第33話 対面

「――それで、現状はどうなのかしら?」

「えーっとですね……客観的に見て、失敗」「大成功かと」

「だ、そうよ? アレン、本当の事をおっしゃい」


 目の前に座るリサさんは楽しそうに言った。横に立つ裏切ったメイド長様はお澄まし顔――酷いなぁ、もう。

 今日は折角の休暇だったのに、昼から学園長と教授コンビに責められ(解読を頼んだ古書は日記だったらしい。しかも愚痴が九割九分を占める)、午後は明日の準備。

 そして夕方からは――溜め息をつき説明する。


「……失敗と言ったのは、もう少しやれたと思うからです。与えられた商品の質を考えると、僕に商才はありません」

「へぇ……僅か三ヶ月で、信頼度が高い長く付き合えるだろう取引相手、十数社と契約を締結しておいて、ねぇ」

「僕じゃなくても可能な事です。積極的な人ならばその倍は可能だったでしょう」

「そして――後で面倒な事になる。アレン」

「はい」

「前にも言ったけれど、力には責任が伴うわ。まして、貴方ならば尚更――よくやったわ。これなら大丈夫そうね」

「あ、ありがとうございます。えっと――何がですか?」


 思いがけず褒められ少し動揺。

 ……同時に不吉な予感がする。

 リサさんが笑う時は大概、こちらに何かが降りかかってくる経験則。

 

「戻るわ、南方へ。泣き言が悲鳴に変わってきたし。王都は任すから、好きにやりなさい」

「……戻られるのはそろそろだろうな、と思っていましたし、仕方ありません。むしろ、よく大丈夫だったと……」

「可愛い部下には愛を持った試練を与えないと。そうよね?」

「勿論でございます。私の部下も、この三ヶ月で随分と成長いたしました」


 この二人は……確かに有効かもしれないけど、さ。

 それよりも、だ。問題は後の言葉。


「リサさん……その『好き』に、とは?」

「ハワード家には話をしてないけれど、リンスターは以後、王都での商売全てに対する窓口役を、アレン、貴方に託すわ――これは既に決定事項よ」

「……冗談ですよね?」

「うちの身代が傾くような取引以外は自由にやっていいわ」

「えーっと……もしかして、僕、虐められてますか?」

「勿論よ」


 この笑顔――やっぱり親子。リディヤにそっくり。

 そして……とんでもない無理難題。端から拒否権もないし。胃が……。

 増援が心底欲しいなぁ……来年春の話とはいえ、フェリシアさんの件はねじ込んでおかないと。来てくれると嬉しいけど……難しいかな。


「色々言いたい事はありますが……分かりました。非才な身ですが努力します。その代わり」

「――フェリシアのことね。良い子だったわ――あれ程の才媛がうちに手を貸してくれるとは思わなかった」

「! 来てくれるんですか!? ……ありがたいです。これで来年に期待が――もうお会いに?」

「ええ。貴方が来る前にね。何しろ、アレンが自分から求婚した相手よ? 気になるでしょう?」

「ご、語弊がありますっ! あれはあくまでも」

「分かってるわよ。だけど……乙女心を考えなさい?」

「はぁ……」


 彼女が来てくれるのは本当に朗報だ。

 人は希望があれば、これから始まるだろう過酷な数ヶ月を耐え忍ぶ事も――自信はないけど出来る、といいなぁ……。

 あと、僕に乙女心は難しいですよ。


「とっても熱い想いを語ってくれたわ――屋敷と調度品、そしてメイドによる選別もしっかりバレてたわよ? 『扱う商品が商品なので、大事に扱ってくれる取引先に限定したい。建物その他で態度を変える相手とは付き合えない――まして、調度品や服が北方・南方産である事は目利なら気付く筈』だったかしら? 結果を見れば正解だったけれど――ちょっと悔しいんでしょう」

「彼女以外の一流どころにもバレました――それだけのことです」

「珍しい。妬いてるのね」

「嫉妬でこの身を焦がしていますよ」


 フェリシアさんは――正直、尋常じゃない。

 リディヤ、ティナに方向性は違うけれど匹敵するだろう。

 それもあって思ってしまったのだ――『勿体ないな』と。

 ……結果、こうして遊ばれているわけだけれど。


「――私は明日、王都を発つわ。アンナは引き継ぎ等々あるから、そうね、リィネ達が夏季休暇に入る頃になるかしら」

「ああ、やっぱりそうなりますよね……後任の方は、どなたが?」

「安心なさい。飛びっきりの逸材よ」

「……期待しても?」

「ええ、大いに。メイド数人が交代しながら手伝うのは変わらないからそのつもりでいなさい」


 自信満々――逆に不安。

 まぁ少なくともリンスター家のメイドさん達がいるなら……何とかなるだろう。有能な人しかいないし。

 取りあえず今すべき事は――立ち上がり、リサさんの横でさっきから楽しそうなメイド長様へ深々と頭を下げる。


「ア、アレン様!?」

「少し早いですが――本当に有難うございました。この三ヶ月の成果は貴女と、リンスター家のメイドさん達がいたからこそです。心から感謝しています」

「そ、そんな……私はメイドですから……」

「駄目よ? うちのメイド長に手を出すのなら、私を倒さないと」

「……本心ですよ」


 苦笑しつつ応じる。

 さて、それじゃ覚悟を決めて――次なる難題へ向き合おうかな。

 二人へ再度一礼。


「それでは、道中の安全を。あと出来れば、僕が明日の朝を無事迎えられるよう保障していただけると……」

「アレン――男の子でしょう? 頑張りなさい。ほら、もう来るわよ?」



 ……ええ、そうでしょうとも。首元のボタンを一つ外す。

 怒気混じりの魔力を派手に放つ我が腐れ縁の気配を感じながら、僕はこれから間違いなくやって来るだろう嵐に備えるのだった。

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