第35話 嗤う少女、二人

「…………で? どういう事態ですか、これは」


 偉い人達から解放された僕とステラは王宮最奥に内庭へ。

 右肩にはアンコさん。アトラとリアはおねむで、浮遊魔法でぷかぷか。

 屋根付きの休憩場所で、椅子に座り紅茶を飲みながら真っ黒王女様が微笑む。

 万人が、美しい、と言うだろうが……僕は騙されない。騙されないぞっ。


「あら? アレン。ステラとのデートはお仕舞い?」

「……シェリル。何を企んで?」

「失礼ね。何時でも何処でも、貴方を想ってる私へ言う台詞じゃないわよ? それは。ほら、これからは近しくなるんだし、もっと甘い言葉を、言って☆」

「……フェリシア、真っ黒王女様では埒があきません。説明してください」


 シェリルの前に座り、お澄まし顔で書類を読んでいる、眼鏡な番頭さんを詰問。

 けれど、フェリシアは一切動じず。


「……つーん! 私をこんな伏魔殿に放り出して、ステラといちゃいちゃされてたアレン会頭のことなんか知りませんっ!」

「そうです。此処は伏魔殿。そして、君の前に座っているシェリル・ウェインライト王女殿下は、ある意味、リディヤよりも危険人物なんです。さ、こっちへ来てください。僕は……僕は、番頭さんが悪の路に染まるなんて、耐えきれません……」

「ア~レ~ン? 幾ら、私でも怒っちゃうわよぉぉ……?」

「事実だしね。……君、王立学校時代、リディヤよりも物を壊し」

「あーあーあー。きーこーえーな~いっ! ……それは、貴方がリディヤの壊した分を直してたからじゃないっ! 贔屓、よくないっ! 今も、ステラを甘やかしてるっ!!」


 シェリルが耳を塞いで足をバタバタ。

 次いで、僕の左腕に抱き着いているステラへ指を突き付けてきた。王女様はお行儀が悪い。

 すると、公女殿下は穏やかに反論。


「シェリル様。これは仕方ないんです」

「ステラ、一応、理由を聞くわ。でも、簡単に私を納得出来るとは」

「…………私、見ず知らずのララノアの侯爵に求婚されてしまって、ちょっとだけ、気分が悪くなってしまって。アレン様の腕に支えてもらっているんです」

「「!?」」


 ステラが俯き、声を落とす。

 それを聞いた、シェリルとフェリシアは動揺。「いや……そのあの……」「え? ええ? えええ!? ス、ステラにき、求婚!?!!」。この二人、案外とこっち方面で簡単に騙されるんだよな。耐性がない、というか。嘘に真実を混ぜると、人は騙され易くなる。

 公女殿下は二人に見えない角度で、僕へ小さな舌を見せた。

 この子は聖女様な筈なのに……可愛いけれども。

 肩を竦め、ステラへ目で注意。


『程々に』

『はい。でも――凄く嬉しかったので。アレン様に助けていただいたの』


 公女殿下の頭をぽん。二人へ近づく。

 すると、アンコさんが肩から飛び降り、テーブルの上で丸くなられる。

 僕とステラも空いている椅子へ着席。視界に護衛官のノアさん達が入ったので会釈。何故か頬を染められる。

 ……ルブフェーラ公爵、領内で変な布告出したんじゃ。

 膝上のアトラとリアを撫でながら、不吉な予感に身を震わせる。


「……で? 二人して何を企んでいたんです」

「「え~何も~」」 

「…………今、確信しました。碌でもないことですね? そうですね?」

「アレン! 私に対する信頼値が低い気がするんだけどぉ?」

「アレンさん! シェリル様はともかく、私がそんなことに騙されると思うんですかっ!?」


 シェリルが味方の裏切りに目をむく。

 カップを持ったまま、低い声。


「……フェリシア、ちょっとお話しましょうか?」

「話はもう終わってます。王立学校時代のアレンさんの映像宝珠は後程、送ってむぐっ」

「ち、ちょっと!? そ、それは秘密――……ち、違うのよ?」

「――……シェリル、あれらは全部廃棄したと思ったんだけど?」


 ジト目で王女殿下を見る。

 露骨に視線を逸らし、僕の同期生は美しい金髪を触った。

 すると、フェリシアは白磁のポットを手に取り、カップに紅茶を注ぐ。用意しているのは、一つだけ。

 …………。

 あ、まずい。アンコさんが鳴かれた。

 僕は、隣にいる公女殿下へ注意喚起。


「ステラ!!!」

「……え?」


 僕はアトラ、リアを抱きかかえながら、後方へ跳ぶ。

 目の前で、ぽかん、としたステラの姿が椅子ごと闇の中へ落下。

 ま、まさか……も、もう一度、だ、と!?!!

 シェリルが悪い笑みを浮かべながら、ゆっくり、と立ち上がった。


「うふふふ……ア・レ・ン♪ ステラばかりを甘やかすなんて、い・け・な・い人★ 今度は、何をしたのかしらぁ……?」

「くっ! シ、シェリル!! し、しかも、また……また、アンコさんまでっ! こ、今度は何なんだよっ!?」

「くふふ……簡単です♪ ――アレン様をもっともっと偉くしようかな~って★ シェリル様が話の分かる方で良かったです」

「フ、フェリシア……な、何を、な、何を言って?」


 椅子に座りながら眼鏡少女の瞳が妖しく光っている。

 後方に複数の気配。ノア様達まで、協力している、だ、と!?

 凄まじい悪寒。

 だ、駄目だ。これ以上を聞くと、間違いなく引き返せない。退路が完全に断たれてしまう。

 どうすれば、どうすればいい。

 この窮地を打開する一手は――……既視感。

 い、いや、幾らあいつでも、二度は。

 無数の炎羽が舞い踊り、僕の前へ炎翼を羽ばたかせ、紅髪の少女が着地。


「ごちゃごちゃ考え過ぎなのよっ!!! 『助けて、リディヤ!!!』と昨日みたいに叫べばいいでしょっ!!!」

「……リディヤ、それはいけない……」


 僕は瞑目する。

 例によって、王女殿下は余裕の表情。


「あら? リディヤ。随分と早かったわね。そんなにアレンと離れるのが不安だったの?」

「……シェリル、またしても、またしても……私のものに手を出そうとしてるんじゃないわよっ!」

「そうね」

「ふんっ!」


 リディヤが僕の右腕を掴み飛翔した。

 真下の闇魔法の落とし穴を華麗に回避。哄笑。


「昨日の今日で同じ手が通じる筈ないでしょう? ……どうやら、仕置きが足りなかったみたいね。今日と言う今日は」

「リディヤ、これなんだけど――仕事中、居眠りしてるアレンですって。とっっても、可愛いわよ? はい」

「――……え?」

「ば、馬鹿っ!」


 シェリルが放り投げてきた映像宝珠を素直に受け取ってしまう腐れ縁。

 闇魔法が発動。

 ぽん、という音と共にリディヤの姿が消失。

 ……頭痛が。アンコさんは眠た気。

 着地。目の前には嗤う二人の少女。

 僕はアトラとリアを抱えたまま目を閉じ、判決を待つ。


「うふふ……リディヤもステラも、素直で助かるわぁ……」

「くふふ……アレンさんは、少し贔屓が過ぎるんです……」


 僕は空を見上げる。

 ……神様、ここまで僕を虐める必要、ありますか?

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