第43話 墓所

 ステラが張られている結界を見て、呟いた。


「……これ程のものが、王立学校の地下にあったなんて」

「知らないのも無理はない。ここを知っている者は王国内でも少数。陛下、リンスター、ハワード、ルブフェーラの三公爵。そして、オルグレンの老公。『翠風』。ゲルハルト・ガードナー、アンコ殿。そして」

「アレンとリディヤ嬢に、シェリル王女にシフォンくらいだろうね。御老公」

「……うむ」


 学校長が教授の指示を受け、長杖を振るった。

 

 ――結界が割れ奥への路が開かれる。


 リディヤさんが険しい顔をし、結界内へ足を踏み入れた。

 私とステラ、リィネもその後に続く。

 その奥にあったのは――私はリディヤさんへ尋ねる。


「……これが、兄さんの親友だった方の?」

「ええ、そうよ。私の仇敵にして、あいつの親友な半吸血鬼、ゼルベルト・レニエの墓」


 リディヤさんは腕組みをしたまま――無惨に壊され、砕けた墓標をじっと見つめたまま、答えた。

 埋められていた筈の棺桶はなく、周囲の根は黒く腐り、朽ち始め、周囲を侵食しつつある。

 そして、振り向かないまま、教授と学校長を詰問する。


「……いったいどういうこと? ここの結界は、あいつが魔法式を描き、アンコが張って、大樹の力も使って補強した特別製。まともに破るなら、禁忌魔法以上の力が必要な筈よ。どうやって破ったわけ?」

「……それは」「……分からぬ。一切の魔法反応がない」


 王国最高の魔法士二人が、苦衷に満ちた声を発した。

 私はステラ、リィネと顔を見合わせ、唖然とする。

 この二人が分からない魔法……?


 ――魔力反応がし、リディヤさんの両隣に二人の幼女が出現した。


 リンスターの屋敷で寝ていた筈のアトラとリアだ。

 小さな手を握りしめ、二人は悲しい顔をし、リディヤさんへ訴えた。


「……これ、やっ。でも、かなしいの」

「……マガイモノだけじゃないの」

「…………そう」


 リディヤさんはアトラとリアの頭を優しく撫で、一歩前進した。

 そして――剣を抜き放ち、『火焔鳥』を超高速発動。

 墓所周辺の悉くを焼却していく。


『っ!!!』

「……リディヤ嬢、気を付けておくれ」「……そうするしかあるまいな」


 朽ちようとしていた漆黒の根が、まるで生き物のように悲鳴をあげ、炎の中でのたうち回る。

 そして、炎上したままリディヤさんへ向けて跳躍。

 空中で、無数の石槍を生み出し襲い掛かってきた。

 私達は即座に戦闘態勢を取り――すぐ、武器を降ろした。


 ――漆黒の根は、その場から一歩も動かない『剣姫』の炎翼によって、分解され、焼失していた。


 やっぱり、この人……以前よりも遥かに強くなっている。

 「……あんまりやり過ぎると、あいつにバレるわね」と小さく呟き、踵を返し、アトラとリアに問うた。

「……アトラ、リア。この力、貴女達と同じよね?」

「「…………」」


 幼女達は今にも泣き出しそうな表情で頷いた。

 この子達と同じって「……大魔法、ですか?」リィネが茫然と声を発した。

 ステラが細剣と短杖を同時に振るった。

 吹雪が巻き起こり、燃え尽きた墓所の炎を消し止める。

 リディヤさんは、アトラとリアの頭を優しく撫でられ、教授と学校長に話しかけられた。


「ほんの僅かな断片なのに、私の『火焔鳥』に耐え、燃えながらも石槍を使ってきた。この力は――大魔法『石蛇』のそれ。つまり、敵は既に『マガイモノ』以外にも、『本物』も手に入れている。そして、あの半吸血鬼の死体をも回収した。おそらく、先の動乱を起こした理由の一つがこれね。ここに、こんな存在を残していったのは……私達への嘲笑。『あの人以外は有象無象』。ふふ……どうやら、向こうの親玉は、相当いい性格をしているようね。……今の内に、知っていることを全部、話しなさい。このままだと、ずっと後手後手に回る羽目になるわ」

「……御老体」「……私達とてそれ程、多くは知らぬ」


 教授と学校長が顔を顰め、私達に向き直りました。

 剣を収めたリディヤさんの両腕にアトラとリアが抱き着きます。

 学校長が、おそらく国家機密を話し始めました。


「今から話す内容は他言無用ぞ。世間一般に流布し、御伽話となっている大魔法、『炎滅えんめつ』『水崩すいほう』『震陣しんじん』『絶風ぜっぷう』『天雷てんらい』『光盾こうじゅん』『蘇生そせい』『墜星ついせい』は、大魔法ではないのだ」

「それは既に知っているわ。アトラやリア達のような存在が使う魔法こそが、本来の大魔法なのでしょう? 私が聞いているのは」


「この世界はだな……『神亡き世界』なのだ」


「「「「……神?」」」」


 唐突な学校長の言葉に私達は面食らう。

 全然、ぴんとこない。何を言って?

 けれど、学校長の顔は真剣そのものだ。


「かつて、人とこの世界は神によって守護されていた。が……今の世に神はおられぬ。何故いないのかは私とて知らぬ。エルフの長老達も他の長命種の長達も、若造も、陛下であってもな。ただ、『神亡き世界』という伝承があるのみだ。けれど、そうであっても……『世界』を守る存在は必要だった」

「『世界』を守る存在……まさか」

「世間の伝承に流布されている八つの大魔法――その基になったのは、一つの大魔法だ。あれだけは、神代の魔法なんだよ。リディヤ嬢はよく知っているだろう?」


 教授が後を引き継がれ、問われた。

 大魔法の元? そんな魔法が??

 リディヤさんが、その名前を呟かれる。


「……『天雷』。それを基に、本物の大魔法の力を収奪するか、真似て創った……。だから、しばしば、不安定になり、暴走する……」

「「「!?!!」」」


 私達は絶句する。今まで信じてきた御伽噺の根本が崩れていく感覚。

 教授が両手を軽く挙げられた。


「どうやら、盤面の向こう側に座っている指し手は、この『世界』についてよく知っているようだ。それこそ、僕等以上にね」

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