公女重版御礼SS『寝坊』

「アレン様、おはようございます♪ 本日はお日柄も良く☆ 絶好のデート日和でございますね」


 王都、リンスター公爵家の屋敷を訪ねた僕を玄関で待っていたのは、メイド長のアンナさんだった。

 確かに雲一つない良い天気だけれども、デートじゃないんだけどなぁ……買い物に付き合わされるだけで。

 内容には触れず、尋ねる。


「おはようございます。リディヤはまだ準備中ですか? 昨日、別れ際に『明日は朝、うちの屋敷に集合っ! 遅刻したら……分かってるわよね? 折角の平日休暇なんだからねっ!』と脅されたんですが……」

「うっふっふっふ~……ア・レ・ン様ぁ?」

「な、何でしょうか?」


 アンナさんがニヤニヤしながら詰め寄ってきた。

 思わず後退ると――背後をメイドさん達に囲まれる。何故か、皆さん頬を上気させている。

 メイド長さんが両手を合わせた。


「実は……リディヤ御嬢様がまだお休み中でございまして」

「へっ? 珍しいですね」


 あの腐れ縁は基本的に規則正しい生活を送っていて、滅多に寝坊なんてしない。

 僕の下宿先に泊まった際に時折寝坊するのは本人曰く『例外』らしいし。

 アンナさんが満面の笑み。


「はい♪ 昨晩のリディヤ御嬢様は、夜更けまで本日着られる服をお選びになっておられたのですよ。余程、本日のお出かけを楽しみにしておいでだったのでしょう☆」


 王立学校、大学校と行動を共にしていた時は頻繁に出かけていたのだけれど、リディヤが王宮魔法士に就任し、僕がティナ・ハワード公女殿下達の家庭教師になって以降、あまり出かける機会はなくなっていた。

 ああ見えて、僕の相方は子供っぽいのだ。

 素直にアンナさんへ尋ねる。


「えーっと……それで、僕は何をすれば?」 


※※※


 扉を静かにノック。

 ――反応無し。

 普段のリディヤなすぐに気づくだろうけど……振り返ると『☆』アンナさんを筆頭にメイドさん達が、親指立ててきた。

 この状況を心底楽しんでいる。流石はリンスター公爵家メイド隊と言うべきか。

 小さく嘆息し、中へ

 扉を閉め、ベッドへ近寄り覗き込む。


「♪」

「…………」


 僕の腐れ縁――リディヤ・リンスター公女殿下は、僕が以前贈った獣耳フード付きの寝間着を着て、幸せそうな笑みを浮かべ、健やかな寝息を立てていた。

 枕元には、僕の北方土産である狼の人形とお揃いの懐中時計が置かれている。

 有り体に言って――……とてもとても可愛い。

 リディヤ、黙っていれば完全無欠の美少女なのだ。

 気恥ずかしくなり頬を掻く。


「……これは、ちょっと困る――わっ!」


 突然、リディヤの手が伸びて来て優しく抱きしめられた。

 まさか、寝たふり――


「えへへ~……アレンだぁ♪」

「…………あ~」


 目を開けたリディヤが僕を見つめ、ふにゃふにゃになり、嬉しそうに微笑む。

 普段の凛々しさは微塵もなく、明らかに寝ぼけている。

 とても『剣姫』には見えない。

 どうしたものか……僕が考えていると、身体をもぞもぞと動かし、フードを外した。髪に寝癖がついている。

 そして、


「ん♪」


 甘えた視線を向けて来た。

 ……撫でろ、と。

 最近、忙しそうだったし、疲れも溜まっていたんだろう。

 僕は公女殿下の頭を優しく撫でる。


「えへへ~♪ くすぐったい~」

「――後でちゃんと寝癖は直そうね?」

「アレンになおしてほしい~」

「はいはい」

「やったぁ♪」


 ふにゃふにゃなリディヤは心底幸せそうな笑みを浮かべた。

 ……とてもとても可愛いのだけれど、そろそろ、ヤバいんだよなぁ……。

 経験則に照らし合わせ僕は撫でるを止め、拘束から逃れる。

 そして上半身を起こし――ほぼ同時にリディヤの瞳が、理性の光を放った。

 僕は苦笑しながら挨拶。


「おはよう――リディヤ」

「――……おはよぅ」

「取りあえず、着替えたら?」

「………………やだ」

「やだって、わっ!」


 再びリディヤが僕をベッドに倒した。

 ――間近に腐れ縁の整った顔。

 頬を染め、早口で要求してくる。


「げ、下僕のくせに、わ、私の寝顔を見るなんて……大罪なんだからねっ! 罰として、二度寝に付き合ってっ!」

「…………本音は?」

「えっ? 私だけ寝顔を見られるのは不公平の極みだし、何より私もあんたの寝顔が見たい――……う~~~~!!!!!」

「こ、こらっ! ベッドの上で『火焔鳥』を展開しようとするなっ!!!!!」



 結局、その日の午前中はリディヤと二度寝をする羽目になった。まったく、困った公女殿下めっ!

 なお、リディヤの私服は白を基調として清楚なものだった。


『あんた、こういうのが好みなんだものね? 私、知ってるのよ? さ、こういう時、男は女の子に言うべき感想は?』


 ……僕が何と言ったのかは黙秘権を行使しようと思う。

 取り合えず――リディヤは前髪を揺らして喜んでいたし、メイドさん達の中にはそんな公女殿下を見て倒れた人達もいたことを報告しておく。

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