第35話 夏季休暇
「アレン様、短い間でしたが――お世話になりました」
「それは僕の台詞ですよ。心細くなります。リディヤとリィネはどなたかが専属に?」
「王都に残る者達が交代で務める予定でございます。何かあった時はアレン様をとにもかくにもお頼りするよう言い含めてあります」
「……リサさんへ、アンナさんをすぐ戻してくださるよう、手紙を書くか本気で迷いますね」
「ふふふ――嬉しいことを仰りますね」
フォス商会の一件から約一ヶ月が経ち、王立学校の夏季休暇が近付いてきた頃、アンナさんの南方行きが正式に通達された。
分かっていたこととはいえ、寂しくなる。
何とか窓口役も板についてきたけれど、これからは僕一人で決断しないと。
懸念材料の後任になる人はまだ教えてもらっていない。
『本人の意向で当日までは秘密』『とてもとても優秀』と聞かされたけど……本当にそんな人がいればいいなぁ。
幸い、仕事を手伝ってくれていたメイドさんの過半数は残ってくれるらしいけど……来年の春までは少し頑張らないといけないかもしれない。
――汽車の出発を告げる鐘の音。
「では、アレン様」
「お元気で。リサさんと公爵によろしくお伝え下さい」
「承りました。リディヤお嬢様とリィネお嬢様のことをよろしくお願いいたします」
「微力を尽くします」
アンナさんはにっこりと微笑み、汽車へ乗り込んでいった。
彼女と一緒に南方へ戻るメイドさん達も顔を出し、次々と会釈してくれたので、『ありがとうございました』と口を動かし、手を振る。
扉が乗務員の手で閉められた――間に合わなかったか。
再度、鐘が鳴り響き汽車はゆっくりと動き出し、出発していった。
――さて、二人をなだめながら戻ろうかな。
身体強化魔法を使い駅内に駆け込んできたのはリディヤとリィネ。
「「アンナ達はっ!?」」
「残念。今さっき出発したよ」
余程急いだのだろう。何時も綺麗な赤髪が崩れ息を切らしている。
そして、あからさまな不満顔。
「なんで私達が来るまで止めておかないのよっ! あと――どうして教えなかったのか、説明してもらうわ」
「兄様、私達もアンナ達に会いたかったです……」
「ごめんよ。だけど、これはアンナさん達の意向だったんだ」
彼女達はこの二人に対して、正確な日程をあえて伝えなかった。
王立学校が夏季休暇に入る前後で戻る、という話は伝えていたらしいけど――
「二人の顔を見たら『行けなくなってしまいますから』って言ってたよ。愛されてるね」
「……そんなの勝手よ」
「……今度、会ったら怒ろうと思います」
「黙ってたのは僕も悪かった。許してほしいな」
「……駄目」
「……駄目です」
余程、ご不満らしい。
リディヤだけじゃなく、リィネまで。
どうしたものか――すると、二人が目配せ。
……今までこういう場面は散々経験してきた。嫌な予感。
「ねぇ」「兄様」
「……僕は窓口役があるからね? 夏季休暇中も家庭教師は継続だし」
「大丈夫よ。無理難題でも、不可能な事でもないわ。そうよね? リィネ」
「はい。兄様――私と姉様は、夏季休暇中に南方へ帰ります。その時、一緒に来て下さい」
「折角の申し出だけれど、それはちょっと難しいと思う……忙しくて」
ティナとステラ様(当然、ティナ付であるエリーも)は今夏北方へ戻らないことが決定しているので授業は通常だ。
つまり、家庭教師に夏季休暇はなく、窓口役は夏の半ばに数日あるものの、権限は拡大されているし、アンナさんも南方へ。
……どう考えてても休暇が取れるとは思えない。
一点だけ光明があるとしたら――
『先生と夏季休暇中も御一緒なので、嬉しいです』
『あの、あの、夏季休暇になったら身の回りのお世話をしてもいいですか?』
『エリー、ずるいっ! 私も作物関連はお仕事のお手伝いが出来ると思います』
『アレン様、ご迷惑でなければ……私もお手伝いを』
……甘美な提案に屈した僕を笑ってほしい。
だけど、ここから先を考えたら、可愛い子猫達の手であっても取りますとも。
グラハムさんから『夏季休暇中も良しなに』と手紙も来ていたしね。
なお――すぐにリィネとカレンにもバレたので夏季休暇中だけは人手不足が解消されることを期待している。色々、心労は多くなるだろうけど仕方ない、うん。
そんな事を考えていると、何故かリディヤがジト目。
背中からは『火焔鳥』の羽が見えている……ここは中央駅だよ。
「そんな事を言い訳に出来ると思ってるの? 十分、回せる筈よね? 私に黙って、リィネ達を引きずりこんでおいて!」
「君は王宮魔法士なんだし、誘えないじゃないか。それでも……休暇が取れるか怪しいんだけど?」
「はぁ!? アンナの後任をわざわざ自分で選んでおいて――」
「あ、姉様、それはまだ」
リィネがリディヤの手を引き、ひそひそ話。
――む、秘密の、しかも僕が知らない話があるな。
「二人して何を話しているのさ?」
「――こっちの話よ。とにかく、貴方の夏季休暇が決定したらすぐ教えなさい。一緒に南方へ帰るわよ。いいわね?」
「……冗談抜きで難しいんだけど」
「大丈夫よ、可能になるから」
我が古馴染は邪悪な笑みを浮かべている――何かしら事が起こる予兆。
ただ――休暇があるなら行かなきゃいけない所がある。
「リディヤ、リィネ、本当に申し訳ないんだけど……休暇が取れたなら行く場所は決めてるんだ」
「へぇ……」
「兄様、私達との旅行は嫌なのですか……?」
「まさか。リディヤ、『火焔鳥』を引っ込めて。――父さんと母さんに王宮魔法士を落ちた話をしないといけないんだよ」
手紙では報せている。今、何をしているのかも。
……だけど、やっぱり直接伝えに行かないといけないと思うのだ。あの人達の期待を裏切ったのだから。
正直、怖いし、足が竦む。それでも――二人の目には理解の色。
「それなら、仕方ないわね」
「そうですね」
「ごめん。次の機会には是非。約束するよ」
「分かったわ。行先はアレンの故郷にしましょう。私もお二人にお会いたいし」
「……ん?」
「そうですね。他の方達にも伝えておきます」
「……んん?」
「そういう訳だから。とっとと休暇の日程を組みなさい。最低でも一週間よ!」
「長ければ長い程いいです」
「それはもう決定――分かった、何も言わないよ」
どうやらみんなで旅行する事は決定事項らしい。
実現したら、父さんと母さんびっくりするだろうな。
何しろ、息子が女の子を六人連れて――しかもその内の四人は公女殿下だ。
リディヤは何度か会ってるけれど、母さんが嬉々としてからかってくる光景が容易に思い浮かぶ……。
まぁその前に夏季休暇自体、取れるかも分からないし、実現する可能性は限りなく低いだろう。折檻を覚悟するしか、ないか。
この時点では本気でそう思っていた。だけど、そんな予想は翌週、あっさりと外れることとなる。
――結局のところ、僕は彼女の想いを過小評価していたのだ。
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