王都風景

「おお~! 凄い!」


 リンスターの御屋敷を出た僕等がまず向かったのは、王都南方にそびえ立つ王宮だった。

 外国にも広く知られている王国を象徴する、白亜の建物だ。

 勿論、中には入れないので、少し離れた大通りから眺めるだけ。

 僕がはしゃいでいると、隣の少女が鼻で笑ってきた。獣耳フード付きの外套を羽織っている。


「ふんっ! こんなのではしゃぐなんて、子供ね。もういいでしょう? 行くわよ」

「えー。もう少し見せておくれよ。凄いなぁ……どうやって、こんな大きな宮殿を建てたんだろうね? 土魔法?? あ、王立学校に入ったら、調べられるかな??」

「そーなんじゃないのー」

 

 興味なさげに……あ~いや、そうじゃないな。

 振り返り、手を差し出す。


「……なによぉ、その手は?」

「折角だから、繋ぐのかな、って。ごめん。僕だけはしゃいじゃったね。今度は君が行きたいとこでいいよ?」

「べ、別に、わ、私は、繋ぎたいわけじゃ……」

「なら、止め」「ない!」


 遮り、おずおず、と手を伸ばしてきた。

 こうして見ると、年相応……カレンに似てるかも?

 くすり、と笑い、手を伸ばし


「おい! そこの娘っ!! 栄えある王宮近くでなんという恰好をしているのだっ! 汚らわしいっ!!! とっとと脱げっ!!!」


 突然、怒声がした。

 視線を向けると、見るからに貴族然とした青年。年齢は僕や公女殿下よりも幾分か上。やや太っている。

 王立学校の制服ではないものの、学生なのだろう。制服姿だ。

 僕は少女を守るように前へ。


「え、えーっと……どういう意味でしょうか?」

「はんっ! そのようなことも知らぬのか? ……貴様、平民だな? 頭が高いぞっ!! 私は、東方にその名を知られた代々の親衛騎士、ゲクラン伯爵家が長子、ガロン・ゲクランであるっ!!」

「? 貴方は学生ですよね? 王都にある何らかしらの教育機関に所属した場合、身分の差は一切なくなる筈では??」

「馬鹿め。これだから平民は。我等と貴様達が同等である筈もあるまい。そして」


 青年が沈黙している少女へ太い指を突き付けた。

 それが差し示すのは――獣耳の外套。


「獣人族の如きものを纏い、王宮へ近づくとは……世が世であれば、斬り捨てるところだ! 獣人は東都で管理されていれば良いというに……嘆かわしい! とっとと、外せ!!」

「…………」


 言葉を喪う。

 僕はこの歳まで東都を出たことがなかった。獣人街にはエルフ、ドワーフといった長命種や人族も来るし、表向き差別らしい差別はない。

 ……僕は獣人の中で一人、人族の外見だったし小さい頃は、まぁ色々とあったけれど。それにしたって短期間だった。

 なのに……王国の中心である王都でこんな言葉を聞くなんて。

 後ろから、絶対零度の囁き。


「――……ふ~ん」

「あ、だ、駄目だよ」


 少女が僕の制止を無視し、前へ。

 外套のフードを外した。


「! そ、その炎の如き髪色は」

「今の言葉、ゲクラン家、更にはオルグレン公爵家の考えと認識して良いのね? つまり、オルグレン公爵家は……あんたみたいな者の考えを容認している、と。本拠である東都には数多くの獣人族が住んでいるにも関わらず。……リディヤ・リンスターよ」

「!?!!! ま、待て! 待って、くださいっ!! い、い、今のは、ち、違う、違うのです!」 

「……吐き出した言葉を戻せると? それが、ゲクラン伯爵家の教えなの?? 大丈夫よ。電話で直接、伯爵に聞、むぐっ」

「あーあー、ごめんなさい! 僕達はこれで失礼します!」


 少女の口を押え、抱え込み逃走を開始。

 後ろから「ま、待てっ! っっ!?」追いかけようとしてきた青年の足元を凍らし、転ばせる。これくらいは許してほしい。

 ……でも、そっかぁ。王都では、獣人族って。


※※※


 少女を抱えたまま、昨日行った空色カフェへ。

 ゆっくりと、降ろすと頬を大きく膨らましている。

 僕は頭を深々と下げた。


「……ごめん。僕が何も知らないせいで、君に嫌な思いをさせて。フードを被るのは止めよう」

「……被る」

「リディヤ」

「……被るったら、被るっ! あんたが気に病むことじゃないっ!!」

「でも」

「い・い・か・ら! この話はお仕舞い。じゃないと」

「――……斬られるのは御免だなぁ。うん、分かったよ。ありがとう」

「……別に」

「それでも……ありがとう」


 公女殿下は、再度、外套のフードを被り顔を俯かせた。

 そのまま、手を伸ばし僕の右裾を摘まむ。

 カフェの中に入り、空いている席へ座ると、顔を上げ


「あんたはここで待ってなさい! 私がケーキを選んできてあげるから!」

「え? で、でも」

「泣きべそかいてる下僕を慰めるのは、御主人様の義務なのっ! その代わり、紅茶はあんたが淹れる!!」

「……了解。よろしく」

「よろしい」


 両手を握った少女が、意気込んでカウンターへ近寄っていく。

 マスターと目が合ったので、会釈。

 頬杖をつき店内を見渡す。御客さんの姿はない。

 教育機関が集中している王都西側の立地からして、学校が動いている時は学生さんが多いのだろうけど、今日はまばら。まだ、春休みなのだ。

 始まったらここに通おうかなぁ……。

 そんなことを、つらつら考えていたら、空いている椅子に黒い物体が飛び込んできた。丸くなる。

 ……黒猫??

 次いで白い物体が駆けてきて、足元から黒猫を見つめた。

 白い子犬?? 

 心なしか、困っているような……。

 黒猫は片目を開け、鬱陶しそうな表情を見せ、起き上がり――気づいた時には、僕の膝上へ。……今のは、魔法、か??

 白犬は黒猫が動いたことに気づき、今度は僕を見た。


「えーっと……君も、座る?」


 大きく尻尾を振り、器用によじ登ってきた。黒猫が抗議の鳴き声。

 綺麗な漆黒の毛を撫で回しつつ、注意。


「駄目だよ? 自分より小さな子には優しくしないと。君もお姉さんを困らせないこと」


 白犬は、きょとん、とし身体を丸めた。

 とりあえず、二頭を撫で回していると、店内に息を切らした女の子が入ってきた。

 光り輝く耳が隠れるくらいの金髪。

 身長はリディヤと同じくらいで、華奢。

 僕等と同年代に見える綺麗な顔には焦り。

 店内を見渡し――僕と目が合い硬直。

 膝上の二頭は、気持ちよくなったのか、すやすや。

 挙動不審な様子で、少女が近づいて来た。


「あの……その子達……」

「君の子?」

「う、うん。白い子は私の子で、シフォンっていう名前。黒い子はアンコさん。教授の子で……」

「アンコさん? 教授??」

「! い、今のは忘れて! つ、捕まえてくれてありがとう。この子達ったら、私が脱け出すのに着いてきっちゃって……あ、私、シェリルっていうの」


 こういうお店に慣れてないらしく、少女は、たどたどしく、事情を説明してきた。

 紅髪の公女殿下は、依然として真剣な様子でケーキを選んでいる。


「僕はアレン。君が誰なのかは知らないけど……もう、行った方がいいと思うよ? 何人かが凄い勢いで近づいて来ているし」

「!? ……あ、ありがと!」


 少女は、こくこく、と頷き白犬を抱え、早足。

 あれ? 黒猫は……姿が消え、いつの間にか、少女の肩に。

 ほ~。あれ、転移魔法じゃないな。闇属性、か。

 感心していると少女が入口で振り向き、小さく手を振ってくれた。僕も振り返す。 満面の笑顔になり駆けて行った。

 直後、その後を複数の影。殺意とかはなく見守っている感じだ。あの子に幸運を。

 ほっこりしていると――背中に冷気。


「……ねぇ、あんた、今のって……」

「あ、おかえり。王都って、色々なことが起こるね」

「あんたが変だからでしょっ!」

「酷いなぁ」


 テーブルの上にティーポットや小皿、カップが置かれていく。

 僕は紅髪の少女に話しかける。


「丁度いいや、少し魔法の練習をしようか。初歩は使えるんだよね?」

「…………本当に、初歩だけ、よ?」

「十分だよ」


 少し怯んでいる公女殿下。

 片目を瞑る。


「――大丈夫。今すぐ出来なくても、きっと、未来の君は、今日、この日を思い出して、笑うことになると思うから」

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