第28話 獣

「う……くっ……」


 冷たい床を、少しずつ這って行く。身体はぼろぼろ。特に、背中に受けた雷魔法が結構まずい。

 ここまで、痛い目にあったのは


「黒竜戦、の、時以来かも……ね……」


 独り言が零れる。リディヤに見られたら、問答無用で一週間はベットに寝かしつかれそうだ。『……アレンのバカ』って言いながら。

 あの子はあれで、過保護だからなぁ。ティナ達もかな? 思わず苦笑。……無茶をしていないといいんだけど。

 

 ――闇の中を進んでいく。

 

 奥にはとんでもない魔力を持つ『何か』。けれど、悪意は感じない。殺す気になら、とっくの昔にやってるだろうし。

 それに……僕は、これに近い魔力を知っている……気がする。

 やがて、行き止まりに辿り着いた。あ、あれ?

 闇の中を触っていくと、どうやら、壁のようだ。何もいない?

 入口は全く見えない。どれだけ、広いのさ。


「痛っぅ……」


 壁に手を当て、どうにか上半身を起こし身体を倒す。激痛に思わず、声が零れた。

 僕をここまで連れて来た連中は……上から、微かに階段を上がる音が聞こえてくる。こんな所に置き去りかぁ。酷いなぁ。

 とにかく、この首輪と腕輪を外さないと。

 えーっと――『何か』が僕を見ている気配。けれど、見えない。当然だ、この地下牢には、窓もなければ灯りもない。

 じゃらじゃら、という金属の音が響いた。近付いてくる。

 ……困ったなぁ。よろよろ、と立ち上がり、叫ぶ。


「悪いけど、僕は食べても美味しくないよ? 首輪と腕輪を外してくれたら、それ相応のお礼を」


 極細い紫電が闇を駆け抜けた。

 首輪と腕輪が外れ、落下。

 安堵の余り、ずるずる、と身体が落ちそうになるのを奮い立たせ、極僅かしかない魔力で背中の傷へ応急治癒魔法を静謐発動。痛みが、引いていく。これで、すぐ死ぬことはないだろう。

 ふっ、と息を吐き、闇の中を進む。灯りは……まずいかな? 

 前方へ問いかける。

 

「灯りをつけていいかい?」


 紫電。肯定、と。

 手の中に、少しの灯りをともし、先へ進んでいく。

 ……この地下牢、想像以上に広い。古い壁だけれど、おそらくドワーフか巨人が建築したもの。異常な頑丈さだ。

 紫電が走った。どうやら、道案内をしてくれているらしい。

 身体中が、ズキズキ、と痛む。こういう時、もう少しでいいから魔力があればなぁ……無い物ねだりにも程がある、か。情けない。

 

 ――突然、灯りが消えた。


 魔力切れじゃない。

 これは、僕の十八番である――魔力干渉!

 久方ぶりに自分の魔法を消され、呆気に取られた次の瞬間、床に身体を押し付けられた。咄嗟に、受け身を取るも、再度の激痛。


「っ!!!」


 悲鳴が零れる。身体は動かせない。

 『何か』がこちらを覗き込んでいる。感じるのは強い強い警戒。

 ……ああ、やばい。意、識が。

 辛うじて動く指を動かし、鎖に干渉を試みる。

 うっわ。何だ、これ。

 何処の誰が構築したのか知らないけれど、動けば動くほど、締まるように構築しているなんて……悪趣味にも程がある。生物に使うものじゃない。

 残りの全魔力を使い、一本を無理矢理、断ち切る。魔法式がキラキラと闇の中で光った。恐ろしく古い。

 轟音と共に、鎖が落下。床が割れる音。

 どうにか、微笑み、告げる。


「とりあえず……さっきの、借りは返した、よ?」


 目を閉じる。

 駄目だ。もう、指の一本も動かせない。意識が遠のいていく。

 嗚呼……死にたく、ないなぁ……。


※※※   

 

 次に感じたのは温かさだった。

 ……毛布みたいな。毛布?

 意識が覚醒。激痛。


「痛っっ!」 

「!」


 上半身を起こすと、お腹の上に感じていた温かさが離れた。じゃらじゃら、という鎖の音。

 ……生き、てる?

 目の前から、こちらを、じーっと、見つめている視線。魔力量からみて、数時間は意識を喪っていたみたいだ。恐る恐る尋ねる。


「…………灯りをつけてもいいかな?」


 紫電。了解、と。

 ――さぁ、何がいるのやら。

 手の中に灯りをともす。


「…………えっ?」


 思わず、場にそぐわない声が出た。

 軽い音、と共に鎖を引きずりながら、駆けてきて抱き着いてくる。

 反射的に受け止めたのは、習慣故か。けれど、頭は大混乱。

 ……どうして、がいるんだ?


「いや。君はカレンじゃ……僕の妹じゃない。耳の色と形が違う。君はいったい……」 

「――――」


 言葉を発せず、獣耳の幼女は鎖に繋がれた――否、喰い込み血塗れの両手首を見せて来た。瞳には大粒の涙。ぽろぽろ、と零れていき、首を、イヤイヤ、と振る。

 瞬間、頭が沸騰し、躊躇なく鎖の魔法式に介入。

 両手首、左足首のそれを断ち切り、応急治癒魔法を静謐発動。

 ……僕の治癒魔法じゃ、傷跡が残るかもしれないな。

 暗澹たる思いを抱く僕に対して、幼女は信じられない、といった表情を浮かべ、更に滂沱の涙を零し始め、強く強く抱き着いて来た。


「僕の名前はアレン、と言うんだ。君は?」 

「…………」


 答えず、泣き続ける。

 ……僕をここへ押し込んだ魔法士、『贄』と言っていたっけ。

 つまり、今まで、何人かをここへ送り込んだ事がある。けれど、結果は出ず。

 なのに、あえて僕を放り込んだのは――視線。じー。


「? あ、まだ痛いかい?」

「――――」


 一生懸命、何かを話そうとしているが、声が出てこないようだ。取りあえず、頭を撫で回す。あ、カレンとは撫で心地が違うや。

 幼女は、くすぐったそうにしつつも、自分から頭を動かし、撫でつけてくる。  ――さて、こうしているのも楽しいのだけれど。

 膝を屈め、目線を合わせる。金色の純粋な瞳。 


「僕はここから出ないといけないんだ。でも、牢の入り口は頑丈だし、見張られてて出れそうにない。他に出口を知ってるかな?」 


 手を両手で引っ張られる。生暖かい血の感触。どうやら、知っているらしい。

 ……早いところ、この子の傷をきちんと見てあげないとな。


「あ、少し待っておくれ」

「?」


 不服そうに立ち止まった幼女の頭を一撫でし、血塗れのローブを引き裂き、数枚の布にする。

 目線を合わせ微笑む。


「手首と足首を見せておくれ」

「――――」


 素直に差し出された両手首に布を当て、軽く縛りつつ、応急治癒を静謐発動。足首も同様。


「少し我慢しておくれよ。外へ出たら、きちんと見てもらおうね」

「♪」


 話しかけるも、その場でぴょんぴょん、と跳びはね、まるで聞いていない。尻尾の色も金色。狐族? なのかな?

 いやでも、どうしてこんな幼女が。

 そう言えば、一番最初に感じた、絶望的な程の強大な魔力を感知出来ない。

 右手に幼女が抱き着いて来た。歩き始める。

 ……まぁ、拾った命だ。

 少なくとも、邪悪な存在じゃない。なら、信じよう。


 ――僕は幼女に手を引かれ、闇に包まれた牢の奥への歩みを再開した。

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