第33話 花竜の歌

 肌を震わす衝撃波が収まっていく。

 硬直しているティナを抱きかかえながら、現状確認。


「うわぁ」

「……ふん」「……凄い」


 リディヤとシェリルと共に感嘆を僕は零す。

 大魔法『天雷』の射線上に入っていた聖堂前部分が一掃され、建物自体が綺麗に消滅していたからだ。


 信じ難い威力!


 黒竜戦時に感じた畏怖を思い返していると、バチバチ、と音を立てて紫電が収まっていく。アスターの姿は見えない。

 教授と学校長へ目配せするも、微かに首を振られる。逃げられたか。

 アリスが「……ちっ。本体までは叩けなかった」と小さく舌打ち。

 優雅な動作で剣を鞘へ納めるや振り返り、胸を張った。


「むふん。最後は結局、私。紅い弱虫毛虫も腹黒王女も同志もまだまだ。アレンを任せられない」

「――……へぇ」「そ、それはちょっと言い過ぎじゃ」「む~同志ぃ?」

「リディヤ、シェリル、ティナ、落ち着いて――わっ」


 激戦に次ぐ激戦だったにも拘わらず、少女達から魔力が溢れ、炎羽、光片、氷華が舞う。

 僕が三人を宥めていると右腕にリリーさんが抱き着いてきた。豊かな胸の感触を嫌でも背中に感じる。


「つまり~? メイドさんである私の出番! というわけですね☆」

「…………私の敵、今すぐ離れないと、あることないことをアレンに吹き込むだけじゃなく、アルヴァーンの禁呪を用いてその忌々しい胸を小さくする」

「え~酷いですぅ~。仕方ないので」


 アリスの冷たい恫喝にも屈せず、年上メイドさんは僕の背中に隠れた。

 そして、ぴょこんと顔を出し、


「絶対! 無敵!! アレンさんの」

「させませんっ!」「駄目っ!」


 最後まで言わせてもらえず、ティナとシェリルに引き離される。困った人だなぁ。

 「……査問会議のネタがまた一つ」と呟きながら、メモ帳にペンを走らせているゾイを見やっていると、自然とリディヤが僕の隣に立って腕組み。


「……チビ勇者、どうしてあんたの許可を取らないといけないわけ? こいつは、元からわ・た・しのっ! そんなことはカレンだって言っているわ。『世界の理』だって!!」

「弱虫毛虫にアレンは任せられない。私ならとっくの昔に攫っている」

「なっ! あ、あんたねぇぇ、むぐっ」「……アリス」


 いきり立つリディヤの口を手で押さえ、勇者様と視線を合わす。

 ちらり、と教授、学校長、アンナさん、アーサーへ合図するも、周囲に異変はないようだ。土煙が収まり視界が回復していく。

 片目を瞑り、アリスを窘める。


「そういうことを軽々に話しちゃ駄目だって、前にも言ったよね?」

「……アレンは紅い弱虫毛虫に甘過ぎ。もっと、水竜海溝の底に叩きこむべき!」

「ん~でもさぁ」

「……何?」

「そんなことしたら、リディヤは泣いちゃうし、拗ねるよ? 優しいアリスは、リディヤのことが大好きだから、きっと後悔するんじゃないかな?」

「…………別に、好きじゃない。アレンの目は節穴。世界で一番優しい意地悪。減点対象。あと――来た」


 頬を膨らませ、白金髪の美少女はぷいっと顔を背けた。

 ふと、四年前を思い出す。


『私に恋を教えてほしい』


 あの時に比べ、アリスの髪は随分と白くなったように思う。

 ……『勇者』様ばかりに頼っていられないな。

 リディヤの口から手を外し、僕は歩を進めた。左肩にアンコさんが乗って来る。


「アレン」

「アーサー、大丈夫ですよ。みんなも動かないでください。リディヤ、ティナ」


 いち早く気付いたララノアの英雄様を制し、アリスと共に聖堂奥へ。

 すぐさま、リディヤとティナが駆け寄って来た。


 ――歌が聞こえる。穏やかで静謐、そして悲しい歌が。


 ポツン、と残る【黒扉】の周囲を無数の花が覆っていく中、空中から左右三眼、中央一眼で、樹木の翼を持つ花竜が降り立った。フワフワ、と魔杖『導きし星月』が浮かんでいる。

 翼を畳んだ竜と相対する。


『勇敢なる狼の子と古き同胞の末、そして』

「「……っ」」


 ティナが僕の右腕に抱き着き、リディヤですら僕の左袖を摘まむ。

 『竜』とは字義通りの最強種。

 敵意がなくとも、人の身で相対するには勇気を振り絞る必要があるのだ。


『世界の歪に翻弄されし幼子等よ、よくぞ【黒扉】を閉じてくれた。世界の律を託された身として感謝する』

「「「!?」」」


 僕達は驚愕し、言葉を喪う。

 ――花竜が深々と頭を垂れてきたからだ。

 こんなこと、それこそ伝説でしか語られれていないんじゃ?

 一人、泰然自若としているアリスだけが髪を押さえて問う。


「外は?」

『済ませた。人の子も同じ場所だ。かつて、我が主は我等にこう仰られた。『何が正しいかなんて、神にだって分かりやしない。一面でそれは善。その裏でそれは悪。そもそも、僕は正義の味方になるつもりは毛頭ないしね。ただ――純粋な想いには応えたいと思う。古い友人の受け売りだけどね』と』

「――ん」


 竜とアリスの会話を必死に咀嚼する。

 つまり……イゾルデ・タリトーとアーティ・アディソンは一緒に眠れた、ということか。瞑目し、聖霊教に利用された二人へ微かに祈る。

 花竜が七つの眼を細めた。

 視線の先にはティナ。


『氷姫の末。神を超えてその身に生じたを抑える為に大星霊を宿したか。それもまた――純粋なる想い故』

「! それって……まさか。きゃっ」


 花竜が翼を広げ歌うと、無数の花弁が視界を覆いつくした。

 咄嗟にティナとリディヤを守る中、【黒扉】が花に覆われ――魔杖『導きし星月』がその前に突き刺さるのが辛うじて見えた。

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