第32話 ズルい人

『先程も言いましたけど、答えはすぐ出さなくて大丈夫です。よく考えて卒業までに答えを聞かせてください』


 アレン様が別れ際に言った言葉は、家に帰って来てからも、繰り返し、繰り返し、聞こえている。

 自分のベッドに横たわって目をつむる――今日は、仮病を使って休んだけど、明日は学校へ行かないと。

 

 ……ダメだ。全然眠れない。

 

 自分の将来について今日まで、真剣に考えたことはなかった。

 王立学校を卒業したら実家の手伝いしつつ、数年したら跡を継ぎ、その頃に誰かと結婚(多分、商売に関係する相手。出来れば優しい人がいい)して、子供を産んで、育てながら働いて――そんな程度だ。

 それ以外の選択肢が自分にある、なんて……思いもしなかった。

 だから――言われた時には本気で驚いてしまって、あんな失礼でとんでもない言事を……。

 羞恥心が蘇り、頭を枕に押し付けて悶える。うぅぅぅ……。


『えっと……それは私といずれ結婚されたい、という事ですか?』


 何を言っているのっ、さっきの私っ!! 

 どこをどう考えたらそんな結論に達して、あまつさえそれを口に出すのっ!?

 お願いっ! 口に出す前にちゃんと考えてっ!! あと、鏡を見てっ!!!

 ああ……穴があったら入りたい……恥ずかしくて死にそうなるなんて……実際にあるのね……。

 

 ――だいたい、冷静なって考えたらそんな事ある筈がないのだ。

 

 アレン様の隣には『剣姫』リディヤ・リンスター様がいらっしゃるし、教えられてる公女殿下二人やエリーさんからも凄く慕われているように見えた。カレンは言わずがな。

 ……みんな私と違ってとても可愛く、綺麗な方達ばかり……。

 ティナ様やリィネ様もエリーさんはまだ子供だけど、後数年したら王都でも噂になる美女になるだろう。ステラとカレンは学校で人気を二分している。


『ふふ、さっきも言いましたけどそれはそれで魅力的な提案です――僕は純粋に貴女と仕事をしたいと思っています。今、僕が扱っているのはリストに渡した程度です。だけど――多分、これから増えますよね、アンナ?』

『――私には分かりかねます』

『……とっても増えるそうです。頼りになる、しかも情報分析をしてくれる人が必要なんですよ』

『私はまだまだ若輩者で――』

『それを言うなら僕もそうです。僕は貴女と――と仕事を一緒にしたい、と本気で思っていますよ。まぁそういう風に思ってると覚えておいて下さい。ああ、会頭――これをお土産にお持ち下さい』

『こ、これは――』

『それはですね』


 悪戯っ子のように笑う、少し子供っぽいアレン様を思い出す。

 渡されたのは、赤ワイン――が、今度扱う品ではないまた別の物だった。上流階級向けの超高級品らしい。

 つまり、私が指摘した事の他にまだ隠し玉を持っていたのだ! 

 悔しい……結局、最後まであの人に踊らされた……。

 

 カレンがぶつくさ言う意味が今日、ようやく分かった気がする。

 

 あの人は――アレン様はとっってもズルい人だ。

 どう言えば、私が揺らぐかを完璧に理解している。

 あのリストでさえ膨大だったリンスター・ハワード家の品物――それが今後ますます増えていくという事実。

 同時に、使える資金額も跳ね上がっていく事を、私が考えるのもきっと予想している。そして――こう思うのも。

 

 それらを用いれば、王都内の勢力図を一変させる事も出来るかもしれない。なんて面白そうなんだろう――。

 

 今回の一件で私はもう一つ、薄々気付いていた事実を再確認した。

 やっぱり、私は商談が、そしてそれを上手くまとめる為に情報を集める作業が好きだ。大好きだ。

 同時に――先週、アレン様から指摘されながら魔法の訓練をしている彼女達を見て思ってしまった。


 嗚呼――私は彼女達のようにはなれない、と。


 魔法の才がないわけじゃない。だけど――私はあそこまで楽しそうに魔法を扱えない。

 ならば、私が彼女達に届く事はないだろう。つまり、それは同時に――。

 ……いけない、また変な事を考えた。

 考えを単純に整理しよう。

 

 ・今回の商談はフォス商会としては成功……私は負けた気がしてるけど。

 ・アレン様から『一緒に仕事を』と誘いを受けた。返事は卒業まででいい。

 ・アレン様の権限は今後大きくなってくると思われる。

 ・私に魔法は向いていない。

 

 この四点から考えた時、私は――。



※※※

   


「おお、フェリシア。大丈夫かい? 昨日は帰って来るなり部屋に閉じこもって、夕食の時も出て来なかったら心配したよ。今日、帰って来たら赤ワインを飲むといい。あれは――凄いぞ!」

「お腹が空いたでしょう? 温かいスープがあるわ。今、持ってくるから」

「お父様、お母様――大事なお話があります」

「うん? どうしたんだい? ああ、昨日の商談のことかな? 大丈夫だよ。あのお酒も美味しい事に間違いはない。売り方は考える必要があるが……なに、任せしておきなさい。お酒についてはちょっと自信が――」

「あなた――フェリシア、もっと大事な話なのでしょう? 言ってごらんなさい」


 お母様が私に先を促す

 ……これから告げる事は、とても親不孝な事。

 もしかしたらこの場で勘当を言い渡されるかもしれない。

 だけど――気付いてしまったから。自分に嘘はつけない。

 まぁ、もしそうなったら、それを理由に責任をとってもらえば――いけない。今はとっても大事な話をする場面でしょ? ……昨日から何か変だ。

 深呼吸――そして、私は口を開いた。



「あのね、昨日凄く考えたんだけど……私――私は――」 

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