第48話 血
「先生、お帰りなさいっ!」
オルグレンの屋敷から戻ると、お留守番をしていたティナが出向かえてくれた。大きな箒を持ち、母さん手製のエプロンを身に着けている。庭の掃除をしてくれていたらしい。
僕の左袖を握っていたエリーと、右側に立つリリーさんが頬を膨らませる。
「あぅ……お義母様のエプロン……私もほしいです……」
「アレンさん! 私も欲しいです~!!」
「エリー、大丈夫ですよ。母さんのことです。きっと、準備をしてくれています。リリーさんの分はないと思いますが……ティナ、フェリシアとゾイは?」
「は、はひっ!」「う~! 贔屓! これは贔屓ですっ!!」
「あ、はい。フェリシアさんはお義父様と難しい話をされています」
「父さんと?」
僕は小首を傾げる。
……何となく嫌な予感。
ティナが続ける。
「ゾイさんはお義母様にお料理を習ってます」
「! リリーさん」
「は~い★ リリーにお任せです♪」
年上メイドさんの姿が掻き消えた。
ゾイ・ゾルンホーヘェンの料理姿――うんうん。王都のテト達へ楽しいお土産話が出来そうだ。
靴を脱ぎ、ティナとリィネへ話しかける。
「本来なら、今日中にでも出発する予定でしたが……順延します。理由は二つ。一つは、ギルと老公がしっかり話をする時間を取ってあげたいこと。二つ目は――これです」
「? これは??」
僕は老公から預かった古い小箱をティナへ見せる。
不思議そうな顔をしている、公女殿下へ告白。
アンコさんが気配すらなく僕の肩へ乗られた。
「――この中には、四英海に存在した遺跡内からオルグレンが収集して得た知見記録が入っています。先程、少しだけ読みましたが、すぐには読み切れません。一晩かけて精読し、危険な物ならば王都にいる教授の下へ、アンコさんに託して送ろうと思っています。幸い、ギルが速いグリフォンは確保してくれました。一日、行動を延期しても到着日に遅れはないでしょう」
※※※
その晩、夜更け。
僕は膝にアンコさんを乗せ、内庭に小さな丸テーブルと椅子を出し、魔力灯を浮かべオルグレンの集めた資料を読んでいた。雲一つなく、月と星は瞬いている。
ティナ達は昼間動き回り、さっきまでベッドの上でもはしゃいでいたせいか、今はすやすや。
……フェリシアを父さんとの商談から引きはがすのは大変だった。あの番頭さんは仕事が好き過ぎる。
まぁ、父さんも楽しそうだったし、良いかな。
ゾイは、すっかり母さんに懐いてしまったようで『あの……王都へ帰っても御手紙、書いていいですか?』ともじもじしながら、おねだりしていた。
勿論、その映像はリリーさんがしっかり撮ってくれたのは言うまでもない。
夜長の共に暖かい紅茶を飲みながら、独白する。
「……なるほど。あの遺跡は、五百年前の大陸戦争よりも更に古くからあったのか。それをリナリアが改修して使っていた、と」
僕は、魔法に興味を持って以来、東都大樹の図書館、王立学校、更には大学校で散々、古書を読んできた。
だが、その質、量は決して良好なそれとは言い難かった。
大陸戦争はその名の通り、大陸全土――血河以西の魔王領すらも巻き込んだ大戦争だったり、両手の指で足りない数の国が滅び、古代からの文献は散逸した、とされている。
有名な所では、かつて大陸の覇者だった前ユースティン帝国や、現在の侯国連合の地に存在した『同盟』などもそこに含まれる。
それでも……大陸戦争以前の世界を明確に記した資料は殆どが禁書扱いで、朧気にしかわからない、というのが実情なのだ。
知っているのは、エルフ、ドワーフ、巨人といった長命種の長老達乃至は、吸血鬼の真祖。魔族の長達も知っているのかもしれない。
ゾイが一生懸命焼いてくれたクッキーを一口。素朴だけれど、美味しい。
ああ見えて、僕の後輩は女の子らしさに憧れているのだ。
……何れ、ゾルンホーヘェン辺境伯との和解も進めないと。
スセの方が問題だけれど。『グレンビシー』――半妖精族の長との伝手はない。
レティ様へ頭を下げるのは吝かではないのだけれど、無理難題を押し付けられそうではある。
何しろ、大陸西方に名を轟かせる大魔法士様だ。性格も剣呑と聞いている。一筋縄ではいかないだろう。……勘当された際、色々暴れて出て来たらしいし。
アンコさんを撫で、心を落ち着かせる。
「色々片付けないといけないことがあるなぁ……そして」
机の上の資料へ目をやる。
――『炎魔』すなわち【双天】とはどのような存在であったのか?
頭を掻く。
「凄い人なのは理解しているつもりでした。……けれど、まさかここまでとは」
【双天】リナリア・エーテルハート。
衰亡しきっていた前ユースティン帝国に生まれた人類の頂点。
大陸戦争とは、謂わばユースティン対世界、という構図だったわけだけれど……資料によれば、彼女が戦場にいた時期、前線はユースティン領内どころか、各国首都近くだったようだ。
――つまり、彼女は史上唯一『個』の力で『世界』をも圧倒してみせた存在。
呻く他はない。
「……七つの禁忌魔法を片手間で創造し、十六の炎翼、魔剣と魔杖を携え、全ての極致魔法と秘伝を操る……か。そして」
資料の文字をなぞる。
『【双天】は彼の家直系ではない。しかしながら、『最後の魔女』の血を引く存在であり、エーテルハートの秘呪をも使いこなした』
――『魔女』
僕等が何となく認識していた存在。
それは、御伽噺ではなく、この世界にかつて生きていた?
リナリアの髪は真紅。そして、翼は十六翼。
僕は王都の公女殿下を思い出す。
「……リディヤ、どうやら、君の御先祖様の一人はとんでもない人みたいだよ? いや、これが血なのかな?」
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