第59話 エピローグ

 人生、色々な出来事が起こる。

 特に王立学校の実技試験で『剣姫』に出会って、そこから四年間、表裏、はちゃめちゃな事件ばかり。

 黒竜とやり合い、四翼の悪魔を、吸血鬼の真祖とも戦ったっけ。

 その後、王宮魔法士試験に落ちて、北へ。

 魔法が使えなかったティナ・ハワード公女殿下、北の内向き、裏を司るウォーカー家の孫娘、エリー・ウォーカー嬢の家庭教師に。

 ティナとエリーを首尾よく、王立学校へ入学させ、ジェラルドを叩きのめし、リィネが教え子に加わって…………正直、激動過ぎる。

 

 で、今がこれ。


「こ、答えよ! 返答は如何に!!」

「…………ではお答えしますが」


 半ば焼けた王宮からわざわざ持ち出されたであろう、のジョン・ウェインライト第一王子殿下へ直答する。

 ここは、王都、ガードナー侯爵家の屋敷。その三階にある大会議室。

 ――陛下の緊急召喚状と迎えのグリフィンが東都に来たから、来てみれば、いきなりのこれだ。

 王子殿下の周囲には王宮魔法士達と、直属の護衛隊が第一級戦闘装備で厳戒態勢。王宮攻防戦時において、まともに戦わず逃げ、難を逃れた貴族多数。

 それらを指揮するは、王宮魔法士筆頭ゲルハルド・ガードナー。怜悧な顔には何の感情も浮かんでいない。


「仰られている意味が理解出来ません。『此度の件、不問に付してほしくば、全てを差し出せ』とは、具体的に何の事でしょうか? 不問に付すとは??」

「し、しらばっくれるなっ! お前が、ララノア共和国に不法侵入し、あまつさえ、戦闘を行ったこと、先方より内々に抗議が来ているのだっ!! これは、大問題、大問題だっ!!! わ、我が国はオルグレンが謀反により、混乱している。諸外国と争うわけにはいかぬっ!!!!」


 ジョン王子が恐慌状態一歩手前になりながら、机を何度も叩く。異母妹のシェリルに比べると、胆力が足りない御方だ。

 ……難癖つける人が出てくるだろうとは思ったけれど、よもや、王子殿下とは。

 陛下は心労が重なり、西都で休養を取られているそうで『国家、火急の折、国王陛下代理は第一王子殿下であられる、ジョン様となる』と、ガードナー卿が冷たい声で教えてくれた。

 ハワード・リンスター・ルブフェーラの三大公爵殿下、そして、主だった実力者達が王都におらず、東都へ進駐している間の電撃的決定。ほんと、貴族の権力争いって面倒だな。 

 

 ――オルグレンの乱が終息して、早一週間。

 

 僕はこの数日間、東都の病院で半ば軟禁状態にあった。

 無論、教え子達及び大人達の手によって。

 …………大変だった。本当に、本当に、本当に大変だった。

 東都へ戻ってもリディヤとティナは離れないし、カレン、エリー、リィネは大泣きするし、次々とやって来る偉い人達からは、称賛七割、御説教が三割。

 ……母さんとリサさん、二人がかりのお説教は、僕の心を軽く折ったよ。

 少し遅れて届いたフェリシアの手紙も長かった。淡々と状況がどう推移したのかも、教えてくれて助かったけど……とりあえず


『侯国連合の北部は、アレン商会で牛耳ろうと思います! 陸海空全て!!』


って何なんだ。

 リンスターの先代からも密書で『リンスターに養子としてもらいうけたい云々』とか書かれていたし……。

 で、皆が寝静まった頃にやって来たステラからは苦い苦い紅茶を飲まされた。


『……私だって、心配、心配したんです……御無事で、ほんとに、ほんとに良かった……ぐすっ』


 お姉さんとして、とても頑張ってくれたらしい。

 最後にやって来た、レティシア・ルブフェーラ様は僕に会うなり破顔。


『アレン、貴様、嫁はいるのか? いないならば、私の曾孫と』


 ……うん、僕は、希少な経験をしたと思う。

 『火焔鳥』『氷雪狼』『暴風竜』の三極致魔法が、病室内に顕現するなんて早々見れるもんじゃなし。アトラが興奮して大変だった。 

 そんな中、届いたのが国王陛下からの緊急召喚状、というわけだ。しかも、ご丁寧に、深夜。迎えのグリフォン便にこっそり乗り込み、本調子ではない身体のまま来てみれば……。

 再度、王子へ質問する。


「『全て』とは? 此度の件、僕は殆どの期間、監禁されていました。お渡し出来るものなどほぼありませんが? 王宮攻防時に時間を稼いだことくらいです」  


 周囲の貴族達が罵ってくる。

 何人かは見知った顔だ。戦時だったというのに、体形は変わらず。


「貴様の貢献など微々たるものだっ!」「いてもいなくても変わらなかっただろうっ!」「むしろ、王宮に土足で踏み込んだことが許されぬっ!」


 ここまで、立場を変えないのはある意味で凄い。

 この間、ガードナーは沈黙している。

 王子殿下が捲し立てる。


「し、しらばっくれるなっ!!!! き、貴様があの小島で……オルグレンの秘匿せし謎の研究所から脱出したことは、わ、分かっているのだっ!!!!! そ、その地で手に入れた情報を渡せば、一切は不問とする。更に、貴族にも……準爵にもしてやろう。よくよく考えて返答」

「お断りします」 

「!? な、ん、だと?」


 断られると思っていなかったのか、ジョン王子殿下が目を見開き愕然。

 貴族達も唖然としている。

 ……むしろ、どうして僕が受けると思うのか。

 答えを重ねる。


「お断りします。あの地であったこと、見たことを……少なくとも貴方様へお伝えすることは出来かねます。第一、聞いてどうするのですか? 過ぎたる力と欲は身を滅ぼします。……オルグレン老公の、王国と王家への献身、無駄にするおつもりですか?」


 ――老公、ギド・オルグレン公爵殿下は恐ろしい御方だった。


 三人の息子達が国内外の勢力と結び、画策していた叛乱計画を直前に察知せし老公は、これを逆手にとり、守旧派の一掃を画策。

 ジェラルドを支援していた情報が全て漏れたかのように、グラント公子殿下へ伝えさせ、拙速な叛乱を誘発。忠臣ハークレイ卿と共にそれを完遂してみせたのだ。

 叛乱終結後、オルグレンの屋敷で病に伏せていた老公は、自決。意識不明の状態で発見された。

 老僕に託していた三大公爵宛の遺書には、王国と王家の繁栄を願う旨、三大公爵への詫び、聖霊教への危惧、そして『一切の責任は、我にあり。他の者達への寛大な処遇を願う』とだけあった。御見事。 

 王子殿下が叫ぶ。


「は、叛乱を防げなかった者の言など、信ずるに能わずっ! と、とにかく、き、貴様は、私に全てを差し出せば良いのだっ!!」 

「それでも、差し出さない、と言ったら」

「ふ、不敬罪だ!!!!!」

「なるほど」


 僕は周囲を見渡す。

 王宮魔法士達は魔法を紡ぎ、王子殿下の護衛隊は剣の柄に手をかけている。

 ……またしても、監禁及び拷問、と。

 頭を掻く。服の中でアトラがもぞもぞ。

 僕は名前を呼んだ。


「――だってさ、リディヤ」


 瞬間、天井が音もなく斬れ、崩落。反応する間もなく、王宮魔法士達や兵士達が薙ぎ払われ、僕のもとへ。

 大きなつばがある布製の白帽子を被り、これまた白基調の服と長いスカート姿。手には愛剣と大きな旅行鞄。

 僕は立ち上がり、ジト目。


「……着いて来ているのは分かってたけど、敢えて聞くよ。その恰好は?」

「え? 愛想をつかして亡命するんでしょ?」 

『!?!!』


 室内の人々が絶句。

 僕はともかく、『剣姫』リディヤ・リンスター公女殿下が、王国を見限る発言をしたのだ。手乗り幼狐のアトラが胸元から顔を出し肩に乗った。頭をこすりつけてきたので、撫でる。


「♪」

「そういう冗談を言わない」

「で? どうするの?? 斬る? 燃やす? 斬る??」


 楽しそうな我が腐れ縁。

 肩を竦め、立ち上がる。


「ジョン王子殿下。先程の返答を三度。あの地で得たものは、少なくとも貴方様にはお渡し出来ません。これで僕等は失礼いたします」

「――貴殿だけの問題ではないが?」


 初めて、ガードナー卿が口を挟んできた。冷たい視線だ。

 苦笑し、手を振る。リディヤと魔力が繋がる。


「そんなことを仮になさったならば」

『!!!!!!!!』


 『火焔鳥』『氷雪狼』『暴風竜』――そして『雷王虎』。

 四大極致魔法が同時顕現。


「ひぃぃぃ!」


 ジョン王子が悲鳴を挙げ、玉座から転げ落ちた。

 リディヤが僕の左腕を捕獲。

 肩上のアトラに「昨日も言ったでしょう? 服の中で寝るんじゃないのっ! ……え? わ、私も乗っければいい??」。仲良しなのはよいことだ。

 ――腐れ縁の背中に深紅の八翼が形成された。

 僕は、ガードナー卿へ会釈。


「――僕は王国と王家を許しません。では、御機嫌よう」 


 無数の炎槍が突如、床を突き破ってきた。貴族達が悲鳴をあげる。リディヤの仕込みだ。

 そのまま一気に飛び出し、王都上空へ。アトラが楽しそうに歌っている。


「♪」

「で、何処へ行くんだい? ティナ達にも報せ」「ない!!!!」


 リディヤは僕を、ぎゅーっと、抱きしめつつ幸せそうに笑う。


「――当分は二人きりだからねっ! 埋め合わせはしてもらうからっ!!」

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