第12話 入学試験

「……幾ら何でも、会っていきなり『火焔鳥』はどうかと思う」

「それをあっさりと打ち消すあんたに言われたくないわね。大人しく焼かれておけばいいものを……偶には、死んで私を楽しませなさいよ」


 あからさまに不機嫌そうなのは我が腐れ縁にして、南方を統括するリンスター公爵家長女リディヤ・リンスターである。

 普段は動きやすい服装を好んでいるが、今日は珍しく着飾っていて、まともに見ると不覚にも胸が高鳴る。

 綺麗な赤い髪に合わせた、緋のドレスが似合い過ぎていて目に毒。

 黙っていれば、圧倒的な美人かつスタイルも良いのでそれに騙された被害者は数知れず……綺麗な薔薇には鋭すぎる棘が隠れているのだ。


「悪かったよ」

「……何を悪いと思っているのかしら? ちゃんと言葉にして」

「ハワード家へ行ったこと。それを君に相談せず引き受けたこと」

「……他は?」

「手紙を余り書かなかったこと。今日まで会いに来なかったこと。――を教えなかったこと」

「…………ん」


 両手を差し出してくる。

 ……躊躇うけれど仕方ないかな。今回は僕が悪かったしね。

 リディヤを軽く抱きしめる。

 相変わらす華奢だ。こんな子が、王国内において屈指の剣士であり、魔法士でもあると言うだから――そんなに強く抱きしめないでよ、結構痛い。


「……寂しかったんだからね」

「ごめん」

「……二度と、私に黙って何処かへ行かないで。行くなら私も連れてって」

「善処します――いたっ、痛いって! 爪をたてるな!」

「……そこは『はい、二度と致しません。申し訳ありませんでした御主人様』って言うところでしょぉぉ」

「誰が誰の御主人様だよ。でも……ごめん」

「……バカ。後で全部話しなさいよ。全部聞きたいんだから」


 ――可愛いお嬢様がその後、僕を解放してくれるまでにかかった時間は秘密。

 落ち着いたのを見計らい、既知のメイドさんがお茶を運んでくる。

 

 ……何ですか、その生暖かい視線は。

 

 わざわざ唇だけ動かして茶化さないで下さい。

 撮影宝珠(絶対に持ってる。『可愛いお嬢様、素晴らしい!』が生き甲斐な人だし)は没収しますからね。

 さっきまで不機嫌の極みだった当の本人は、僕の隣で上機嫌。肩に頭を乗っけて楽しそうである。


「それで、どうなの」

「何がさ」

「決まってるでしょ、入学試験よ」


 そう――今日は王立学校の入学試験日である。

 王都に着いてからの数日、ティナとエリーへ最後の試験対策を行っていて、リディヤを訪ねる余裕がなかったのだ。

 ……当然、報せていた。それでもいきなりの『火焔鳥』である。普通だったら死ぬことを、そろそろ自覚してほしい。

 いやまぁ、じゃれついてるだけなのは分かってるけどさ。


「――ティナが首席だろうね。エリーも上位は間違いない」

「へぇ……あんたが断言するなんて珍しい。うちの妹も受けてるのよ? 首席は難しいんじゃないかしら」

「普通に考えればリィネが首席だけど――」

「だけど?」

「相手が悪すぎる。ティナは間違いなく天才だ。使使人間を、僕は残念だけど二人しか知らない」

「ふーん……まぁ、仕方ないかしらね」

「珍しい。何時もなら納得しないだろうに」


 リディヤは妹さんを本当に可愛がっていて、普段からとても仲が良い。

 ……普段なら、突っかかって来るんだけど。


「だってハンデがあり過ぎるもの。その子には3ヶ月間、誰かさんがいて、リィネにはいない。負けるのは当たり前よね。ねっ!」

「……その様子だとリィネもかなり怒ってる?」

「この後、自分で聞いてみればいいわ」

「? どういう――はっ!」


 咄嗟に逃げ出そうとするものの、がっちり右腕を掴まれる。

 ……な、何という剛力。この細い腕の何処にそんな力が。

 周囲から、メイドさん達が笑顔で駆けて来る。ああ、嫌な予感。


「そろそろ試験も終わる頃よ。妹が帰ってくるのを、冴えない恰好で迎える兄が何処にいるのかしら?」

「だ、誰が兄……い、いたっ! お、折れる! 骨がきしんでるって!!」

「私の妹。つまり、あなたにとっても妹……当たり前の事でしょう?」

「ど、どういう理屈……わ、分かった! 分かったから!! この至近距離で『火焔鳥』を展開しようとするなっ。……もう好きにしてくれ」

「最初から大人しくそう言えばいいのよ。アンナ」 

「はい! 準備万端、全て整っております」


 先程、お茶を運んできたメイドさん――リディヤ付きのメイド長、アンナさんが満面の笑みで答える。何時の間に。


「アレン様、お覚悟は」

「……ご随意にどうぞ」

「御立派です。それでこそ、でございます。訪ねられるという報せを受けてからのお嬢様はそれはそれはもう。今日のドレスを選ぶのもですね――」

「アンナ?」

「……失礼いたしました。それでは」



 ――この後、リンスター家のメイドさんによって髪型、服装、装飾類を完璧に整えられた僕は、入学試験を終え帰って来たリィネに会った瞬間、抱き着かれ(リディヤには出来上がった直後に)、そして何故か一緒にやって来たティナとエリーにも抱き着かれた。

 

 そして、それを見たリィネがティナとエリーへ魔法を展開し、二人も応戦。 

 

 うん――間違いなく三人とも受かったね。

 普通の子は、13歳で上級魔法を相殺し合ったり、ましてをじゃれ合う為に使ったりしないから。

 ……学園長、大丈夫だったかなぁ。 



 ――1週間後、今年度の王立学校入学者が発表された。

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