第23話 禁忌

「では……その十三自由都市から王都下町深部へ侵入し、聖霊教と手を結んでいるかもしれない謎の組織を、アレン様が目下極秘に調査中、と?」

「うむ。……陛下、たっての御希望でな。急遽、依頼した。未だ王都内で知る者は少ないが、聖霊教が標的としていると思しき大精霊『氷鶴』をその身に宿すティナ嬢の姉である君には話しておいた方が良かろう?」


 古い木製の椅子に座ったまま、エルフ族の王立学校長『大魔導』ロッド卿は重々しく頷かれた。

 ……てっきり、ティナ達が講堂を半壊させた件だと思っていたのだけれど。

 王国四大公爵家の一角である、ハワード家長女の私――ステラは思わぬ情報に、やや困惑してしまう。


「えっと……御事情は理解をしました。私達に何かお手伝い出来そうなことはありますか?」

「特段ない。彼もそれは望むまいよ」


 二百年前の魔王戦争にも従軍し、恐るべき『魔王』本人とも遭遇したことがあるという大魔法士様は眉間を指で押さえ、ゆっくりと頭を振られた。見るからに疲れた様子だ。


「……もう四年以上前になるか。やはり、十三自由都市を追われ、王都へと入り込んだ連中が騒動を起こしかけた。その際、大事となる前にそれを防いだはアレンやリディヤ嬢達だ」

「! アレン様達が?」


 ――トクン、トクン、トクン。

 名前を耳にしただけで、心臓が高鳴っていく。

 王立学校時代から、アレン様達が大活躍されていたのは聞き知っていたけれど、詳しい事は殆ど知らない。

 知りたい。あの方の昔の話を。私の魔法使いさんの話を。

 きっと、表情に出ていたのだろう。学校長は執務机に両肘をついて苦笑された。


「なに――ここまで話したのだ。今更秘密にはせぬよ。今の君ならば、聞いたとしても道を違えることはあるまい」


 カッ、と頬が熱くなる。

 アレン様に出会う前の私は『次期ハワード公爵』という重圧、急成長していく妹のティナ、幼馴染のエリー、リィネさんへの嫉妬、親友であるカレン、フェリシアに置いていかれるかもしれない焦燥感で、視野がとても狭くなっていた。


 でも、今の私なら!


 制帽に着けている生徒会長を現す『片翼と剣』の銀飾りに触れ、頷く。

 学校長が表情を引き締められた。


「当時のアレン達が叩き潰したのは、成り行きで『竜』を狂信せし秘密結社だ。彼奴きゃつ等の目的は『八頭目の竜の創成』であった」

「! 『竜』を……ですか?」


 私は身体を強張らせる。

 世界に七頭が存在するという『竜』は人智を遥かに超えた存在だ。安易に手を出して良い存在では決してない。

 ……その『八頭目』を、人の手で創成する? 正気の沙汰じゃないわね。

 ゆっくりと席を立たれた学校長が、窓の外へ視線を向けられた。冬が近いというのに、大樹の枝は青々としている。


「元々は十三自由都市の某都市にて、長きに亘り秘密裡に行われていた研究の一つだったようだ。今でこそ衰えたが、建国以来、彼の国は連邦と古帝国に圧迫されていたからな。その『切り札』として、研究は国家の手から離れて後も続けられていた。……禁忌と分かっていても、だ。嘘か真か『魔王再現実験』なるものすら、行われていたと風の噂で聴いた」

「禁忌、ですか」


 歴史の闇の一端に触れる感覚がし、胸がざわつく。

 十三歳のアレン様やリディヤさんは、そんな事件に関わって……。

 老エルフが肩越しに振り返り、ふっ、と自嘲気に息を吐かれた。


「若い君には余り実感が持てぬだろうが、魔王戦争に参戦し、直接『魔王』と戦場で対峙した国々は、多かれ少なかれ、強大な力を追い求めていた時期があったのだ。……恐怖故にな。我が国においても、ウェインライト王家や四大公爵家。西方の長命種族においても、表へ未だ出せぬ研究、実験を行っていた。『竜創成』はそこから伸びた枝葉の一つだったのだろうよ」

「…………」


 私は拳を握りしめる。

 この世の中は白黒で綺麗に塗り分けられない。

 まして、それが国家に関わることなら、猶更。

 ハワード公爵家を私が継いだ時……父は、その心に秘める全ての秘密を教えてくれるだろうか。

 学校長が額へ手をやられ、瞑目された。


「それに付随する話なのだが……君もアレンやリディヤ嬢が『黒竜』を退けた話は耳にしていよう?」

「は、はい。勿論です」


 王都へ突如襲来し、『黒騎士』を初め王国の英雄、勇士達を一蹴せし人智を超えた怪物の中の怪物にして、世界に七頭しかいない『竜』の一頭。

 『光姫』シェリル・ウェインライト王女殿下。『大魔導』ロッド卿。近衛騎士団団長オーウェン・オルブライトが死力を尽くしても足止めしか出来ず……。

 最終的にそれを止め、亡国の危機を救ったのは『勇者』アリス・アルヴァーンとリディヤ・リンスター。


 ――そして、狼族のアレン。


 怪物へ一太刀与えたリディヤさんがその名を大陸西方に轟かせ、『剣姫』称号を継ぐ切っ掛けとなった伝説的な戦いだ。

 でも、その詳細は深い霧に包まれていて、知る者はきっと多くない。

 老エルフが口元を歪ませる。


「これは私と若造――教授の推論なのだがな、『黒竜』が王都を襲撃したのは、王都下町の深部にて『八竜創成』の儀式が行われたからであろう。おそらく、彼奴等の実験は完全ではないにせよ、成功した面もあったのだ」

「!」


 私は目を見開く。

 じ、じゃあ……今回、アレン様が動かれたのは。

 学校長が振り返られた。その顔には憂い。


「此度の件だが、おそらく問題はなかろう。『竜』に手を出せば、国なぞ軽く消える。……見境なく、字義通りに。聖霊教と謂えどそこまで愚かではあるまい。今は、アレンの報告を待つとしよう。――ああ、ティナ嬢達にも当面は話さぬように。王都下町、その深部となれば王国の法も届かぬのだ。そのような場所に、生徒を送り込むわけにもいかぬからな」

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