に作成中の魔法式を幾つか並べていく。
週末の家庭教師で使う、教え子達用の魔法式だ。
せっせと作ってはいるのだけれど……あの子達の成長速度はちょっと早過ぎる。
手帳に記した少女達の現状を確認する。
『エリー・ウォーカー:静謐性はますます向上。苦手だった雷属性すらも克服しつつあり。遠からず、八属性を用いた植物魔法を自由自在に操れるように?』
『リィネ・リンスター:王立学校入学時よりも、全てにおいて成長。特に精神面は著しい。安心して見ていられる』
『ステラ・ハワード:この子はもう心配いらない。まっすぐ伸びていってくれればいい。少し、リディヤの影響を受けているのが気がかりかも』
三人共、大変頼もしい。
一年も経てば、僕なんかきっと追い抜かれてしまうだろう。
――そして、リディヤと並ぶ天才。
『ティナ・ハワード:大精霊『氷鶴』の解放方法は依然として不明。なれど、その力の一端を引き出せるようになりつつあり。魔法制御の訓練は引き続き要継続』
魔力と才の底は未だ見えず。
大精霊達の軛を解く方法も分からない。
ララノアの英雄『七天』アーサー・ロートリンゲンに、古書の探索を頼んでいるとはいえ……望みは薄だ。
いっそ、『竜』や『魔王』へ聞いてみるべきなのかも? いや、無理か。
僕は頭を掻き、棚に納めたライさんのワインへ目をやった。
……リディヤ達がいない間に、折角だし一杯だけ飲もうかな。
そんなことを思っていると、タタタ、と軽やかに廊下を駆ける幼女達の足音が耳朶尾を打った。
開け放たれた扉から、長い白紫髪と緋髪を濡らしたまま、真っ白なお揃いの寝間着に着替えたアトラとリアが駆けんできて、
「「アレン♪」」
満面の笑みを浮かべ、僕目掛けて大跳躍。
浮遊魔法で速度と衝撃を緩和し、両手で受け止める。
「おっと。アトラ、リア。髪を乾かさないのは、めっ! だよ?」
「アレンがいい」「風、ふかせて~☆」
背を向け、獣耳幼女達はちょこんと膝上に座り直し、尻尾を振った。
――これは仕方ないな。
温度調節魔法で暖めた風を、僕は二人の長い髪へ。
「「~~~♪」」
気持ち良いらしく、小さな足を揺らして歌い始めた。
僕がほんわかしていると、入り口から頭にタオルをかけ、寝間着に着替え終えたリディヤとカレンが顔を覗かせる。
二人共、これ見よがしなジト目だ。
「……ねぇぇ」
「……兄さん」
「こ、これは不可抗力だよ」
無理無茶もするけれど、人前では基本しっかり者な子達なのに、僕に対しては年々遠慮がなくなっているような……。
はぁ、何処で教育を間違えたんだろう??
小さく嘆息する中、幼女達が小さな肢体を僕に預けてきた。
「アトラ、リア?」
「「――――」」
健やかな寝息。
……寝ちゃったか。
僕は幼女達の髪が完全に乾いたことを確認すると、ホットミルクを準備していたリディヤとカレンへ目配せ。
『分かったわ』『了解です』
起こさないよう、声を出さずに頷くや、僕の膝上から幼女達を抱き上げた。
とても優しい表情だ。何時もこうなら――。
『……アレン?』『……兄さん、何か?』
『な、なんでも、ないよ? 本当だよ??』
ツツツ、と目を逸らす。
やっぱり、仲が良いんだよなぁ……。
アトラ達を寝室へ運ぶ少女達の背を見つめ、僕は思わず苦笑した。
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