第8話 実習

 何度も思っているが、この殿下には才能がある。末恐ろしい程の。


 仮に魔法が一切使えないまま、春を迎えたとしても王立学校入学は特例として許可されるだろう――そうでなかったら、どうかしている。

 まぁ、だけど本人が義務感で行こうとしているなら止めた方がいい。あそこは、魔法を使えない者に対して、少々面倒くさいところだ。

 ……僕も何度、「リンスター公爵令嬢から離れろ」「お前のような無能はこの学校に相応しくない」「下賤の者が」等々言われたか。

 そう言えば、次席での飛び級卒業が決まった時は発狂していたなぁ、懐かしい。

 殿下の場合、既に作物研究で結果を出しているなら、そんなとこにわざわざ行くよりも、北方で経験を積んだ方がいいと思うのだけど。


「私は王立学校へ行きたいです。義務感からではありません」


 はっきりとした口調での断言。

 7本の蝋燭を、少し離しながら並べていく。うん、準備完了。


「本当ですか? この温室だけでもティナの植物好きは分かるのですが」

「植物は好きです。新しい作物が育ったのも嬉しかった。けれど――笑わないですか?」

「笑いませんよ」

「……小さい頃、母が読んでくれた物語で、英雄の方々が使われた魔法に憧れているんです。何時か、私もあのような大魔法を使ってみたい、と」


 恥ずかし気にこちらを見ている。ふむ。

 殿下の頭をぽんぽんする。さて、実習の説明をしようか。


「!? な、なんですか、今のは、何の意味が??」

「さて、説明をします。ああ、エリーも聞いてくださいね。貴女も今日から授業を受けてもらいますから」

「せ、先生! 説明、説明を要求します!!」

「へっ? わ、わ、私もですか? だ、だけどグラハムさんが……」

「許可は取ってますから大丈夫ですよ。ティナも良いですよね?」

「……勿論ですけど、先生は意地悪です」


 不満気な殿下である。隣のエリーはおろおろ。

 この二人は見ていて、ほんとに飽きないなぁ。良いことだ。


「さて、ここに7本の蝋燭があります。これにそれぞれ違う魔法を使ってください」

「先程、仰っていた所謂七属性ですね」

「そうです。エリー、火魔法は使えますか?」

「は、はい!」

「そんなに固くならないで大丈夫ですよ。気楽に、気楽に」

「え、えっと、火をつければ良いんですか?」

「そうですね。まずはでしょうか」


 おずおずと、エリーが1本目の蝋燭へ火魔法を使う。

 すると小さな火がついた。


「はい、よく出来ました。では、次の蝋燭へ水滴をつけてもらえますか?」

「ご、ごめんなさい! 私、火と風の魔法が少しだけ使えるだけなんです……」

「なら、風を起こしてみてください」

「わ、分かりました」


 2本目の蝋燭へ手をかざすと、蝋燭の糸が少し揺れた。

 火と風を最初から使えるのか。この子も中々優秀だ。

 魔法の裾野が広がり、エリーみたいに、初歩の魔法を使える人は増えているが、それは一属性だけの場合が大半だ。自分の向き、不向きを強調し過ぎてる弊害がここでも出ている。

 ……それにそこまで意味があるとは思えないんだけどさ。


「はい、ありがとう。最初から火と風を扱えるなんて、エリーは将来有望ですね」

「あ、ありがとうございます。でも、その、私なんてダメダメで……」

「そんなことないですよ。これなら、春の入学試験には間に合うでしょう」

「入学試験??」

「さて、では次にティナ――」

「私は魔法を全く使えません」

「やってみてください。でないと教えようもありません」

「……分かりました」


 殿下が悲壮感を漂わせつつ、蝋燭に手をやった。

 ――確かに魔力の動きは感じる。

 魔法式も綺麗に構築されている。真面目な性格がよく出ている基本に忠実な構築だ。

 

 しかし……全く発動しない。


 不思議。見たところ間違いは発見出来ない。むしろ、模範的とさえ言えるんだけどな。

 殿下がかざしていた手を力なくおろした。ちょっと泣きそうな表情。


「…………ごめんなさい。やっぱり、出来ませんでした」

「謝る必要はないですよ。大丈夫です。ティナに魔力があるのは分かりました。後はどうして魔法が発動しないかを突き止めるだけです」

「……はい」

「おや? ティナは僕を信じてくれないのですか?」

「そんなこと! その、ないですけど……」


 伏し目がちだった視線をこちらに向けてくるが、自信なさげにまた下へ。

 ……結構重症だなぁ。今までの教師に色々言われてきたのだろう。

 確かに魔力があり、構築も間違ってないのに発動しないというのは、普通の人からすると訳が分からないかもしれない。

 まぁ、構築のセンスも高いみたいだし、原因さえわかれば突き抜けるだろう。間違いなく。 


「では、模範例を見せましょう。二人にも出来るようになってもらいますから、そのつもりで」


 どうしようかな? ただ、基本魔法を使うんじゃ面白味に欠けるし。何より楽しくない。

 そうだ。こうしてみようか。これなら多少は見栄えもするだろう。

 蝋燭の前で軽く手と手を合わせて、ほんの少しだけ魔力を動かした。

 すると――


「!?」

「えええええええ??」

「うん――中々ですね」


 二人が酷く驚いている。大袈裟な。

 簡単とは言わないけれど、こつさせ使えば難しくないのだ。実際、教授の研究室では……どうだったかな? 全部は余りいなかったかもしれない。



 まぁ7本の蝋燭それぞれに位は出来るようになる。

 ――かつて「無能」と呼ばれた僕に出来るのだから。

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