第30話 賢者の目的
僕が二人の公女殿下に抱き着かれながら、ロス・ハワードの最期の言葉を思い返していると、乾いた拍手の音が耳朶を打った。
振り向くとそこにいたのは魔法衣姿の男――『賢者』。
気づけば灰黒色の結界が張り巡らされている。
「――見事、見事だ、『欠陥品の鍵』。聖女はお前を信じていたようだが、まさか、影とはいえ【エーテルフィールド】の末、歴代の【神殺し】達をも退け、【黒扉】を閉めて見せるとは思わなかった。私はお前を些か見くびっていたようだな。別に封じられた世界樹が暴走してくれても構わなかったのだが――」
すぐさま巨大な『火焔鳥』が飛翔。
拍手をしていた男を飲みこんだ。
「――……五月蠅いわね。お呼びじゃないのよ。極悪『勇者』や花竜が怖くて、直接戦おうとせずに逃げ回っている、自称『賢者』なんて、お呼びじゃないのよ。まさか、生きて帰れると思ってないわよね?」
ゆっくりと立ち上がったリディヤが『真朱』『灰桜』を交差させ、業火の中にいる男へ冷たく言い放った。
僕の左肩にいたアンコさんが跳び、リディヤの左肩に着地。
珍しく、敵意を感じさせる鳴き声を発すると、業火を囲むように漆黒の匣が次々と出現した。どうやら、黒猫姿の使い魔様も逃す気はないようだ。
「わ、私もっ!」
「ティナは駄目です。よっと」
僕は上空から降って来た魔剣『篝狐』を手にし、魔杖『銀華』を薄蒼髪の公女殿下から受け取り、前へと進み出た。
――炎の中からくぐもった嘲笑。
「フフフ……怖い怖い。当代の『剣姫』と夜猫に睨まれると、流石の私であっても肝が冷えてしまう。お前達とやり合う気は最早ない。私は、私自身の目的を果たし、聖女もまた、その目的を果たした」
並の魔法士ならば骨すらも残らないだろう業火に焼かれ、原理不明なアンコさんの魔法に威圧されながらも『賢者』の独白は止まらない。
……何を考えて?
ローブの下の瞳――漆黒と深紅に染まっているそれが僕を捉える。
「『欠陥品の鍵』よ新時代の『流星』よ! お前ならば幾許かは理解しているだろう? ウェインライト王国内の乱。それに伴うユースティンと侯国連合の混乱。そして――かつての英雄たるアディソン家が力を喪ったこの国――」
結界の外から轟音。
魔力からして、シェリルとリリーさんが力任せに突破しようとしているようだ。
『賢者』が心底楽しそうに嗤う。
「さて? 『剣姫の頭脳』殿に質問しよう。現状、我等が聖女率いる聖霊教を止める列強は存在するだろうか? ――ああ、無論、聖霊騎士団なぞという愚者の群れで、物事をどうこう出来るとは思っておらぬよ。彼奴等は『聖霊』なぞという、歪められたマガイモノを狂信する愚者共だ。死ぬか、実験体になることくらいしか使い道もないからな」
「……貴方はっ!」
「アレン」「先生」
怒気を発しそうになった僕を、リディヤとティナが呼び止めた。
少女達の瞳が僕に告げる。
『落ち着いて、こういう時こそ冷静に』
アンコさんもまた叱責の鳴き声をあげられる。
――……まいったな。
亡き親友の『お前は案外と熱い奴だからなぁ』というニヤニヤした顔が脳裏に浮かび、僕は苦笑する。ゼル、そんなこと言ったって、これは性分だよ。
魔剣と魔杖を構え直し、『賢者』へ問う。
「それで? 大陸西方の列強が動けない時間を得て、貴方は……自称『聖女』様は何をするつもりなんですか?」
「フフフ……決まっているだろう?」
『賢者』が左手を大きく振り、炎を掻き消し、アンコさんの黒匣を吹き飛ばした。
フワリ、と身体を浮かべ僕達を睥睨する。
「我等の目的は大魔法『蘇生』の復活っ! そして、理想郷を世界に――」
「嘘ですね」
僕は断じ、リディヤ、ティナへ指で指示を出した。
二人は、はっ、として、それぞれの武器を握り締める。
『賢者』の唇が歪んだ。
「……ほぉ、嘘、だと?」
「ええ」
僕は魔法を紡ぎ、アンコさんに向け片目を瞑った。
――此処で、この男を捕えることが出来れば。
「貴方はこのララノアで散々暴れましたよね? 結果――アディソン閣下は精神を病まれた。その代わりとなる光翼党、対抗者たる天地党のどちらも半壊。英雄『七天』健在と謂えど、共和国の混乱を鎮めるのには時間がかかるでしょう。……けれど、少しやり過ぎだと思うんですよ」
「…………」
男の唇がピクリ、と動く。
今まで最大の衝撃が結界内に走り、空気を揺らした。……シェリルとリリーさんだけじゃなく、ゾイも参加したな。
僕は話を続ける。
「おそらく、貴方は使徒達よりも上の立場――上席なのか、それとも別の命令系統があるのかは分かりませんが、少なくとも指揮権を得ていた。でもですよ? 禁忌魔法『故骨亡夢』、『腐竜』『人造吸血鬼』そして【龍】に世界樹の新芽まで用いた『人造天使』。余りにも過剰でしょう? 『聖女』はララノアの混乱を望んでも、亡国は企図していなかった筈です。つまり――……貴方には秘密にしている真の目的がある。違いますか?」
「――……貴様は」
唐突に結界を叩き続ける轟音が止んだ。
アンコさんが鋭く鳴かれると、リディヤの姿が『賢者』の上方へと遷移!
『真朱』『灰桜』が猛り、地獄の業火を生み出し、八翼の白炎翼が煌めく。
『賢者』が目を見開き、激しい舌打ち。
「ちっ! 貴様、私に気付かれない内に魔力をっ。欠陥品の分際――」
「はんっ! 私のアレンを舐め過ぎなのよっ!!!!!」
「ティナ!」「はいっ!!!!!」
リディヤが双炎剣を思いっきり振り下ろす中、僕は薄蒼髪の公女殿下と共に、氷魔法を発動。
直後――衝撃と閃光が迸り、結界が砕け散った!
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