第36話 宣伝
「さ、とにかく、座って、アレン★」
「お話したいことがあるんですっ★」
王女様と眼鏡の番頭さんが、僕に座るよう促す。
リディヤは……駄目か。
流石、アンコさん。昨日と同じ魔法じゃなく、力で壊すと倍々になる迷宮へ落としたようだ。……それでも、無理矢理、こじ開けているけれど。
ステラは…………思ったよりも暴れている。後が怖いなぁ。
げんなりしつつ、アトラとリアを椅子に座らせ、僕も着席。
大理石のテーブル上に置かれた、白磁のポットを手に取り、カップへ紅茶を注いでいく。
「♪」「リアも! アレン、リアにも!」
アトラとリアが椅子の上で立ち上がり、獣耳と尻尾を揺らす。可愛い。和む。嗚呼……僕の癒しはこの子達だけか。
嘆息しながら、三杯のカップへ紅茶を淹れ終え、アトラとリアの分のはミルクをたっぷり。砂糖も少しだけ。
「はい、どうぞ」
「「♪」」
幼女二人は嬉しそうに、カップを両手に持ち飲み始める。
かちゃり、とこれ見よがしな音がした。
王女様が微笑。
「アレン★ そろそろ、いいかしら?」
「……シェリル、僕の番頭さんに何を吹き込んだのかな?」
「まっ! 『僕の』! だなんてっ!! ……そこは『僕の王女様は、僕の番頭さんに』って言うべきだと、私は思うのだけれど?」
「……フェリシア。シェリル・ウェインライト王女殿下の外見に騙されてはいけません。この子、リディヤの親友なんですよ?」
「はい、分かっています。けど、利害は一致しているので」
フェリシアもまた微笑。
……悪い顔だ。
この子、人見知りだから、普段ならこういう場ではあわあわするのだけれど、余程、高揚しているのか、一周回って悪い方に出たな。
紅茶を飲む。これ、アレン商会で普段、飲んでいるやつだな。美味しい。
カップを置いて軽く両手を挙げる。
「…………分かりました。降参です。で? 今回は僕にどんな無理難題をさせる気ですか? シェリル・ウェインライト王女殿下? フェリシア・フォス御嬢様?」
「うふふ♪ アレン、その言い方だと、まるで私がずっと無理難題しか言ってないみたいじゃない? 王立学校卒業以来、放置してたのは、だ~れ?」
「……人聞きが悪い。とんでもない権限を放り投げてきた同期生とは、仕事だけの関係になっても良いかな、って少しは考えているんですよ?」
「ひっどーい。――そんな、意地悪なアレンには、意地悪しても仕方ないわ。ね?
フェリシア?」
「アレンさん」
フェリシアが微笑を崩さず、僕を見つめる。
この感じ……うわぁ……教授が、悪巧みをしている時と同じだ。
精神安定の為、アトラとリアに焼き菓子を食べさせつつ、判決を待つ。
眼鏡な番頭さんは、両手を合わせた。
「――私、ずっと考えていたんです。アレンさんをもっと、もっと、もっ~とっ! 有名にするにはどうすればいいのかな? って」
「…………フェリシア、落ち着いてください。そこは『アレン商会』でしょう?」
「今のままでも何れは王国中に名前は知れ渡るんですけど、ちょっと遅いかな~っって。だ・か・ら――」
フェリシアは僕の突っ込みを無視。
右手の人差し指を立て、顔の前で軽く動かす。アトラとリアが指の動きを追い、興味深げ。
番頭さんの目が細まり、僕を捉えた。
「宣伝しようかな、って♪」
「……宣伝――…………待った」
「うふふ♪ アレン、相変わらず頭の回転が早いわねぇ★」
シェリルの瞳が妖しさを帯びる。……くっ!
僕はカップを手に取り、周囲を見渡す。
ノア様達、護衛官の方々は……駄目だ。酷く楽しそうに僕等を見ている。
リディヤとステラは……まだ、脱出には時間がかかりそうだ。
アンコさんが僕の膝上に飛び乗られた。僕を見た後、欠伸。丸くなられる。そんな『諦めが肝要』だなんて、御無体な。
フェリシアが手帳を取り出し、開くと僕へ見せてきた。
――そこには、『狼・小鳥・竜・杖と剣』が描かれた見慣れぬ紋様。
顔が引き攣る。いけない。予想通りか。
フェリシアは満面の笑み。
「アレン商会の正式な紋様です。三大公爵家には許可をいただいています。以後、取引した品々、中でも『特別な品』にはこれを押させてもらいます♪ そうですね……例えば、シェリル・ウェインライト王女殿下が飲まれている紅茶の硝子瓶や、焼き菓子の箱、化粧品にも、『何故か』これが押されているかもしれません。私にはその理由が、皆目見当もつきませんけど。アレンさんは何もしなくて良いですよ? ただ『分かりました。良しなに』とだけ言ってくだされば★」
「……………アンコさん、どういうことですか? 一度ならず、二度も僕を陥れるなんてっ! 僕と貴女の関係はそれ程、浅いものだったんですかっ!?」
僕は現実逃避で膝上のアンコさんを撫で回す。
すると、黒猫な使い魔様は一鳴き。…………全部、僕が悪い、と!?
アトラとリアは手帳の紋様を見て、獣耳と尻尾をぱたぱたさせている。気に入ったらしい。
二人の少女が手を合わせる。
「ああ、勿論だけど、私の口からは何も言わないわよ? ただ……社交の場で使う物を聞かれる場合は答えるけれど♪」
「宣伝って、大事だと思うんです。商会が大きくなればなるほど、色々な情報も集めやすくなりますし♪」
「………………はぁ」
端から勝負は決まっていたか。
僕は眼鏡な番頭さんの額を指で軽く押す。
「きゃう! ア、アレンさん! 何をするんですかぁっ!」
「……全部、フェリシアの好きにしていいです。ただ、あまりやり過ぎないように。ところで、シェリルはこの国の未来の女王様かもしれないんですが――ここまで話せるなら、今後は王宮へ頻繁に来ても大丈夫ですね? 御一人で」
「!?!!! あ、な、そ、それは、その……む、むり、なので……ア、アレンさんも、一緒に………………きゅう」
冷静に指摘したことで、自分が今、どういう状態にいるのかを思い至ったのだろう、眼鏡少女は頬を真っ赤に染め、しどろもどろになり目を回した。
アトラとリアが真似っ子で「きゅう?」「リアも! リアも! きゅう!」としている。
僕は頬杖をつき、同期生へたしなめる。
「シェリル」
「大丈夫。わざとらしくなんかしないし、公式にもしないわ。あくまでも、非公式よ。その結果、何故か注文の増えた商会が儲かり、リンスター、ハワード、ルブフェーラの公爵家も潤えば、国家にも恩恵がある。オルグレンは……貴方の忠犬君次第かしら? まぁ、その過程で『アレン商会』の名前は王国全土に広がっていくかもしれないけど」
「……困った王女殿下だなぁ」
「当然でしょう」
シェリルも頬杖をつき、僕を見つめた。
「だって、意地悪な同期生に鍛えられたんだもの。これくらいは受け止めて? アレン全権調査官?」
「…………シェリル王女殿下の仰せのままに。ただし、三度目はないからね?」
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