公女殿下の家庭教師IF『お姉様の仰せのままに』上

※アレンが『リンスター分家』に拾われた場合のIFです。

※リリーが義姉で、リディヤ付きの専属執事になっています

※リンスターは本家において執事を廃止していますが、アレンの場合は分家出+リディヤの強硬意見によって数十年ぶりに任命されました。

※この世界線ですと、リンスターは強大化しています(もっと書くと、侯国連合の何か国は既に飲み込まれている)。

※リディヤ、王立学校、大学校に進学すらしていません。理由はアレンと離れるのが嫌だったから。

※リディヤ、リリーの実力、本編を超越しています。

※リィネは進学しています。なので、南都には不在です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……暑い」


 早朝、寝苦しくて目が覚めた。

 季節は初夏。

 けれど、幾ら南都だからって、ここまで暑くなる筈は――……隣を見ると、薄い寝間着の女性が僕の左腕を抱きしめ寝ていた。大きな胸の谷間が見えている。

 けれど、この程度で最早、動揺しないのはこの人の弟の宿痾か。

 あれだけ入って来られないよう魔法で封じたのに……こういう時だけ、全力で努力するのだ、この人は。

 寝癖だらけの長い紅髪。整った顔は、ふにゃ、としていて、口元には涎。


「うふふ~……アレンはぁ、お姉ちゃんのことがぁ、だいすきなんですねぇ……」

「…………激しく抗議したい」


 長年の経験によって編み出された技術を用い、左腕を引き抜く。

 僕は大変あられもない恰好になっている姉――王国四大公爵家の一角にして、南方を統べるリンスター公爵家メイド隊第三席、リリー・リンスターにブランケットをかけ、ベッドから降りた。

 窓の外は雨が降っている。訓練は仕事をこなしながらで良いだろう。

 欠伸を噛み殺しながら洗面台で顔を洗い、歯を磨きつつ、魔法の訓練。

 ここで、少しでも魔力が漏れようもんなら、姉が起きだしてくるので全力で静謐展開。面倒なことに、うちの姉はリディヤ御嬢様に匹敵する才を持っているのだ。……持て余し気味だけれども。

 さっさと執事服に着替え、部屋の入口へ向かう。

 どうやら、今朝は僕の勝ちのよう――後ろから抱きしめられた。


「えへへ~♪ アレン~♪ おはよぉ~☆」

「…………おはよう。姉さん、どうやって忍び込んだのかな?」

「愛しい弟の寝顔を見る為なら、お姉ちゃんに不可能はないの☆」

「…………その努力、普段の仕事に向けてほしい。だから、メイド服を貰えないんじゃ?」

「!? ひっどーいぃぃぃ~。アレンが意地悪するぅ~。昔は『リリーお姉ちゃん、大好き』って、何時も言ってくれたのにぃぃぃ~!!!!」

「はいはい。さ、着替えて。僕は先に行くからね」


 僕に抱き着きながら、じたばたする姉を冷たくたしなめる。毎度のことなので、此処で時間を浪費するのはまずい。

 僕が仕えている御方はこの姉に匹敵する位、我が儘御嬢様なのだ。急がないと。

 扉を開けようとすると――いきなり数十の『封』がかかった。花が象られている。

 振り向き、抗議。


「……姉さん。何をしているのかな?」

「アレン、お姉ちゃん、二度寝がしたくなりましたっ!」

「……なるほど。まだ早いし寝ていいから、開けて」

「お姉ちゃんは~愛しい弟を抱きしめていないと~寝れないかも~? かもかも~♪」


 頭を抱えそうになる。こ、この人はぁぁ。

 ……いや、待とう。

 ここでやり取りしている間にも時間は失われていく。

 あの子は姉以上に容赦がない。具体的に言えば、この部屋に来かねない。

 で――姉の格好をまじまじ、と見る。

 きょとん、としていた姉は両腕で自分の身体を抱きしめた。


「や、や~ん。ア、アレン……あ、あんまり~見ないでぇぇ~。お姉ちゃん、恥ずかしくなっちゃうからぁ~わぷ」

「…………危険に過ぎる」


 浮遊魔法を発動。ブランケットを姉の上から落とす。

 こんなほぼほぼ下着同然の姿をあの子が見たら……背筋に悪寒が走る。僕はまだ生きていたい。

 今の内に『封』を解除して――後方から凄まじい魔力反応。振り向きたくないけれど、振り向く。

 ほぼ同時に、窓枠がバラバラに分解され、破片の全てが炎で消失した。とんでもない魔法制御技術。

 ひらり、と部屋に降り立ったのは、寝癖のついた長い紅髪で、寝間着姿の美少女だった。

 恐ろしいことに剣すら持っていない。今の離れ業は徒手で行われたものなのだ。

 そんな美少女が僕を、じーっと見ている。……前髪の一部は立ち上がり、明確な不機嫌を表明。

 取り合えず、挨拶をする。


「おはようございます、リディヤ御嬢様」

「……おはよう。『御嬢様』と敬語は禁止よ。ねぇ、アレン。聞いてもいいかしら?」

「な、なにかな?」

「そこにいるのはだーれ?」


 紅髪の美少女――僕がお仕えしている、リンスター公爵家長女にして『剣姫』の称号を持つ幼馴染、リディヤ・リンスターが大きなブランケット内で「くんくん……これは~アレンの匂いがぁ~」と擁護しようのない発言をしている人を指さした。

 僕は視線を逸らす。  


「…………ぞ、存じません」

「本当に?」

「ほ、本当に」

「……ふ~ん」


 つかつか、とリディヤが僕に近づいて来た。

 途中、風魔法でブランケットの野獣をベッドへ弾き飛ばす。


「きゃんっ!」

「……ふんっ。『抜け駆け禁止』だって、何度言えば分かるのかしらね。アレン」

「な、なんでしょう?」

「敬語は禁止っ! ――ん」


 リディヤは唇を尖らせ、僕へ寝癖のついた紅髪を向けた。直せ、と。

 浮遊魔法で椅子を移動させ、置く。

 すると、すぐさま着席。


「……リディヤ、窓から入って来るのは止めようよ」

「アレンがわるい! リリーの侵入を許すなんて……修練が足りないっ!」

「…………今の僕が張れる最高難易度の『封』だったんだけど?」

「た~り~な~い~のぉ。……今晩は私が此処で寝る! 機会は公平じゃないとダメっ!!」

「機会って……」


 ベッドの上でもぞもぞしていた姉が、ブランケットに身を包みながら立ち上がった。

 リディヤに指を突き付けて来る。


「ふっふっふっのふ~ですぅ★ リディヤ御嬢様、アレンはぁ、お姉ちゃんが大好きなんですよぉ? そ・し・てぇぇ~……今の私はぁ、このブランケットを羽織っている。つ・ま・り――お姉ちゃん大勝利、わぷっ」


 浮遊魔法で姉の顔に枕を叩きつける。……この人は。

 機嫌の直りかかったリディヤが頬を膨らましている。


「……今晩は、私が一緒に寝るから……異論反論は許さない。リリーばっかりズルいもの」


 どうやら、僕に拒否権はないようだ。

 はぁ……まったく、今朝も騒がしいや。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る