第34話 見解と代案

「ステラを、ですか……」


 僕は教授の言葉を繰り返す。それはまた。

 隣の公女殿下は僕の左腕をますます抱きしめる。

 空いている右手で頭を、ぽん。大丈夫。

 教授へ尋ねる。


「よもや、御受けになる、と?」

「問いへの反問は憚られるが、君はどう思う?」

「え? そんなの答えるまでもない、と思うのですが。王国の今後を考えるならば――」


 ステラが不安気に僕を見つめ、ワルター様からは殺気。氷片が漏れていて、大変に冷たい。

 アトラとリア、アンコさんが僕を見つめる。『さむいー!』。はいはい。

 温度調節魔法で周囲を温めつつ、右手を軽く振る。


「この提案は論外です。俎上にすら上がらない。ララノアは、オルグレンの叛乱に間接的な関与していました。しかも、叛乱を起こしたとはいえ、仮にも王国人を証拠隠滅の為、多数殺害した。そんな国が、自らの手による関係者の処罰と、帝国と王国の水運業者に押されて、碌に利益も生んでいない四英海周辺の割譲で事を済ませ、かつ、ステラを寄越せ? この後に及んで、現実を理解していない相手の交渉は無意味です」

「そうだね。ワルター、そろそろ、魔力を抑えておくれ。寒いよ」

「…………うむ」


 ようやく、ワルター様が魔力を抑えられる。僕の足下ではアトラ、リア、アンコさんが丸まってすやすや。可愛い。

 僕はステラの頭に手を置き、更に補足。


「あとですね? ステラ・ハワード公女殿下を欲するならば、ララノアの過半は最低限でしょう。まぁ……仮に言ってきても拒否しますけど。どうしても、と言うなら、その前に僕を倒してからにしてほしいですね」

「…………ふぇ」

「おやおや」「これはこれは」「………………」「……君、そういうところがいかんのだぞ? 自覚せよっ!」「アレン……今の台詞、シェリルに聞かせてもよいのか? よいのだな??」


 ステラが変な声を出し、顔を俯かせ、教授とリカルド様はニヤニヤ。

 ワルター様は、天井を見上げ瞑目。学校長は大きく頭を振り、叱責。

 最後に陛下は、面白そうな表情。

 学校長の声、起きてしまったアンコさんが鳴かれる。

 浮遊魔法で浮かべ、右肩に。

 僕は肩を竦める。


「教え子が困っているのを、見過ごせないでしょう? ステラが幸せになるならば、僕だって賛成」

「なりません。絶対になりません」


 ステラに言葉を遮られる。拗ねと甘えが混じった表情で上目遣い。

 教授とリカルド様は苦笑し、学校長はこれ見よがしに両手を掲げ、陛下は「うむ、やはり、シェリルに報告をせねばな」と呟かれている。

 一人、ワルタ―様だけは「………………私は、まだ、認めたわけではないぞ? ステラもティナも、まだ、まだ、早過ぎるっ」と僕へ魔力を叩きつけてこられて、大変に怖い。あと、氷片が鋭利になっていて消すのがですね。

 僕は目を瞑る。

 

「……だ、そうですので、この話はなしではありませんか? 光魔法の極致魔法や秘伝を欲しておられるならば、僕が幾らでも創ります」

「くっくっくっ……アレン、その台詞を他の子達が聞いたら、大変だよ?」

「『創る』か……」

「具体的には何か案があるのか?」


 教授は楽しそうに笑い、リカルド様、学校長が聞いて来る。

 頷き、ステラへ視線。


「ステラ、少しの間だけ腕を離して」

「…………嫌です」

「困った公女殿下ですね」

「教わっている方が意地悪なので」

「仕方ありません。――では、アトラ、リア」

「……アレン?」「……リア、ねむねむなのぉ」


 足下ですやすや、と寝ていた幼女達を浮遊魔法で浮かべる。

 寝ぼけた顔が可愛い。

 僕はお願いする。


「少しだけ力を貸してくれるかな?」

「♪」「ん」

「ありがとう。教授、結界を」

「了解だ」


 すぐさま、分厚い結界が張り巡らされる。

 ――アトラとリアと繋がる感覚。

 同時に、遠方でご機嫌な斜めな腐れ縁をはっきりと感知。

 うわぁ……これ、もう少し深度が高まってしまうと、遠距離で話すことも『――もう、出来るわよ? 王宮ね? 何でそんな所にいるの?? …………しかも、隣にいるのはステ』強制遮断。

 いけない。大変いけない。手早く済ませよう。

 僕はステラに微笑みかける。


「ステラ、今から展開する魔法式を良く見ておいてください。これは――君の極致魔法です」

「! 私の……?」

「ええ。では」


 右手を振るい、考案しておいた新しい極致魔法を展開。

 ――前方空間に、白と蒼の魔力が渦を巻き、少しずつ形を変えていく。

 ぷかぷか、浮かびながらリアがはしゃぐ。


「アレン、アレン! リアも、リアもしたいっ!!」


 魔力の渦内に、紅も加わり混ざり合う。

 白、蒼、紅の羽を散らしながら、二羽の鷹が顕現。


『!』「――綺麗」

「名はまだありません。光と氷を基にした新極致魔法です。……今はリアが力を貸してくれたので、炎も強いですが」


 鷹は羽ばたき、ステラを守るように後方へ。

 アトラ、リアと魔力を繋いで以来、僕は確信を深めている。

 ――やはり、属性そのものにそこまで意味はなく、結局、人の都合で定められたものに過ぎない。魔法とはもっと自由なものだ。

 教授が苦笑する。


「……アレン、また、腕を上げたかい?」

「四英海の遺跡で、少々抜けている大魔法士様の置き土産を読みました。僕の実力だとは思わないでください」


『少々抜けてるですってっ!? 私の魔法式も使えない、半人前のくせにぃぃぃ』


 …………貴女の魔法式は、常に暴発の危険性あり! 一切の余分無し!! だけど、威力そのものは過剰の過剰の過剰っ!!! という代物でしょうに。

 脳裏で時々、聞こえるこの声。明瞭に過ぎる。除霊を考えないとかな?

 右手を握りしめる。

 すると、二羽の鷹は、羽を残しながらゆっくり消失。

 幼女達の頭をわしゃわしゃ。


「アトラ、リア、ありがとう」

「「♪」」

「……アレンさま」

「おっと。ステラ?」

「!?!!!!!!」


 いきなり、公女殿下が胸に飛び込んできた。ワルター様が椅子を転がしながら立ち上がり、身体を震わされる。……あのですね。目が本当に怖いんですが。

 腕の中で公女殿下が小さく小さく囁く。


「……こういうの、ズルい、です……」

「前々から考えてはいたんですよ?」

「う~…………」

 

 ステラが胸に顔を埋める。

 ワルター様は血涙を流されながら、『氷雪狼』を展開されようとしている。

 ティナのそれとは魔力の桁が違う。……会議室内、大氷原になりますよ?

 陛下が呵々大笑。


「はっはっはっ! アレン、見事だっ! ララノアの件は、お前の言う通りだ。補償の件、交渉は継続するが、今は国内の安定を優先するとしよう。御苦労だった。ワルター、酒ならば付き合うぞ?」

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