エピローグ 『剣姫』の花園

「――では、諸々よろしく。ニケ・ニッティ連絡役殿?」

「ちっ! 死ね! 今すぐ死ねっ!! …………彼の地一帯は今や神域となった。不可視かつ、不透過の結界が発生していて、あの後、誰も立ち入ることも出来てなぞいない。中もどうなっているかは不明だ。貴様が使いたい、と言うなら、好きにすればいいっ! 使えるのならばなっ!!」

「おお、怖い怖い。少しは仲良くしてくれてもいいじゃないか。今後も何かとあるんだし」

「貴様と、慣れ合う位なら――……私は、今すぐに死んでやるっ!!!!」


 そう言うと、僕等に対する連合の窓口役であるニケ・ニッテイは荒々しく執務机に拳を落とした。ここは、ニッティ家屋敷の一室。

 水都の騒乱から数日が経ったというのに、苛々している。

 部屋の中に、荷物らしい荷物はない。

 数日後、彼と彼の弟であるニコロ・ニッティ、そしてその関係者は南都へ旅立つのだ。本来であれば、僕とこのように会話をしているのも惜しい筈。

 いやまぁ、そんな忖度なんかする気は皆無だけれども。


「ふ~ん……自らの責務に触りもせず、放り出して自決ねぇ。それって、とても格好悪いことなんじゃないかな? うん。まさか、ニケ・ニッティともあろう者がそんなことはしない、と僕は信じているよ。君がいなくなったら、ニコロ君に回るだけだし」

「っ! …………用件は済んだのだろう? とっとと、出ていけっ!!!!!!」

「そうだね。それなりに仕込まないといけないし――次、会うのはきっと当分先だね。心から、心から健闘を祈るよ。健康には重々留意して、きちんと美味しい食事を食べ、よく寝るように」

「………………」


 ニケは無言で水属性攻撃魔法を並べ始める。

 折角、心配しているのになぁ。

 肩を竦め、立ち上がり出口へ。

 思い出し、振り返る。


「ああ、とても大事なことを聞きそびれた。ニケ・ニッティ連絡役殿」

「…………何だ」

「世話係の子は、尻尾が長くて、メイド服が似合う、世話好きで、可愛い子がいいよね?」


 瞬間、水属性上級魔法『大海水球たいかいすいきゅう』十数発が高速発動。

 僕は左手の人差し指を曲げ魔法を消失させ、頷く。


「了解。リンスターへ最重要事項として頼んでおくね。期待していいよ」

「……貴様のような外道は、今、ここで、殺すことが、人の世の為になる……」

「冗談だよ。冗談。ゆとりを持って、楽しく、ね」


 ひらひら、と手を振り、部屋を出る。

 直後、何かが壊れる音。乱暴だなぁ。

 ニケへ治癒魔法を遠隔発動させつつ、廊下を進む。再び、唸り声。

 気配がし、幼狐姿のアトラが僕の頭に乗っかる。


「♪」


 とても嬉しそうに歌っている。撫でながら考える。

 ――さて、ティナ達はうまくやってくれているかな?

 

※※※


「姉様!」「「リディヤさん!」」「リディヤ御嬢様♪」

『お誕生日、おめでとうございます☆』

「…………あ、ありがとう」


 部屋に入って来た、姉様は珍しく驚いた表情をされています。

 そう――今日は姉様の、十八歳のお誕生日なんです!

 『有翼獅子の巣』最上階の一室には、豪華な料理と年代物のワイン等々、ずらっと、並んでいます。

 部屋の中にいるのは、私、リィネ・リンスターとティナ、カレンさん、リリーを筆頭とするリンスター家のメイド達。

 結局、今日まで私達も水都に滞在することになったので、世話係として十数名のメイドが急遽、派遣されてきたんです。皆、心から、姉様を祝福しています。

 けれど、当の姉様は何処か落ち着かない表情。

 部屋の中を見渡します。


「ねぇ……あいつは、まだ帰って来ていないの? 朝から出かけて……もう、夜よ?」

「あ、兄様はですね……」

「先生は、とっても大事な御仕事があるそうです」

「…………ふーん」


 姉様は、はっきりと分かりやすくいじけた声を出され、椅子に座り、そっぽを向かれました。

 ただでさえ、私達が残ることも断固反対されていたので余計です。

 兄様……まだでしょうか……。

 カレンさんが何かに気づき、外へ出られると、小鳥が飛来。良かった。準備完了のようです。

 副生徒会長様が私達の名前を呼びます。


「ティナ、リィネ」

「ふぅ……分かりました!」

「この期に及んで、溜め息なんて……首席様は心が狭いんですね?」

「なっ!? だ、だって…………いいです。私の時はもっと」

「ば、馬鹿っ!」

「むぐぅ!」


 慌てて、ティナの口を押えます。視線で叱責。

 ……私だって、少しだけ、ほんの少しだけ悔しいですけど、今日は姉様のお誕生日なんです。争いは無粋の極み。

 私達の様子なんて眼中いない、姉様は机に肘をつけ


「……バカ。バカバカ。大バカ…………今日は、私の日なのに。どうして、いないのよぉ……」


 本格的に拗ね始めています。もう時間はありません。

 気を取り直し、ティナと頷き合います。


「姉様!」「リディヤさん!」

「…………なによぉ」

「行きましょう!」「先生が待ってますっ!」

「……!」


 ぴくり、と姉様の長い眉が動き――ゆっくり、と立ち上がられました。

 普段通りを装われていますが、明らかにそわそわされています。


「…………え、えっと……ふ、服装はド、ドレスじゃなくていいの?」

「「大丈夫ですっ!」」

「そ、そう……」

「では、行きましょう」


 カレンさんが私達を促し、逸早く部屋の入り口を開けました。

 私達も姉様の背中を押します。


「ち、ちょっと! ど、何処へ行くのよ??」

「行ってからの」「お楽しみです!」


※※※


「お、来た来た。おーい」


 僕はやって来たリディヤ、ティナ、リィネ、カレンへ手を振る。

 既に夜の帳が落ち、月と星が輝いている。

 建物の周囲は清浄極まる空気に覆われ、ぼんやりとし、内部は窺いしれない。

 住民の人影なし。

 いるのは、アンナさん率いるリンスター家メイド隊と僕等のみ。ニケは無理を通してくれたらしい。

 近づいてきた、リディヤは何時になく緊張。上目遣い。


「……こ、こんな所まで、よ、呼びつけるなんて……ご、御主人様に対する、た、態度がなってないわ、ね」

「そうだね――申し訳ありません、リディヤ・リンスター公女殿下。御手を」

「――……公女殿下、って呼ぶなぁ」


 そう言いながらも、僕が差し出した手を紅髪の公女殿下はしっかりと握りしめた。

 ――魔力を繋げる。


「……え?」

「ティナ!」

「はい!」


 リディヤが呆けた声。

 僕は気に留めず、薄蒼髪の公女殿下が僕の手を握った。

 ――ティナとも魔力を繋げる。

 手を離し、御礼。


「ティナ、リィネ、カレン、それに皆さん、ありがとうございました。ここからは、二人で行ってきます」

「え? ええ?」

『行ってらっしゃい!』


 混乱しているリディヤの手を引き、僕は不可視の魔法結界に手を翳す。

 

 ふっ、と障壁が消える。


 僕とリディヤは、かつての大聖堂――今や、神域と化し、人を寄せ付けない地へと足を踏み入れた。


※※※


 入ってまず、聞こえたのは水の流れる音。

 所々に小さな清流。辛うじて残っている建物が消えていっているのが分かる。

 腐れ縁の手を握りつつ、中心へと向かう。


「…………」


 その間、リディヤは無言。

 素直について来る。

 ずんずん進み、奥へ。

 

 ――かつての大聖堂の中心地からは、既に人跡の一切が消失していた。


 あったのは、幾何学的に構築されている円形の岩と若い木々。

 どれもが、凄まじい、としか表現出来ない魔力を内包。中心から湧き出る水によって、踵付近まで水が来ている。

 僕は手を離し、中心へ跳躍。足がつかる。


「ち、ちょっと!」

「大丈夫――リディヤ」

「は、はいっ!」


 背筋を伸ばした紅髪の公女殿下が緊張。

 頬を上気させ、僕の言葉を待っている。


「……色々と考えたんだよ。でも、中々思いつかなくてさ。だから」


 両手を広げる。

 

 ――紅・蒼・紫の魔力の鼓動。


 『♪♪♪』。

 顕現したアトラ達が僕の傍で祝福を歌い、溢れた魔力が明滅。

 両目を瞑り――手を叩き、仕込んでおいた魔法式を解放。


「っ!!!!!!!」


 リディヤが息を飲んだのが分かった。

 

 ――水面を色とりどりの花が覆い尽くし、一面の花園に。

 

 清冽な風が吹き、月と星灯りの下、花弁が舞い踊る。

 僕は微笑む。


「今年は、これを君への誕生日の贈り物にするよ。ここは君だけの、『剣姫』リディヤ・リンスターの為だけの花園だ。――誕生日、おめでとう。また、君がお姉さんになったね」

「…………」

 

 リディヤは俯き沈黙。

 ……あ、あれ?

 ダメだったかな?

 恐る恐る近づこうとし――次の瞬間、僕はリディヤに強く、強く抱きしめられ、水面に押し付けられていた。

 水に濡れるのも構わず、リディヤが僕の胸に顔を押し付ける。


「――……バカ。こういうの、ズルい」

「気に入ってくれたかな?」 

「…………バカ。そんなこと聞くな――……ありがとう……」


 優しく頭を撫で、額に僕からキスをする。

 ――穏やかな風が吹き、花弁が再度舞い、光は嬉しそうに、楽しそうに踊り、リディヤを祝福した。

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