第47話 双天
オルグレン公爵家の屋敷はそれ程、荒廃していなかった。
流石は王国の三公。兵や市民の略奪や破壊は許さなかったか。
人気のない廊下を先導しているギルが振り返った。
「略奪はなかったみたいっすけどね……人は大分離れました。残ったのは公爵家じゃなく、親父に個人的な忠誠を持っている連中ばかりっす」
「つまり――ギル・オルグレン公爵殿下に対しても、ってことだね。やり易くて良いじゃないか」
「…………先輩が東方の公爵になってくれればいいんすよぉ。そしたら、俺は一雑兵として」
「却下」
「先輩、後輩虐めはカッコ悪いと思うっす――着きました」
ギルの声色が変わった。
目の前には古い木製の扉。
僕は苛烈な籤引き争いを制し、ついて来たエリーとリリーさんへ目配せ。
「は、はひっ! テ、ティナ御嬢様の分まで、が、頑張りましゅ! ……あぅ」
「無問題です~☆」
エリーは噛んでしまい頬を赤らめ、そんなエリーを後ろから抱きかかえたリリーさんがわざとらしく敬礼。緊張感がないなぁ。
肩を竦め、ギルを促す。
後輩は頷き、扉をノックした。
力強い声。
「――開いている。入ってくれ」
ギルが扉を開け、僕等は中へ。
部屋の中は殺風景だった。
置かれているのは、簡素なベッドと執務机。それに数脚の椅子だけ。
ベットには、白髪で痩せている老人が一人横たわっていた。眼光はとても鋭い。
――老公ギド・オルグレン。
ギルが声をかける。
「父上、アレン先輩を御連れしました」
「……うむ。ギル、起こしてくれぬか」
老公はギルを呼び、支えられて身体を起こし、そのままベッドを降りようとされる。
僕は慌てて制止。
「お待ちを。そのままで」
「……そうはいかぬ、『剣姫の頭脳』殿。本来ならば、東都全住民の前で頭を下げ、この皺首を落としてもらうところだったのだからな……」
「…………」
そう言われると、老公はギルに支えられながらベッドから降りられた。
視線が交錯し――深々と頭を下げられた。
「……此度、我が愚息共が起こしし愚挙において、貴殿には多大な…………到底、償い切れぬモノを背負わせてしまった。全てはこの老人が愚かだった故。許してくれ、とは言わぬ。今や、名ばかりの公爵家ではあるが、以後、オルグレンは貴殿の命に服す。……陛下にも許可はいただいておる」
「――……嘘ですね」
僕は少し考え、老公に言葉を返した。
同期生で、今や僕の上司になった王女殿下を思い出す。
彼女は真っ黒王女様だけれど……僕に嘘は吐かない。
老公へ告げる。
「僕はシェリルからそのような言葉を聞いていません。おそらく、陛下はこう仰ったのでは? 『アレンの返答次第』と。……せめて、椅子におかけください」
「……………貴殿には敵わぬな。その通りだ」
老公は微かに表情を緩められる。
その間に、リリーさんが音もなく動き椅子を確保、老公の後方へ設置した。そのまま待機する。
僕の左袖を掴んでいたエリーが「あぅ……お、お仕事、取られちゃいました……」。変な対抗心を抱かせないようにしないとなぁ。
あれ、老公が変な動きをしたら、容赦なく大剣を抜くつもりだし……。ゾイが此処にいなくて良かった。
僕は内心ホッとしつつ、腰かけられた老公へ尋ねる。
「本題をお聞きしても?」
「…………貴殿が幽閉されていた、四英海の小島の件だ。彼の地は魔王戦争後、我が家が発見、以後、幾度か調査を行っていた。ギル、そこの小箱をアレン殿へ」
「はい」
老公の指示を受け、ギルがベッド脇に置かれた小箱を回収、僕へ渡して来た。
受け取る前に、問う。
「……これは?」
「我が家が二百年間かけて得た彼の地と彼女、そして大魔法に対する知見だ。……先代は『大陸に禍を呼び込む』として、禁足地にし、儂もそれを踏襲していたのだがな……」
グラント達がそれを破り、聖霊教と共に踏み込んだ、と。
僕は視線で先を促す。
「彼の地が一種の研究塔だったことは、理解しておろうな?」
「はい。『彼女』――リナリア・エーテルハート様にも会いました」
「! 何と。かの『炎魔』……いや、この名は偽名であったな。【双天】殿に会ったのか……」
「……偽名?」
僕は気になり、思わず言葉を繰り返す。
しかも……【双天】?
老公が頷かれる。
「うむ……『炎魔』とは、大陸動乱後、各国の思惑により広められた彼女を貶める為のもの。本来の異名は――【双天】。史上唯一【天騎士】にして【天魔士】だった彼女だけが名乗ることを許されたものよ。貴殿ならば、この異名、知っておろう」
「…………はい」
僕は目を見開き、辛うじて答えた。
エリーが左袖を引っ張って来る。
「ア、アレン先生……あ、あの、【天騎士】と【天魔士】って、何ですか??」
「……今では、もう廃れてしまった偉大な称号です」
【天騎士】――それ即ち、前衛最強。
【天魔士】――それ即ち、後衛最強。
大陸動乱後の人物で、この称号を名乗った人物はおらず、文献にも僅かにしか記載されていない。
リディヤ、リィネ、リリーさんの御祖母さんであるリンジー様の称号『緋天』のように、一部『天』が混じるのは、名残りだと言える。
『ふっふーんっ! よーやく、私の凄さに気付いたみたいねっ! ほら、崇め奉りなさいっ!!』
……幻聴が。
まさか、本当にとりつかれて?
エリーの頭をぽんぽんとし、老公へ向き直る。
「……あの地下にあったものは燃やしました。二度と立ち入れはしないでしょう」
「……四英海、からはな」
「それはどういう?」
「簡単なことだ」
老公ギド・オルグレンの目が憂いの光を放った。
「我が家に遺された古文書と調査結果によれば…………『入り口』は彼の地だけではない。どれ程の数があるのかまでは分からぬが、少なくとも大陸内に点在している。四英海の研究塔は【双天】殿のものだが、最深部のそれは違うのだ。……聖霊教の害悪共の狙いは、最深部よっ!」
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