第23話 対処法

 イゾルデの言葉を受け、僕は顔を顰めた。

 ……果たして僕にこの少女の命を散らすことが出来るだろうか。

 左肩に重み。

 頭を軽く叩かれ、アンコさんが鳴かれた。『迷うな』という叱責。

 僕は苦笑し、黒猫姿の使い魔様を撫でる。


「……確かに迷っている局面じゃありませんね。ありがとうございます、アンコさん。リディヤには怒られるかもしれませんが、仕方ないですね」

「ウフフ……何を見せていただけるんですかぁ、アレン様ぁ?」


 宙に浮かぶ吸血鬼が僕を見下ろし、嘲って来る。

 リドリー様とアーサーが前へ進み出た。


「アレン殿」「先へ行けっ! 我等の手は既に血で汚れている!! お前が為すべきことではないっ!!!」

「――……ありがとうございます」


 二人の英雄へ御礼を言い、ギルへ目配せ。

 後輩は「? ――あ」と小さく呟き、微かに頷いた。

 魔杖を一回転させながら、応じる。


「でも、大丈夫ですよ。こう見えて、本物の吸血鬼とは戦ったことがあるんです。この子ような産まれ立てならば、多少魔力が強かろうとどうとでもなります」

「…………言ってくださいますね。ならばっ!」

「!」「アレンっ」


 僕の挑発を聞き、イゾルデは禍々しい魔力を叩きつけてきた。 

 リドリー様とアーサーが即座に対応しようとするも、左手を挙げ制す。

 少女が双剣の切っ先を向けながら、急降下し絶叫。


「今、此処で、殺してさしあげましょうっ!!!!!!!!」

「貴女では無理ですね。ギル!」「うっすっ!」

「!」


 僕の呼びかけを受け、後輩は槍を床に突き刺した。

 直後、無数の雷柱が立ち上がりイゾルデに直撃。

 吸血鬼の少女は魔法障壁で防ぎながら嘲笑う。


「このような貧弱な雷魔法! 聖女様の御力を賜った私には効か、っ!?」

「ええ、効かないでしょうね。吸血鬼の魔法障壁と再生能力は強力極まりないですし、大概の攻撃を躱そうとすらしない。故に――嵌めやすい」


 僕は杖を横薙ぎし、試製二属性阻害魔法『白蒼雪華』を発動。

 白の雪華が少女に纏わりつき、魔法式の展開をそのものを遅延。

 加えて、イゾルデが受け止めているギルの雷柱も次々と、炎・水・土・風・雷・氷・光・闇へと変化させ、魔法障壁そのものを無理矢理侵食していく。

 少女の表情に驚愕が浮かんだ。


「こ、これは……こ、こんな事、出来る筈がっ!」

「本物の吸血鬼相手ならば到底出来ませんよ。けれど――イゾルデ・タリトーさん、貴女には通じる」


 侵食させた箇所の魔法式に介入、自壊させていく。

 少女は魔力に物を言わせ、次々と新たな魔法障壁を展開するが……無駄。

 既に魔法式の解析は粗方終わった。

 この少女の魔力は強大かもしれないが、魔法式の暗号化は皆無。


 ――イゾルデ・タリトーは戦闘の素人だ!


 リドリー様が呻く。


「そうか……ギル殿の雷魔法は確実に受け止めさせる為の『囮』というわけか」

「……残念っすけど、この中だと俺の魔法が一番適役っすからね。大学時代、暴れるリディヤ先輩や後輩達を鎮圧するのに、よく使ったんすよ。まぁ……八属性を自由自在に扱うアレン先輩がいるからこそ、っすね。うちの先輩、普通じゃないんで。知ってますか? 異名『剣姫の頭脳』って言うんすよ」


 ギルが軽口を叩き、肩をわざとらしく竦めた。失敬なっ!

 某『剣姫』様の陰謀により、いつの間にか広まってしまったけれど、僕はあくまでも一般人であり、家庭教師なのだ。

 イゾルデの展開していた魔法障壁全てが自壊。

 八属性の柱が少女に殺到する。

 翼を大きく広げ、吸血鬼が双剣を振りおろす。


「舐めないでくださいっ!!!!! 私は、私達は、聖女様から直接御力を賜りし――」

「アーサー! リドリーさん!」

「「応っ!!」」


 英雄二人は即座に地面を蹴り――神速の一撃を放った。

 血しぶきが舞い、背中の翼が切断される。

 何が起こったのかを把握出来ていない少女の深紅の瞳が更に大きくなった。


「っっっっ!?!!!!!」

「はい、終わりです」


 八本の柱が落下しかけたイゾルデを囲み、『匣』を形成。

 アンコさんが鳴かれると、漆黒の影がそれを補強。仕上げだ。

 杖を掲げると宝珠が清冽な蒼光を発した。心の中で呼びかける。

 ――リリーさん、魔力をお借りします。


『いいですよぉ~! デート一回ですね♪ ――早めにこっちへ来てほしいです。ちょっと、マズイです』


 即座の反応に面食らう。

 あのメイドさん、コツを掴むのが早過ぎやしないか? 

 吸血鬼となった少女の凄まじい悲痛な絶叫。


「私はっ! 私達はっ!! 聖女様のっ!!! 嗚呼!!!! アーティ様ぁぁぁぁ!!!!!!!!」

「少しの間、闇の迷宮に囚われていてください」


 闇属性魔法『黒猫大迷宮』を発動。

 『匣』が収縮――少女の姿は闇の中に消えた。

 息を吐き、みんなを促す。


「ふぅ……何とかなりましたね。さ、行きましょう」

「アレンっ!」

「わっ! 痛っ!」


 突然、アーサーに抱き着かれ、背中を叩かれる。

 英雄様は満面の笑み。


「見事だっ! 本当に見事だっ!! 噂に聞いていた――いや、噂以上だっ!!! どうだ? 事が終わった後、ララノアに来ぬか? 俺の上司でいいぞっ!」

「え、えーっと……」

「先輩……またっすか。この件は研究室法廷に報告しておくっす」


 ギルが呆れた顔でからかい、アンコさんは迷惑そうに鳴かれた。

 僕はアーサーを押し返し、咳払い。


「こほん……閉じ込めはしましたが、何れ突破されます。急ぎましょう」

「うむ……アレン殿、改めて言っておく。妹を嫁にしたくば、我を」

「先陣は貰うぞ、リドリー!」


 『剣聖』様が僕へ細い目を向ける中、駆けだしたのはアーサー。

 リドリー様は「! 待てっ! アーサー!!」と、英雄へ追随。

 どうやら――……助かったみたいだ。

 ギルが槍を引き抜き、楽しそうに笑う。


「アレン先輩、諦めて、全員貰った方がいいんじゃないっすか? リディヤ先輩を説得する為には、何度か死の河を行き来しないとっすねっ!」

「……冗談になってないよ」


 遠い王都で、僕の変事に気付いているだろう紅髪の公女殿下の顔が浮かんだ。

 ――言い訳を考えるのは後だな。

 杖を回し、ギルを促す。


「僕達も行こう。アディソン閣下を救わないと」

「うっすっ!」

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