第24話 卑劣な罠

「はぁ……今日も来客が多いわね。エフィ、次は誰?」

「古帝国の特任全権大使殿です、シェリル様」

「……古帝国? 南方のごたごたはもう収まったのに、わざわざ何の用なのかしら? まさか、連邦や十三自由都市との取次依頼とも思えないし……」


 私が王都へ来て以来、護衛を務めてくれているエルフ族の美女は困った顔になった。王宮来賓室の机に置かれた白磁のカップへ紅茶を注ぎ入れ、小首を傾げる。腰の美しい細剣が揺れた。


「申し訳ありません。私は浅学の身。分かりかねます」

「エフィが浅学だったら、王国の大半は馬鹿になってしまうわよ。ノア、貴女は心当たりがない?」


 ナイフで果実のタルトを切り分けていた、もう一人のエルフへ話を振る。

 本来、この場にいるべきもう一人の直属護衛官はいない。

 ――まったくっ! あの子は何をしているのかしら。流石に、シフォンの件はまだバレていないと思うのだけれど。

 小皿へタルトを取り分け、エフィの双子の妹は笑み。


「難しい話は分かりません。シェリル様とエフィへ全て御任せ致します」

「……ノア」「……もうっ」


 私達は溜め息を吐いた。困った子だ。

 ドレスの皺がつかぬようカップへ手を伸ばし、紅茶を味わっていると――


「!」「あら?」「まぁ」


 部屋の隅が歪み、長い紅髪の少女が現れた。

 アレンの創った短距離戦術転移魔法『黒猫遊歩』だ。

 凛々しい剣士服を身に纏い、腰に魔剣『篝狐』を提げた少女――私の親友であり、直属護衛官でもある『剣姫』リディヤ・リンスター公女が、不機嫌そうに私の隣の席へ荒々しく腰掛けた。

 これは……バレたかも。

 タルトをフォークでかいていると、親友がギロリ。


「……シェリル、単刀直入に聞くわ。シフォンは何処? 王宮内にいないわよね??」

「知らないわよ」

「はぁ!? 貴女の使い魔でしょう?」

「対外的には、ね」 


 タルトを口に放り込むと、優しい蜂蜜の味が広がった。

 とても懐かしい……。

 王立学校に通っていた頃、アレン達と一緒によく通った空色屋根のカフェは、健在ね。エフィとノアへ目配せ。

 エルフの姉妹はすぐ、リディヤの分の紅茶とタルトを用意し始めた。

 私はカップを手にし、肩を竦める。


「シフォンは教授の所のアンコさんと一緒なの。ちゃんと自分の意思を持っているし、王宮を抜け出す時だってあるわ。貴女だって、何度も見てきたでしょう?」

「……ふん」


 リディヤは不満も露わに、腕を組んだ。

 ……誤魔化せた、かしら?

 今は亡き同期生の言葉を思い出す。

 真正直な姫さんに、嘘の吐き方を教えておこう。一部真実を混ぜるんだよ。効果は抜群だぜ?

 確かにそうね、レニエさん。中々役に立っているわよ、ええ。

 でも――貴方がアレンを泣かせた事、私は許していないけど。

 用意されたタルトを行儀悪く手で掴んだ。


「で? どうして、シフォンはアレンと一緒なわけ??」

「え? それは教授から、急な依頼がきて――はっ!?」


 何気ないリディヤの問いかけを受け、私は思わず答えてしまった。慌てて口を両手で覆う。

 少し離れた場所で控えているエフィとノアが「「……シェリル様」」と可哀そうな子を見るかのように、目を細めた。

 い、今のは『剣姫様』の卑劣な罠でしょう!?

 ――カタカタカタ、と机や椅子が漏れ出る目力で震えた。

 親友がそれはそれは綺麗に微笑む。


「腹黒王女。今すぐに全部吐けば、多少は手加減をしてあげるけど?」

「手加減? 笑わせてくれるわね、泣き虫公女。アレンが傍にいるならいざ知らず、いない時の貴女を恐れる必要性なんて」

「シフォンだけじゃなく、アンコも一緒なのね?l」

「! ど、どうしてそれを――……はぅっ!?」

「「……シェリル様ぁ……」」


 またしても卑劣な罠に嵌りあたふたする私を、美人エルフ姉妹は心底呆れたように   溜め息を吐いた。く、くぅっ。

 私はわなわなと身体を震わせ、そっぽを向いた。


「そ、そうよ。――ええ、そうっ! シフォン達はアレンと一緒!!」

「場所は?」


 とても冷静な声が耳朶を打つ。

 ただし、その内に紅蓮の炎が燃え盛っていることを、私は知っている。リディヤにとって、『光』を与えてくれたアレンは世界よりもずっとずっと重いのだ。

 同時に……気持ちは分からなくもないけれど、王立学校時代よりも依存度が増しているのは大問題なのよね。個人的にも、王国的にも。

 嗚呼! 大学校へ二人きりで行かせるんじゃなかった!!

 私は内心で悪態をつき、金色の前髪を指で弄った。

  

「……下町の深部ですって。教授からは『念のためにね』と伝言が届いたわ。」

「下町深部? あんな所に何があるのよ??」


 タルトを齧り、リディヤが片眉を動かした。多少は落ち着いたらしい。

 これ以上の情報漏れは防がないと。事が起きたら、下町が焼け野原になってしまう。平静を装い、頬杖をつく。


「さぁ。細かい話は聞いていないわ」


 瞬間、炎の短剣が超高速で飛翔し、私の魔法障壁を半ばまで貫通して止まった。

 苦虫を噛み潰した表情を浮かべ「……ちっ」と舌打ち。

 私は鼻で嗤う。


「魔法制御が甘いわよ? リディヤ・リンスター公女殿下。アレンがいないと、実力半減以下なのは王立学校時代からちっとも変わらないわね」

「手加減よ。慈悲深い私に感謝しなさい、シェリル・ウェインライト王女殿下。それにしても……はぁぁ。ちゃんと物事も確認も出来ないなんて。水都で何を学んできたんだか」


 無意識に頬が引き攣った。 

 机を両手で、バンっ! と叩きつけ、私は胸を叩いた。


「し、失礼ねっ! 私だって成長しているのよ? ちゃんと、教授だけじゃなく、御父様からも詳細を聞き出して――……あ」

「「………………姫様」」


 エルフの双子姉妹は瞑目し、大きく頭を振った。うぅぅ…………。

 これ見よがしに懐中時計を取り出し、指を滑らせたリディヤが邪悪な微笑み。


「あら? 聞いているんじゃない。さ、とっとと話しなさい。あいつのことで、私が知らない情報があるのは我慢ならないのよ」   

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