第33話 政変
「…………で? この場は? 教授」
「ん? 決まってるじゃないか。シェリル・ウェインライト王女殿下付き全権調査官就任のお祝いだよ、お祝い」
目の前の椅子に座った教授がワイングラスを掲げる。
ここは王宮奥。本来は僕なんかが入れる筈はない秘密部屋。
アンコさんが呼びに来たからって、ほいほい、着いて行くんじゃなかった……。フェリシアとは王宮に着いた途端、引き離されたし。
何せここにいるのは――腕組みをした偉丈夫が頷かれる。
「実に目出度いことだ。……ステラよ? 腕を抱きしめる必要はないのではないか?」
「嫌です」
「……そ、そうか」
僕の左腕を抱きしめているステラにすげなくされ、落ち込まれるワルター・ハワード公爵殿下。
リカルド・リンスター公爵殿下がニヤリ。
「アレン、このことはリディヤとリィネに伝えても良いのかな?」
「……まだ、僕は命が惜しいのですが」
「ならば我が娘達のこともよしなにな。――あくまでも、節度を保って、だが」
「…………」
南方を統べる赤髪公爵殿下が僕を脅してくる。
薄翠髪の貴人が口を挟んできた。
「出来ることならば、早めに誰かと婚姻を結んでくれぬか? そうすれば話が進めやすい。御祖母様が貴殿をいたく気に入られていてな。正妻でなくても構わん。ああ、名を名乗っていなかったな。レオ・ルブフェーラだ」
「…………アレンです。レティシア様には南都で散々絞られました」
「聞いた。貴殿、既に西方の諸部族内では『英雄』扱いだぞ? 何せ、御祖母様が『彗星』の名乗りを上げて対峙されたのだ。いっそ、西方に来ぬか? 既に多くの婚姻申し込みが来ている」
「………………」
僕は沈黙。いや、どうしてそんなことに。
左腕を抱きしめているステラが、ちょっと拗ねた表情で僕を見る。いや、これは僕のせいなのかな?
アンコさんを相手に遊んでいる、アトラとリアも僕を見て「アレン?」「虐められてる? リア、やっつける!」と慰めてくれる。いい子達だ。
ほろり、としそうになっていると、中央の席に座られている、縮れた金髪の男性が呵々大笑された。
「ふっはっはっはっ。アレン、随分とモテるではないか? 英雄、色を好むという。いっそ、皆、嫁にしてしまうか? 法的にも、獣人ならば問題はないぞ? 無論、正妻はシェリルで頼む」
「…………陛下、御戯れが過ぎます」
げんなりと、目の前の男性――ウィル・ウェインライト国王陛下をたしなめる。
僕は一人、我関せずを貫かれている王立学校長『大魔導』ロッド卿を睨む。どうにかしてください。
すると、ロッド卿は咳ばらい。
「うっほん――陛下」
「おお、そうだな。アレン、オルグレンの乱以降、一連の事変、真に大義であった。既にシェリルから話があったと思うが――要はウェインライトの名前を使い、好きにせよ、ということだ」
「……陛下」
「否定の言葉は聞かんぞ。お前は現時点でも王国の柱石だ。お前が、王国を離れれば、多くの才が王国から喪われる。それは、この国の王として看過出来ぬ。――今やお前はそれ程の存在なのだ。で、あろう? ステラ」
「はい。その通りです」
「……ステラ」
陛下の問いかけに薄蒼髪の公女殿下は一切の躊躇なく断言した。
僕が困った顔を向けると、少しだけ悪戯っ子な顔。
「アレン様には偉くなってもらわないと困りますから。私の為に」
「……ステラは意地悪な女の子になってしまいましたね」
「教わっている方が意地悪ですから」
「…………アトラ、リアおいで」
「「♪」」
幼女が僕の傍へ。
抱き上げ、陛下に念押ししておく。
「――この子達を利用されることは」
「せん。それ程、命知らずではない。考えてもみよ? 我等、ウェインライトは『騎士』の家系ぞ。口伝されてきた話もある」
「では……本日の話は僕を褒め殺して、羞恥させることですか?」
「それもあるね」「……愛娘達を奪われた父親の悲哀を癒す為でもある」「ワルターはまだまだだ。私は既に乗り越えた。リュカも最近、同じようなことを言っていたな」「――……私の愛娘に手を出す時は事前に報せよ。ルブフェーラの槍、とくと見せよう」「…………私は何も言っていないぞ? いないからな?」
教授、三大公爵が僕をからかってくる。どうしてくれようか。学校長も放置しているので同罪です。
アトラとリアを撫でていると、リアが手を伸ばした。
「聖女、抱っこ」
「え? あ、はい」
ステラがリアを抱きしめる。絵になる。
……それにしても、また『聖女』か。
頭にメモしていると、陛下が笑った。
「くっくっくっ。アレン、帰りにシェリルに顔を見せていけ。ああ、先程、リカルドも言っていたが、私も節度ある付き合いを望む」
「……陛下。御用件をお願いします。そろそろ帰らないと、リディヤが王宮に飛んできかねません」
「それは困る。ようやく修復があらかた終わったのだ――アレン、変事だ。教授」
陛下が教授に指示。
すると、恩師は手を軽く振った。
――表示されたのは、ララノア共和国の全域図。
白と黒に分かれていて、白が劣勢なように見える。これは。
教授が淡々と説明。
「昨日、ララノアで政変が発生した。今まで、ユースティン帝国から独立以来、政権を担ってきた光翼党が選挙で大敗。天地党が政権を担うことになった。……が」
ロッド卿が後を引き取る。
「直後、天地党の大規模な選挙不正が発覚。両陣営の対立が激化。戦闘こそ発生していないが……このままでは内乱となる可能性もある」
「……状況は理解しました。それと、僕が此処に呼ばれたこととの関連性はなんなのでしょうか?」
すると、ワルター様は顔を顰めた。ふむ?
教授が肩を竦める。
「――現状、劣勢な光翼党の党首から王国へ支援要請がきたんだ。オルグレンの乱に関わった者達は処罰し、賠償も支払う。気前よく四英海周辺を譲ってくれるそうだ。その代わり」
「――……条件が問題なのだ」
ワルター様がステラに視線を向けた。
薄蒼髪公女殿下はリアを抱きしめながら、僕の背中に回る。
教授が口を開く。
「彼等は――……ステラ・ハワード公女殿下と、かつて光の極致魔法と秘伝を操った旧アディソン侯爵家の末との婚姻を申し入れてきた。ほら? 君に関わることだったろう?」
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