第54話 真打ち 中
「『勇者』……?」
私は思わず呟きました。
約五百年前の大陸戦争を終結へと導いた英雄。
大魔法『天雷』を操り、龍をも屠ったという伝説持つ、御伽噺の登場人物。
今、目の前に立つ人形みたいな、この少女が?
ちらり、と振り返り、私達を一瞥。
「貴女達も、あの人に――……アレンに拾われた子達?」
『!?』
「ん、分かった。貴女達は、こんな弱虫迷子になっちゃダメ。あの人が悲しむから。そこのちびっ子狼」
「ふぇ!? わ、私ですか??」
唖然とする私達に、少女は淡々とそう告げ、次いでティナを指差しました。
すっ、と目を細めます。
「ちびっ子狼の中の『子』は良い子。でも、今の貴女じゃ無理。悪い子になったら、私は――……貴女を斬らないといけなくなる。そしたら、あの人が泣く。それは辛い。とてもとてもとても辛い。世界を斬った方が良いと思うくらい、辛い。だから」
無数の炎羽が舞いました。
姉様が双剣を交差させています。
――六頭八翼、漆黒の『火焔鳥』が顕現。
こ、こんな……こんな、禍々しい『火焔鳥』なんてっ!
あ、姉様の『火焔鳥』は恐ろしく、容赦なく……そして、とても美しかったのに。この魔法は……醜い……。
何も言わず、姉様は無造作に少女へ放たれます。
カレンさんが、反応しようとし、少女が左手で制します。
『!?!!!』
「手にした『星』は離すな。絶対に、絶対に離すな。ちびっ子狼は、もう全ての幸運を使い果たした。二度目はない。その程度には、この世界は残酷で、ろくでもなく、容赦がない。……じゃないと、こういう風に弱虫迷子になる」
少女は襲い掛かってきた『火焔鳥』の頭の一つを素手で掴み、あっさりと砕きました。凶鳥が、苦鳴をあげ消失。
姉様が舌打ちをされます。双剣が炎を纏い、黒血に染まっていきます。
「……偽善者。わたしはあいつのとこにいく。わたしのじゃまをするなら――斬る」
「弱虫迷子。寝言は寝て言え。そんなざまじゃ、永久に私には届かない。……どうして『炎麟』を持ってる?」
「きえて」
姉様の背中の八翼が変貌。数百、数千の蠢くモノへ。まるで蛇のようです。
少女を狙い、波のように動き始めました。
「ティナ、エリー、リィネ、下がりつつ、防御障壁を!」
ステラ様の指示がとびました。
すぐさま、反応出来たのは兄様の薫陶でしょう。
私達は後退し、ステラ様と共同して、幾重にも耐炎結界を張っていきます。
「カレン!」
オルグレンの戦斧である『深紫』を握りしめカレンさんはその場で、険しい顔をされています。普段なら、すぐに行動されるのですが。
――少女は『炎蛇』の波を見つめ、溜め息を吐かれました。
「情けない。あの人がいないと、この程度? ちびっ子狼達、私は優しいから、少しだけ見せる――この世界の秘密を」
そう言われると、すっ、と左手を伸ばします。
そして、囁かれました。
「『
瞬間、閃光。遅れて轟音。
無数の『炎蛇』が薙ぎ払われ消滅。凄まじい衝撃波が発生。
ステラ様とティナ、エリーが構築した数百枚の氷壁の悉くが砕け、更に発動し続ける度に割れていきます。上空高くにまで、様々な物が巻き起こり視界が閉ざされていきます。
ま、魔法の……威力が違い過ぎます……。
いえ、最早、これは『魔法』という枠で語ることは不可能な威力です。
――エリーの風魔法によって、土煙が吹き散らされ、視界がある程度、回復。
姉様とカレンさんは!
前方では少女が咳き込んでいます。
「けほけほ。……力を入れ過ぎた。弱虫迷子。目が覚め」
初めて、少女が身体を動かし、土煙を突き破り、上空遥かから振るわれた姉様の連続攻撃を回避。
八翼はまたしても変貌。幾千の黒血槍へ。
浮遊するその姿は……私は奥歯を噛み締めます。こんな、こんな姿……姉様じゃありませんっ! これじゃ、これじゃまるでっ!!
少女は後退し、舌打ち。
「ちっ。少しだけ賢しくなった。でも、それもあの人の。だから、私は四年前にあれ程言った。『離すな』って。離したら、自分一人で歩けもしないくせに、強がって、強がって、結果がこれ。…………ムカついてきた。カレン、邪魔。戦わないなら、退く!」
「! 私の名前を、ど、どうして……?」
少女が険しい顔を崩していなかったカレンさんの名前を呼び、後退を促します。
――少女がまた、そっと、右手を上空へ向けました。再び、人とは思えない、凄まじい魔力の高まり。
姉様もまた双剣を振るわれ、八羽の『火焔鳥』を顕現。
「『
魔法が放たれました。
私達もまた、次々と防御障壁発動。
――直後、先程を超える閃光と衝撃波。
悲鳴を挙げることも出来ず、ただただ、障壁を張り続け、収まるのを待ちます。
……次元が、違いすぎます。
これが、これが……御伽噺で語られる『勇者』と当代の『剣姫』!!!
こんな状況で私に出来ることなんか……視界が晴れていきます。
少女は上空を睨みつけ、姉様は浮遊したまま。
再度『火焔鳥』が顕現していきます。
「…………」
「ティナ?」「テ、ティナ御嬢様??」
無言でティナが一歩を踏み出しました。
少女へ近付いて行き、追い越し、背筋を伸ばしました。
「ちびっ子狼」
「私の名前はティナです。ティナ・ハワード。アリスさん? でしたっけ。ありがとうございました。ここから先は、私がやります!」
「…………ほむ。やっぱり、狼の子は狼。賢しい」
「ティナ!?」「あぅあぅ、テ、ティナ御嬢様!?」
「――ティナだけじゃ流石に無理ね。カレン?」
「はぁ……本当に情けない。兄さんに後で叱ってもらわないと」
私とエリーの動揺を他所に、笑みを浮かべられたステラ様と、苦々しい表情のカレンさんも前へ。
む、無茶です。
私達五人がかりでも、姉様に敵う筈ありません!
そもそも、あんな『火焔鳥』を防げる筈――……あ。
エリーと顔を見合わせます。
おかしいです。姉様が使われる本気の『火焔鳥』は正しく、全てを滅する炎。
幾ら御伽話の英雄様であっても、楽々防げるような代物じゃ絶対にありません。
なのに……。
いつの間にか、私とエリーの後ろまで下がった少女が私達の背中を押しました。
「「!」」
「赤い雛鳥、頑張れ。まだまだ、勝負は分からない。…………私の敵は、頑張らなくていい。そんな胸は不謹慎。遺憾を表明。もぐ?」
「っ! は、はい」「あぅぅぅ。ひ、酷いですぅぅ」
私達も背筋を伸ばし、前へ。
ティナが、長杖を上空遥かにいる姉様へ突き付けます。
「――今のリディヤさんなんて、ぜっんぜん、怖くありませんっ! 先生の隣は私が貰いますっ!! 下剋上ですっ!!!」
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