第57話 残雷

 レフが叫び、自らの心臓へ右手を置いた。

 何を――深紅の『火焔鳥』が超高速飛翔。狂信者が行動する前に着弾。


「!?!!!!」

「…………誰だか知らないし、奇妙な魔法式を使っているみたいだけど、取り合えず、灰も残さず焼けば死ぬわよね? 死んで? 邪魔」


 リディヤは怜悧に告げ、僕の胸に顔を埋めた。

 この炎は『炎麟』の……。

 死の炎の中、狂信者は『蘇生』を輝かせ、どうにか対抗しようとしている。

 

 ……が、無駄。


 今までの『火焔鳥』とは火力の桁が違う。ここに来るまでに、何があったのか。

 ティナへ視線を向けると、未だ顔色は白く、長杖を握りしめる両手もまた、真っ白だ。僕を見て「せ、先生……私……私……」と泣きそうな顔で呟くも、その後が続かない。思いつめていしまっているようだ。

 僕は教え子へ話かける。


「ティナ」

「は、はい!」

「長杖を貸してくれませんか?」 

「は、はい」

「ありがとう」


 近づいてきたティナから長杖を受け取り、微笑む。

 腕の中で泣き続けているリディヤへお願いする。


「リディヤ」 

「……ん」

「ありがとう」


 何も言わず、承諾。

 魔力を繋げる――凄まじい、感情の奔流。

 僕の右手を抱きしめる力は、更に更に強く。『もう、絶対に離さない。離してあげないっ!』という想いが伝わってくる。

 同時に――リディヤが顔を上げ、右手で僕の頬に触れた。


「……アレン……」

「……うん。大丈夫ではない、かな。でも、これは、僕のケジメだから」

「…………」


 顔を歪め、またしても胸に顔を埋めてきた。すすり泣きが聞こえる。

 ティナは両手を自分の胸に押し付け、何かに耐え続けている。


「ティナ、少し待ってておくれ。……僕は」


 長杖を真横に振るう。

 精緻極まる魔法式。過去最大量の魔力。そして……アトラが遺してくれた想い。

 炎の中でレフが叫ぶ。


「おのれ、おのれぇ、おのれぇぇぇ!! 我ガ信仰ノ力を持って、貴様ヲ……貴様を殺スっ! むんっ!!!!!!」

「っ!!!」


 ティナが悲鳴を堪える。

 ――狂信者は自分の手を心臓に突き立てていた。

 爆発的に魔力が膨れ上がり、炎に対抗しながら灰色の異形へと変貌していく。

 僕は長杖を構えた。

 少し考え……教え子を呼ぶ。


「ティナ、手伝ってくれますか? 力が入らなくて、支えられそうにありません」 「! は、はいっ! はいっ!! はいっ!!!」

「……私が支えるわよ」


 ティナが長杖を握り、リディヤも顔を上げ、左手を伸ばす。

 僕は目を瞑った――アトラの笑顔。『生きて』。うん、精一杯生きるよ。

 魔法発動。幾つもの魔法式が歯車のように動き、加速していく。


「! せ、先生、こ、これって!?」「…………綺麗ね」

「僕は今回、幸か不幸か、色々と経験しました。これもその一つです。けれど……二発目はありません。こんな綺麗で美しい魔法式を僕は書けない。だから」


 教え子と腐れ縁に微笑み、心からお願いする。


「どうか、この魔法式を忘れないでほしい。あの子が……アトラが僕へ遺してくれた魔法を。この魔法の名は――」


 炎から抜け出し、レフだったモノの形が定まった。

 最早、人の形を留めておらず、強いて言うならば液体生物に近い。

 無数の血走った瞳と口が浮かびあがり、絶叫する。


『聖霊ガ、ソレヲ、貴様ノ死ヲ、望ンデオラレルゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!』


 灰色の光が集束。光線が放たれる。 

 僕の手を、が掴んだ。 

 

「『閃雷せんらい』」


 字義通り閃光が大地を走った。

 灰色の光線と激突し――瞬間、拮抗すらせず、粉砕。

 全てを飲み込み、レフだったモノへ。


『!?!!!!!!!! 聖霊ガ……!!!!!』


 血走った瞳がこれ以上ない程大きくなり、絶叫する前に閃光が直撃。

 遥かに遅れて、轟音。そして衝撃波。

 有視界外にまで閃光は伸びつづけ――やがて、消えた。

 杖を下ろし、泣きそうなティナへ手渡す。

 リディヤとの繋がりを遮断。

 二人へ声をかける。


「……終わり、かな。リディヤ、ティナ、とっとと帰ろう。意図的ではなかった、とはいえ、ここがララノアなら、不法越境。戦闘行為までしてる。バレると外交問題になって大変だ」 

「せ、先生、今の……今の、魔法って」 

「…………大魔法、ね?」


 ティナとリディヤは僕の提案を無視。『閃雷』について聞いてきた。

 片目を瞑る。


「――そうだよ。でも、僕らが御伽噺で読んできたモノとは違う。だね。まぁ、その話は追々するよ。リディヤ、離して」 

「いや」

「……ティナ、どうにかしてください」

「無理です。…………私、今、それどころじゃないので。もう少し、もう少し、待ってください。お願いします……ちゃんと、言葉に、しますからっ!」


 ティナは長杖を握りしめ、再び顔を俯かせてしまった。リディヤはそのままの体勢を継続。

 

 ――僕が今、使った魔法は、アトラが最期に僕へ遺してくれたモノ。

 

 僕は、かつての英雄が使ったという『天雷』『蘇生』『光盾』と『炎麟』『氷鶴』『雷狐』は異なると推測していた。

 結論的に、それは正しかったわけだけど……アトラが教えてくれたことがある。

 それは、使

 考えてみれば、アトラ達が生きている以上、彼女達自身の固有魔法があってもおかしくないわけで。

 その威力たるや――視線を前へ向ける。

 射線上、全てを薙ぎ払い、土埃は未だ上空遥か。

 無数の鳥や、グリフォン、飛竜、その他の魔獣が驚き、飛んでいる。

 

 これは、おそらく大陸戦争以来、まともに使用された初めての大魔法だ。


 確かに幼い頃、使ってみたい、と望みはした。

 したけれど


「…………こんな魔法より、僕は、今、君にいてほしかったよ、アトラ」


 突如――世界が変わった。

 ティナとリディヤの姿も消え、周囲には何もない。

 この感覚。ティナが『氷鶴』を暴走させた時に感じた。


「――そう。ここは私の、私達の世界」


 長い薄蒼金髪をし、白服を着た少女が教えてくれる。  


「――私達の同胞ほらからを救ってくれたこと、深謝」


 輝く深紅の長髪で、白服少女と色違いの服を着た少女が頭を下げてきた。

 僕は微笑み返す。


「……君達から、呼んでくれたのは初めてだね。名前を教えてくれるかな? 『氷鶴』さんと『炎麟』さん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る