第34話 甘噛み
「間違いなく先生がいけないと思います」
「えっと……悪いです」
「兄さん、確かに何かしら事態を動かしてくれる、とは思いましたが……」
昨晩、リディヤから散々甘噛み――子猫ではなく獅子のそれ。普通は死ぬ。いや本当に――を受け、疲労困憊しながらも、午後の授業に出向いた僕を待っていたのは、ティナ達からの集中砲火だった。
……いや、確かに僕の対応がまずかったのは認める。
認めるけど、最善ではないにしろ、両公爵家にとっても次善の案だったと思う。
「見境なく、女の人に手を出すのは紳士として如何なものかと思いますっ!」
「あのその……駄目ですっ!」
「兄さん――私の友人に手を出したりしたら、その時は分かっていますよね?」
「――兄様は大局を見られて判断されたのでしょう。そんな事も分からないなんて、三人とも子供ですね」
「「「!」」」
リィネが優雅に紅茶を飲みながら失笑。それに反応してじゃれ合いが始まる。
……うん、ありがとう。だけどね?
昨日、リディヤと一緒になって僕を責めたのは誰だったかな?
静かに話を聞いていたステラ様が口を開く。
「アレン様――今回の件は、私とカレンにも責があると思います。申し訳ありませんでした」
「とんでもない。フェリシアさんを仕事に勧誘したのは僕の意思です。純粋に彼女の商才が欲しかった――仕事を助けてほしいと思ったのも事実ですが、長期的に見ればそれが両公爵家にも、益となると確信していたからです。後悔はありません。気にしないで下さい」
「ありがとうございます。一つだけ質問してよろしいですか?」
「何でしょう?」
問い返すとしばしの沈黙――そんなに聞き難い事が?
何時の間にか他の子達も耳をすましている。
「アレン様は――その、フェリシアに恋愛感情をお持ちなのでしょうか?」
「……へっ?」
「兄さん、これはとても重要な事です。さぁ答えてください!」
「先生!」「アレン先生」「兄様」
「……僕からも聞きたいんですが、どうしてそうなるんでしょう? 仕事に誘っただけですよ? そんなに節操なく見えていますか?」
ちょっと傷つきながら尋ねると……みんな目を見てくれない。
深い溜め息。
がくりと肩が落ちる。はぁ……。
「あのですね……情けない話ですが僕はこの歳になるまで誰ともお付き合いした事はありません。リディヤとの関係が近いのは――信頼もありますけど、ちょっとしたのっぴきならない事情があるんです」
「……先生」「……兄様」「……アレン先生」「……兄さん」
「「「「嘘は駄目ですっ!」」」」
「えーっと……アレン様、私は信じます」
「ステラ様――!」
暗闇の中で一筋の光を見出した思いになり、手を取ってしまう。
直後にティナが笑顔で割って入る。
「――抜け駆けは駄目です。それと、先生」
「何かな?」
「そういうところですっ! すぐに思わせぶりな態度を取らないで――私にはしていいですけど――と・に・か・くっ! 今後、女の人に手を出さないで下さいっ!!」
「……いや、手を出してるも何もそんな事実が」
「狡賢いそこの首席は放っておくとしても、兄様、ここは『はい』しか答えてはいけない場面ですよ? そうじゃないと……姉様にまた言いますから。『兄様はまた違う女の人に手を出そうとしてます』って」
「ねぇ……リィネ? ……幾ら僕でも『火焔鳥』が三羽も舞った時は、死がよぎったんだよ……?」
「それじゃ――『はい』とお答えを」
おかしいな……この前までただただ可愛かった、妹同然に思っている子達からの追求が厳し過ぎる。エリーもジト目で見てるし。カレン、そんなに怒る話じゃないよ? 僕が誰とも付き合ってないのはよく知ってるだろうに。
「アレン様――『火焔鳥』を三羽とは??」
「その話ですか。良い機会ですからね、要はこういう事です」
「「「!?」」」
「兄様、相変わらず凄いです」
「兄さん、結局、全部出来るようになったんですか?」
「いいや。光と闇はまだ復元出来てないよ。それにカレンだってもう出来るだろう?」
「それこそ、まさか、です」
「やろうとしてないだけさ――と、こんな感じです」
「……待って下さい。敢えてお尋ねしますが、机の上にいるのは――『火焔鳥』『氷雪狼』『暴風竜』『王雷虎』なのでは?」
机の上で遊んでいる小さな四頭を見てステラ様が蒼白になっている。
ティナとエリーも驚きの表情。ああ、同時に出したことはなかったからかな?
カレンとリィネは既知だから――何でそんなに誇らしい笑顔なのさ。
「ああ、これは違いますよ。第一、僕の魔力量だと本物の極致魔法を再現するのは不可能――その四頭は理論を僕なりに解釈して展開しているだけです。因みに、燃えたりしないのは任意で可能だからです」
「で、ですが、そんな事、出来る筈……」
「ステラ――兄さんのする事よ。常識を捨てなさい」
「貴女達もこんな程度で驚くなんて――まだまだね。因みに昨晩、姉様は兄様へ甘噛みされてる時、『火焔鳥』を二羽同時に展開されていたわ」
「ぐっ……別に、お、驚いてなんか――あれ? 二羽? さっき三羽って……あ!」
「……ちっ。変な所で頭が回る」
何時ものじゃれ合いを始めた二人を見つつ少し考える。
今回の一件は配慮がなかった……ちょっと気をつけよう。
まぁ来年の話だしね。さ、授業をしようかな。
「ああ――兄さん、先程の『はい』をまだ聞いていませんが?」
「そうです! まだ聞いていませんっ!」
「ア、アレン先生っ」
「兄様?」
「……四公爵家の象徴をいとも容易く再現なさるなんて」
若干一名違う世界に行ってるけれど……僕の生徒達は最近ちょっと厳し過ぎると思います、ハイ。
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