第15話 暗号
「でね! アレンさんたら酷いんだからっ!! 後から追いかける、って言ったのに……戻ってきたら御仕置きっ!」
「……フェリシア、今は動かないでくれる? 髪を梳かし難いわ」
「あ、うん……え、えっとね? ステラ……」
「何かしら?」
「…………」
私達はお祖父様へご挨拶をした後、大広間から私の自室へ移動しました。
あの場所では人目もありますし。
今は上着を羽織ったフェリシアさんの凄い寝癖を、ステラ様が直されています。
……微笑を浮かべられて。
何時の間にかリンスターの臨時兵站総監になっていた眼鏡少女な先輩が、私達へ救援要請を目で送って来ていますが……私の身体が前へ突き出されます。
「お、御姉様……怒ってます……」
「あぅあぅ……」
「ち、ちょっと、ティナ、エリー、私を盾にしないでくださいっ」
抗議しつつ私も後退します。
……ステラ様のあの微笑。
前に、姉様をお説教されている兄様が見せられていたものと同じ。つまり、とてもとても、怖いのです。
私達が押し合っていると窓際で腕組みをされて、佇まれていたカレンさんが口を開かれました。
こちらもまた瞳が紫色に染まりつつあり、紫電が飛んでいます。
「……惚気の件は後から聞くわ。ステラ、今は」
「そうね。フェリシア、アレン様とリディヤさんが、王都から忽然と姿を消されたのは知っているわね? 情報が入っていない? リンスターの兵站総監なら、私達よりも集まりやすいでしょう?」
「うぅぅ……の、惚気じゃ……兵站総監だって臨時で……アレンさんがいれば、私は副官……」
「「フェリシア?」」
「うぅぅぅ……!」
王立学校の生徒会長と副生徒会長の鋭い問いかけに、侯国連合を実質的な敗戦へ追いやる一つの大きな要因となった眼鏡少女が沈黙します。
……別に震えてません。
でも、今度から、あの御二方を怒らすのは止めておこうと思います。
フェリシアさんが口を開かれます。
「……何も情報はないよ。リディヤさんとアレンさんだよ? 本気で逃げたのなら、追えると思う? 手紙にも何も」
「……待って」「待ちなさい」
「?」
「フ、フェリシアさん、先生から御手紙を貰ったんですか!?」
「あ、うん。この前、届いたけど……あれ? みんなも貰ってるよね? 手紙の中に、みんなにも書いた、って……」
『…………』
どうやら行き違いになってしまったようです。
ステラ様が微笑みを深くされました。
「……フェリシア、アレン様は何て書かれていたの?」
「半分は御説教っ! やり過ぎ、とか。少しは考えて、とか。酷いと思わないっ? 自分がここにいたら、私は隣でお仕事してれば良かったんだよっ!? ほんとっ、アレンさんは……意地悪なんだからっ!」
「でもでも、アレン先生なら、もう半分は優しいかなって、思うんです、けど……」
エリーが、おずおずと、フェリシアさんへ尋ねました。
確かにそうです。
姉様が御屋敷を半壊させた時にお説教された時も、すぐ終えて、お茶会をされてましたし。
あ、でも、意地悪なことにも同意します。罰で姉様をメイド服に着替えさせていましたし。……あの日は、本当に大変でした。
羞恥に耐え、震える姉様。
真正面から褒めちぎる兄様。
それを受けて、羞恥が反転、甘える姉様。
結果……次々と倒れるメイド達。
私が、在りし日を思い出していると、眼鏡少女は頬に両手を置きはにかみ、身体を揺らしました。
「そうなの! すっごく、褒めてもくれて! くふふ♪ 頑張って良かったって思ったんだぁ」
「……で、兄さんの足取りは?」
カレンさんまでもが微笑を浮かべられ、肝心要のことを聞かれます。怖いです。
でも、手紙が来ているのなら、何処から来たのかを判別することも――眼鏡少女は首を大きく振りました。
「それは無理」
「ど、どうしてですか?」「あぅあぅ」
「――何処から出されたのか、分からないのね?」
ティナとエリーが狼狽し、ステラ様が冷静に指摘されました。
……心なしか、部屋が冷たくなってきているような。
フェリシアさんが淡々と返答されます。
「そ。流石だよねぇ。紙も封筒も王国南方のもの。ペンのインクも調べてもらったんだけど……」
「王国産、だったのね?」
「うん。届いたのも、色々な所を経由してだから……」
「……兄さんの意思じゃありません。おそらくは」
「姉様ですね」
カレンさんの後を引き取ります。
『剣姫』リディヤ・リンスターが本気で情報を秘匿している。
……心底、厄介です。
ステラ様が髪を梳き終わりました。
「はい、お仕舞い。フェリシア、きちんと寝てるの? 無理してるのなら」
「兄さんに言いつけます」
「ち、ちゃんと、食べてるし、寝てるわよっ! ……エマさん達と同じこと言うんだから、もうっ。ステラ達は、アレンさん達を追いかけるんでしょう?」
「ええ」「当然です」
「……私は行けそうにないから、絶対っ、捕まえてきてねっ!」
フェリシアさんが振り返り、ステラさんとカレンさんに訴えられます。
……侯国連合とは、講和案が話し合われている状態の筈ですが。
ティナが不思議そうに、質問を投げかけます。
「一緒に行かれないんですか?」
「……行きたいけど、ちょっとだけやり過ぎちゃったみたいで……リンスター公爵家と侯国連合との間が、揉めてるの。先代様と水都の統領とが、講和案をぶつけ合って、決まりかけたんだけど……」
「リンスター内では『もっと良い賠償を!』。侯国連合側からは『まだ、戦える!』かしら?」
生徒会長様が、冷静に状況を分析されます。
フェリシアさんが、困った顔で頷かれました。
「ハワード公爵家では問題にならなかったの? 白紙講和だって、聞いたけど」
「北方は良くも悪くも土地が肥沃じゃないのよ。仮に、大きく土地を割譲させても、そこから利益を得るには、長い時間がかかる。うちの郎党は皆、そのことをよく知っているの」
「うぅぅぅ!」
眼鏡少女が呻かれます。
お祖父様が先程『勝ち過ぎた』と言われたのはこのことですか……。
ティナが何かを考えています。
「ティナ?」「ティナ御嬢様?」
「――……分かりました。先生達は、侯国連合内、もしくはリンスター公爵領内にいます! シェリル王女殿下の推測通りなら水都ですね」
『!?』
「先生とリディヤさんでも、神様じゃありません。フェリシアさんの活躍を推測するに足る情報が必要です。そして、そのことを知るには」
「南方戦役の戦況を把握出来る土地にいる、もしくは、報道に接することが出来る場所にいないと無理。……フェリシア、アレン様の御手紙を読んで、浮かれていて気付かなかったわね」
「ステラ、ひどーい」
ハワード姉妹が頷き合います。こうしてみると、姉妹ですね。
エリーはそんな二人を見て、ニコニコ。
副生徒会長様が腕組みをされ、口を開こうとし
「おっまたせしましたぁ~。リリーさん御手製、クレープ大会開催ですよぉ♪」
リリーが、大きな鉄板を置いた台車を押して部屋に入って来ました。足元には子犬姿のシフォン。尻尾を振りながら、カレンさんの傍へ。
抱きかかえながら、フェリシアさんへ要求します。
「フェリシア、兄さんの手紙を見せて」
「えー。こ、これは私ので……」
「お願い」
「……ちょっとだけだよ?」
眼鏡少女は、懐から手紙を取り出しました。うん、持ってますよね。私だってそうしますし。
カレンさんは受け取り手紙を取り出しました。みんなして、後ろに回り込み、中身を覗き込みます。
「あーあー。ち、ちょっとっ」
「あの~クレープを~」
抗議とかが聞こえてきますが、知りません。
……いいなぁ。私も欲しいです。
カレンさんが手紙に魔力を込めました。
「カ、カレン!?」
「……違う、か。はい、返すわ」
「も、もうっ!」
フェリシアさんが手紙を抱きかかえます。
何か仕掛けがないのかを確かめたのですね。
リリーが大きな声を出しました。
「みなさ~ん! クレープですっ!! アレンさんなら、当分、水都なんですから、慌てなくても」
『!?』
「? ど、どうしたんですかぁ?」
みんなで一斉にリリーを見ます。
ステラ様が質問されます。
「どうして、水都、だと?」
「?? リディヤ御嬢様が行きたがってましたし、それに」
フェリシアさんへ近づき、手紙を手に取ります。
魔力を込めました。
『!?!!』
手紙から、『寝床でうずくまる有翼獅子』が浮かび上がりました。
私達は絶句。
リリーは普段通りに、続けます。
「さっき、カレン御嬢様が魔力を込めた時、ほんの少しだけ反応してました。多分、皆さんの手紙が揃うと勝手に開いたんだと思いますよ。一通毎に、アレンさんと同じ魔法式を解けば、こうやって浮かび上がるようにもなっていたんでしょうけど。アレンさんは、意地悪さんですから! さ、そんなことよりクレープ、クレープです!」
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