第56話 再会

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 誰かが絶叫している。

 その叫びに含まれているのは、悲痛さ。そして…………憤怒。

 嗚呼――……これを叫んでいるのは、僕だ。

 アトラが消え、レフは暫し呆然としていたものの、僕へ赤黒く濁った目を向け、喚き散らしながら、地団駄を踏んだ


「馬鹿な。馬鹿な! 馬鹿なっ!! 馬鹿なぁぁぁぁぁ!!! だ、大魔法が……み、自らの意思で、人を守る、だと!?!!! そ、そのような事例、それこそ、大陸戦争時代以来、聞いたこともないわっ!!!! せ、聖女様になんと、なんと申し開きを…………どうしてくれるのだっ!!!! この、獣擬きがぁ!!!!」


 奥歯が軋む程、歯を食い縛る。

 ……何て、何て、情けない。

 僕程、情けない男はこの大陸に一人もいやしないだろう。

 守る、と僕は誓った。……誓ったのだっ。

 

 魔力は既に零。右腕はほぼ動かず。身体で傷んでいない箇所はない。


 けれど……それがどうしたと?

 左手で、地面を握りしめ身体を起こし、立ち上がる。

 意識が遠ざかるも、無視。未だに喚いている教信者を睨みつける。

 動きを止め、短剣を向け、血走った瞳で僕を見てきた。心底、不思議そうに尋ねてくる。


「……貴様、何のつもりだ? 何故、立ち上がる??」 

「決まってるだろ?」

「!」


 間合いを殺し、左手で顎へ掌底。

 更に、思いっきり腹をへ左肘。レフの膝が折れ、短剣が地面に落ちる。


「がはっ!」

「…………お前を倒す為、だよっ!!!」 


 更に降りてきた頭へ、全力の回し蹴り。

 頭蓋骨が砕ける気持ち悪い感触。

 狂信者が声もなく吹っ飛び、地面に倒れる。

 身体全体が悲鳴。再度、無視。

 僕は短剣を拾う。


「起きろよ。この程度、『蘇生』を埋め込んでるお前が死ぬ筈はないだろう?」

「…………くっくっくっ。本当に、最後の最後まで」


 レフが立ち上がった。砕いた頭蓋骨は既に再生。

 『炎神槍』で大穴を開けた筈の腹も、埋まり傷口すら残っていない。破れた服の下、皮膚にはびっしりと灰色の魔法式の刻印。まるで、生きているかのように蠢いている。

 レフが、つんざめく罵声。


「苛々させてくれるっ!!!!!!!!!!!!!!!! 『雷狐』の代わりにもならぬが、せめて、実験動物として大人しく回収」


「――……あの子の名前はアトラだ。いいか、忘れるな。死んでも忘れるな。聖霊だか聖女様だか知らないし、どうでもいいが……あの子を殺しても構わない、なんて言っているとしたら――……僕はお前らを許さない。絶対に許さない」 


「な、き、き、き、貴様ぁぁ……ぁぁぁ……な、何、故だ? 何、故、そ、こまで、動け、る?? 最早、限界、ごふっ……」


 僕は一切の容赦なく、心臓を短剣で刺し貫き、刃をねじり込んだ。

 とある魔法を静謐発動。

 レフの瞳から光が喪われ、倒れそうになる。短剣を引き抜き、最後の力で、顔面を蹴り飛ばす。

 狂信者の身体が吹き飛び倒れ、血が地面に広がっていく。

 ……なんで、動けるか? って。

 それはそうだろうさ。痛む心臓を抑える。

 

 ――……無理矢理、命そのものを削れば、人間、多少の無理はきく。


 僕の両膝が落ちる。

 左手の握力も喪われ、短剣が地面へ突き刺さった。

 独白が零れる。


「…………アトラは、怒るだろうなぁ」


 怒りながら、優しいあの子のことだ。きっと、泣くだろう。

 本当に……僕は駄目な奴だ。

 視界がぼやける。

 ――嘲笑。


「くっくっくっ……そうか、そうか、貴様、命を削ったのか……狂人めがっ」


 レフが立ち上がる。心臓の傷は埋まっている。

 やはり、普通の攻撃、魔法はほぼ完全無効、か。

 狂信者は、勝ち誇った笑みを浮かべ――……激しく吐血した。


「!? な、なんだ、これは?? 血だと??? 不死兵共とは、段階の違う、本物により近い『蘇生』を埋め込んだ、私が??? ごふっ……き、貴様……私に、何を、何をっ、ひぎゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「…………答える義理があるとでも?」


 悲鳴を上げ続ける、狂信者へ冷たく返答。

 僕の目の前で、レフは身体に埋め込まれた魔法式に襲い掛かられ、生きながら喰われ始めた。同時に正常な魔法式が再生。悲鳴が響き渡るも、少しずつ灰に飲まれていく。

 ――先程、短剣をねじり込んだ際、魔法式に干渉、ほんの少しだけ式を変えた。

 『蘇生』の魔法式がある以上、通常攻撃と魔法はほぼ無効。なれど、自らの魔法式同士なら、話は別。


「…………少しは苦しめよ、狂信者」 


 吐き捨て、目を閉じる。そろそろ、本当に限界だ。

 身体が倒れ――……受け止められた。

 身体の傷が凄まじい数の治癒魔法で埋まっていく。

 目を開け、微笑む。


「…………やぁ、リディヤ。少し、髪が短くなったかい?」

「…………バカ。バカバカ。大バカ!」 


 険しい表情の腐れ縁――リディヤ・リンスターが僕を受け止めながら、無数の治癒魔法を発動していた。

 特に酷い右手を両手で取り、自分の胸へ押し付け、優しく優しく握りしめられる。

 ――心臓の音が聞こえる。

 僕を真っすぐに見つめてくる。


「べ、別に、私は、あんたがいなくても、平気…………だったんだから、ね?」

「うん」

「私は、あんたは、大丈夫だって、信じていたんだからね?」

「うん」

「…………私は、あんたが……いなくても…………いないと……」


 そこまでが限界だった。

 リディヤは俯き、瞳に大粒の涙を流し、啜り泣き始めた。

 左腕で抱きしめる。

 背中越しに、立ち竦んでいる教え子の姿。


「ティナ」

「せ、せんせ、い……」


 長杖を両手で握りしめ、顔を歪ませている。顔色は血の気を失い白。身体が細かく震えている。

 ここは戦場。視界には呻き続けている、レフ。

 そして、僕はボロボロ。有り体に言って、血塗れ。

 恐怖を覚えるのも当然だろう。


「リディヤ、ティナ」

「……謝ったら、怒る」「せ、先生……私……」 


 リディヤが目を真っ赤にしながら、僕を睨み、ティナは何かを言いそうになり、口ごもる。

 立ち上がり、頷く。リディヤは僕の右手を離さない。


「ありがとう。来てくれて。本当に本当にありがとう」

「…………バカ」「…………」  


 リディヤはますます、僕の右手を強く強く、自分の胸に押し付け、ティナは辛そうに顔を伏せた。

 ――心臓が痛むものの、身体の痛みそのものは消えてきた。

 出来る限り普段の調子で話しかける。


「疲れたよ。帰って寝たいな。ところで、ここって何処なんだい? 四英海なのは分かるんだけど」 

「…………ララノア」

「! それはまずいかもね。ティナ」

「は、はい」

「ここまで来れた、ということは、宿題にしておいた飛翔魔法を――……まだ、何か用かい? 狂信者」

「「!」」


 レフが立ち上がり、狂った瞳を僕へ向けていた。

 ティナは僕を守るように前へ。リディヤは右手を強く強く抱きしめる。

 狂信者は『蘇生』に身体を蝕ままれつ、嗤い――視点が定まった。



「――我、聖命を悟れり! 貴様はここで、殺すっ! 聖女様の御為っ!!

聖霊が、それを、望んでおられるっ!!!!!!!!!!!」 

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