第31話 名

 業火と雪嵐が『賢者』を一気に飲み込み、今まで散々痛めつけられた聖堂内を荒れ狂う。

 その間、僕達を守るように分厚い魔法障壁が張り巡らされていく。シェリルだ。

 ――やがて、衝撃が収まっていく。


「はぁはぁはぁ……あ」

「おっと、大丈夫ですか? ティナ」


 荒く息を吐き、薄蒼髪の公女殿下がよろめき倒れこんできた。

 胸で受け止めて顔を覗き込む。


「は、はい。ありがとうございます、先生。……えへへ♪」

「……小っちゃいの、あんたねぇ」


 嬉しそうに笑みを浮かべたティナへ地面に降り立ったリディヤがジト目。『真朱』と『灰桜』、そして背の白炎翼が消え、ほぼ同時に魔力の繋がりも切れる。

 ……流石に限界だ。

 ティナの小さな肩を支えながら、僕は前方へ目をやった。

 魔法の発動は終わったにも関わらず、炎と氷が吹き荒れている。おそらく、この聖堂はもう保てないだろう。


「アレン!」「アレンさん!」


 無理矢理、結界を突破してきたシェリルとリリーさんが駆け寄って来た。

 アンコさんを肩に乗せた教授、学校長、アンナさん、アーサーが僕へ目配せし、前へと進む。得体のしれない『賢者』であったとしても……無敵じゃない。

 今の攻撃で倒せた、と断言は出来ないけれど、教授達全員を相手にしようとは思わないだろう。外には、怖い怖い『勇者』様と『花竜』もいるのだし。

 そんなことを思っていると、いきなり僕達は上級治癒魔法の光に包み込まれた。


「シェリル、大袈裟」「黙って!」

「…………」


 頬を膨らました王女殿下兼同期生の迫力に負け、僕は沈黙した。こういう時のシェリルに僕が勝てる見込みは皆無だ。遅れてやってきたゾイがクスクス笑いながら、メモを取っている。後で没収しておかないと。

 浮遊魔法で魔剣『篝狐』をリディヤへ送り、為されるがままにされていると――


「ティナ御嬢様はこっちですぅ~★」

「! リ、リリーさんっ!? は、放して、放してくださいっ!! 今は私の番、私の番の筈ですっ!!!」


 魔力枯渇も何のその、普段通りの快活さを取り戻した紅髪の年上メイドさんが僕からティナを引き離し抱きかかえた。リンスターって。

 呆れていると、リディヤが近づいて来たので短く問う。


「手応えは?」

「ないわ。……と、言うより」

「うん。間違いなく捉えたけど――。つまり、あの自称『賢者』は」

「中々に……厄介なものだな」

『!』


 頭上から冷たい声が降ってきた。 

 僕達はすぐさまそれぞれの武器と紡いでいた攻撃魔法を空中に敷き並べる。

 ――フード付き外套をボロボロにした『賢者』が辛うじて残っていた天井に足をつけ、僕達を見降ろしていた。

 想像以上に若く、整った容姿。

 髪は蒼で左耳に着けているのは……イヤリング、か? 右手には古めかしい杖を持っている。

 僕達の全力攻撃を避けきれなかったのか、左腕がない。

 『蘇生』を身に仕込んでいたとしても、氷魔法に阻害式を仕込んでおいた。少なくとも即時の再生は不可能な筈だ。

 幾ら禁忌魔法を操る魔法士であっても、最早交戦は不可能だろう。

 『賢者』が顔を歪める。


「……少しばかり侮っていた。我が敵は『勇者』と『花竜』だけだと思っていたが、【微睡】の時代に生きる者達に、傷つけられるとは」

「何を言って!」「ティナ」


 激高しかけた教え子を制し、首を振る。

 魔力からして、アリスやリドリーさん達は外をほぼ制圧したようだ。もう少しだけ時間を稼ぎたい。

 教授が眼鏡の位置を直し、冷笑する。


「お褒めいただき、恐悦至極。で? それは投降の意志がある、と考えて良いのかな? 聖霊教使徒首座殿?」 

「! ……貴様」


 初めて使徒の蒼眼に驚きが浮かんだ。

 ……使徒首座だって?

 右手薬指の指輪が明滅している。

 学校長が赤黒い血の色をした複数の竜巻で使徒を包囲しながら、言葉を引き取る。


「聖霊教の悪い癖だ。相手の能力を過小評価し過ぎる。今の王国には、『深淵』グラハム・ウォーカーとアンナ殿がいるのだぞ? 貴様が七名いる使徒の頂点であり」

「自称『聖女』と悪巧みしていることは調べがついているんだ。……まぁ、本物の『賢者』かどうかは知らないし、他にもかなりのやり手がいるようだけどね」


 教授が右手を振ると、複数の黒匣が顕現。

 表面に魔法式が浮かび上がっていく。左肩のアンコさんも目を細められている。


「一先ず、正体は捕獲してから考えればよろしいかと。いぞとなれば、南都からマーヤを呼び寄せれば、分からぬことはないと愚考致します★」


 アンナさんが両手を合わせ、美しく微笑んだ。……怖い。

 確か、マーヤさんはリディヤ、リィネ付のメイドだった方で、専門は――情報収集だと聞いている。

 頭上から降って来る瓦礫がシェリルとゾイの魔法障壁で崩れる中、使徒は唇を歪めた。


「……やはり、貴様等は侮れぬな。流石はいざという時、『ウェインライト』を掣肘する為に集められた者達の末裔か。この身体で勝つのは難しかろう。愉しませてくれた礼だ。最後に名乗るとしよう」

「何を――っ!」「腕が!?」


 ティナとゾイが驚きの声を発する中、使徒の欠損していた右腕が蒼黒い氷に包み込まれ再生した。

 間違いない――『銀氷』だ。

 使徒は右手を幾度か動かし、僕を見た。

 蒼黒い魔力が集束していく。まずいっ!


「みんな、最大防御をっ!」

「我が名はアスター。アスター・エーテルフィールド! この醜き人の世を終わらせる者だっ!!!!!」


 そう叫ぶや、使徒は右手の魔杖を無造作に薙いだ。

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