散歩
「……おーい、そろそろいいかな?」
「ま、まだよっ! 私がいい、と言うまで開けるんじゃないわよっ!!」
部屋の中から少女の焦った声。
――豪華な朝食を食べ終えた後、僕は突然、アンナさんから提案を受けた。
『アレン様、昨日は入学試験がございましたので、王都見物もまだなのでは? 入学した後は、何かとお忙しくなられると思いますれば、是非、この機会に如何でしょう? リディヤ御嬢様と御一緒に♪ 奥様と私は……少々、急な用向きが出来ましたので』
拒否する話ではなかったのだけれど……直後、公女殿下は無言で僕を引きずってゆき、自分だけ自室へ。
女の子の着替えは時間がかかるもの、というのは本で読んだことがあったけど、本当なんだなぁ。母さんや妹のカレンに待たされることはなかったし、ちょっと新鮮ではある。
壁に背中を預けながら、手慰みに小さな小さな魔法球を生み出しては消し、生み出しては消しを繰り返す。
僕の魔力量は人並み以下なので、未だ初級魔法しか使えない。
魔法式の改良、それと並行して魔法制御技術を、少しずつ、少しずつ、繰り返すことで、せめて中級魔法までは使えるようになりたい。
上級魔法と、極致魔法は……残念だけど無理だろうなぁ。
南方リンスター公爵家の象徴である、炎属性極致魔法『火焔鳥』。
北方ハワード公爵家の名を他国に轟かせた氷属性極致魔法『氷雪狼』。
西方ルブフェーラ公爵家を畏怖させている風属性極致魔法『暴風竜』。
そして、僕の故郷、東方を治めるオルグレン公爵家の雷属性極致魔法『雷王虎』。
一度でいいから見てみたいし、出来れば使ってみたいけれど……大魔法なんて夢のまた夢、か。
でも、どんな魔法式なのかは興味がある。
王立学校なら少しは資料も――メイド長がやって来た。
「おや? アレン様、まだ、お出かけになられていなかったのですか?」
「あ、はい。公女殿下は、まだお着替え中のようでして」
「……ふむぅ」
アンナさんは悪い笑顔を浮かべた。
そして、ノックをし、返答が来る前に扉を開けた。……僕は何も見ていない。
「リディヤ御嬢様、失礼いたします♪」
「! ア、アンナ!? ち、ちょっとっ!!」
閉まる扉。中では主従が言い争っている。
「な、な、何、入ってきてるのよっ! で、出ていきなさいっ! 今すぐにっ!!」「リディヤ御嬢様、このままでは何時まで経っても決まらないかと。や・は・り、でございます。ここは――」
「!! そ、そ、そんなの…………」
まだ、かかるらしい。
頬を掻き、手慰みを再開。
何を着ても似合うんだから、迷う必要もないと思う。
ガチャリ、という音共に、少しだけ扉が開いた。
振り返ると、紅髪の少女と目が交錯。
素直に尋ねる。
「着替え終わった?」
「……入んなさい」
「? え、だって」
「い・い・か・ら!」
「わっ!」
手が伸びてきて右手を掴まれ、部屋の中に引きずり込まれた。
思わず、左手で目を覆う。
少女の淡々とした呟き。
「……別に大丈夫よ」
「そ、そう?」
恐る恐る、目を開けると、部屋の光景が目に入ってきた。
そこは年頃の少女の部屋としては、殺風景だった。
置かれているのは大きなベッドと、幾つかの机と椅子だけ。他の部屋にあった、絵画や彫刻などは一切ない。
ただし――ベッドの上には、たくさんの服。どれも、真新しい。
アンナさんが声をかけてきた。
「アレン様、私、奥様と共にこれから、出なくてはなりません。リディヤ御嬢様の御召し物、御選びくださいませ。部下の者達には伝えておきますので!」
「……え? あ、あの」
「では!」
満面の笑みを浮かべたメイド長の姿が消えた。
え、えーっと……腕組みをし、そっぽを向いている少女へ聞く。
「僕が選んでもいい、のかな?」
「……好きにすればいいじゃない」
「あ、なら、メイド」
神速の踏み込み。そして、斬撃。
後ろに立派な扉があるので、下がって斬らせるわけにもいかず、意を決し両手で挟み込み受ける。
間近な少女が微笑。
「この、へ・ん・た・いっ! 斬らせろぉぉぉ!!」
「き、君が、好きにすれば良いって言ったんだよっ!? あと、冗談、冗談だからっ!!」
「……ふんだっ!」
ようやく剣を引いてくれた。
し、心臓が、心臓が痛い。こ、このやり方で受けるのは、極力止めよう。
――ベッドの上に置かれている、服を見る。
困った。僕は決して、お洒落じゃないのに。
まぁでも……
「これとこれで、いいんじゃないかな? 外套はこれで!」
「…………に、似合わない、わ、よ?」
「大丈夫、大丈夫。さ、着替えて、出かけようよ! じゃ、僕は部屋の外で待ってるからねー」
「あ、ち、ちょっとっ!」
さっさと、部屋の外へ。
入れ替わりで、数名のメイドさん達が中へ。アンナさん、仕事早いなぁ。
――暫くして、歓声と手を合わせる音。扉が開き、公女殿下が出てきた。
微笑んで、褒める。
「うん。とっても似合うね」
「…………あんた、やっぱり、変態だわ。こ、こんな格好」
「? とっても可愛いよ??」
「!?!! ば、ば、ば、バカなこと、言って、るんじゃ――……ほんと?」
「うん」
「…………あ、ありがと」
リディヤ・リンスター公女殿下は、白の長袖シャツに紺色の長スカート、それに暖かそうなコート姿。
僕の言葉を聞くと、恥ずかしそうにコートのフードを深く被り俯いた。フードには獣耳を模した物が付けられている。うん、とっても可愛い。
部屋の中では、メイドさん達が恍惚の表情。僕と視線が合い、何度も頷き拝んできた。お、大袈裟だなぁ。
右袖が引っ張られた。
「ほ、ほら、い、行くわよ」
「そうだね。迷子にならないようにね」
「そ、それは私の台詞! あんたこそ、迷子になるんじゃないわよっ!!」
「あ、僕は大丈夫。よっと」
「! あ、あんた、これって」
一羽の小さな魔法生物の小鳥を生み出し、少女の肩に停まらせる。この子がいれば、はぐれても大丈夫だろう。
目を見開いている公女殿下へ微笑む。
「歩きながら魔法の練習もしようね?」
「……私、初歩しか出来ない」
「うん、聞いたよ。僕も初級魔法しか出来ないし、まずは簡単な反復訓練をしよう。帰ってきたら、約束通り君は剣技を教えてよ」
「……いいわ。びしびし、教えてあげる!」
「優しくしてほしいなぁ。僕くらい!」
「あんたは、意地悪で嘘吐きでしょ!」
紅髪の少女がむくれ、フードの獣耳が揺れる。
うん、この服で正解。
後方の心底嬉しそうなメイドさん達へ会釈。行ってきます。
「さ、行こう! 楽しみなんだ! まずは、王宮からかな?」
「あ、ちょっと、もうっ! ……途中で、昨日のカフェに寄りたい」
「了解。色々、巡ってみよう」
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