第28話 客人

「先生! お待ちしてましたっ!」

「おっと――ティナ、危ないですよ?」

「えへへ」


 氷曜日の午後、ハワード家公邸内の一室を開けると、ティナが抱き着いてきた。

 ――頭を撫でて、視線を合わせる。


「お一人ですか?」

「エリーはお茶を準備しに。あの意地悪な子は――知りません」

「ティナ」

「……少し遅れて来るそうです」

「ステラ様とカレンは?」

「お二人もです。ご友人から相談を受けたとか」

「なるほど――ありがとうございます」

「……アレン先生、ティナお嬢様……」


 何時の間にかエリーが戻って来ていた。

 二人で話していたのを見て拗ねている。

 やれやれ――


「エリー、おいで」

「は、はいっ!」


 お盆を持ったまま抱き着いてきたので、お茶の安全確保――浮遊魔法をかけてテーブルへ。

 ティナと同じように優しく撫でる。

 ――相変わらずエリーは可愛い。ぎゅー、と抱きしめる。


「……先生」

「何だい?」

「どうして、私とエリーで扱いが変わるんですかっ! 相変わらず、意地悪です。鬼畜です。変態です」

「そうかもね。エリーは嫌かい?」

「いいえっ! ずっとこのままでも……」

「エリー!」


 そろそろ危ないな。

 それに、どうやら到着したみたいだしね。

 エリーから離れ、次のに備える。

 ――程なく、駆けて来る音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。


「遅くなりましたっ!」

「リィネ、急がなくても大丈夫だよ」

「嗚呼、兄様――」


 リィネも抱き着いてくる。

 ――毎回、思うけどルールがあるのかな?

 本人達は嬉しがってるから拒絶はしないけど。


「甘えたさんだね」

「兄様だけです。もっと甘やかして下さい――」

「はい! 終了。先生、授業をお願いします」

「……貴女は、何時も何時もそうやって邪魔を!」

「……貴女こそ、何時も何時もそうやって甘えて!」

「お、お二人共、喧嘩は駄目ですっ!」


 じゃれ合いを始める三人。

 仲が良くて大変結構。

 カレン達は後からか――始めてしまおうかな。


「三人共、じゃれ合うのは良いですが、そろそろ始めようと思います」

「「はーい」」

「兄様、その前にこれを」

「うん?」


 リィネが封筒を手渡してきた――公爵家の家紋入り。

 中身を確認……なるほど、そういう事情だったのか。

 フォス商会の件、気にされてたからなぁ……調べ直してくれたらしい。


『申し訳ありません。アレン様の貴重なお時間を奪う事になってしまいました。私は何という判断ミスを……』


 勿論、慰めた――資料を見る限り、有力候補だったのは間違いなかったわけだし。僕でも推薦しただろう。

 資料と人は別物――良い経験になった。別に大丈夫なんだけどな。

 普段は茶目っ気たっぷりなのに凄く真面目な人なのだ、アンナさんは。


「何か言ってたかい?」

「いいえ。ただ――」

「……ちょっと変だったかな?」

「――珍しく落ち込んでました」

「そっか……」


 ――今晩、訪ねてみよう。

 こういうのは早めに手を打った方がいい。

 だけど、今はこの子達に集中。


「では、今日の授業を始めます。今週の復習から――」



※※※



 カレン達がやって来たのは、夕方近くになってからだった。

 ――珍しい事もあるものだ。

 この二人は僕から魔法等を習う予定はなかったのだけれど――入学式の翌日、申し出があり快諾した経緯がある。

 ハワード公へ報告したら、本人からも話があったそうでとても喜んでいた。

 これを切っ掛けにして少しずつ溝が埋まると嬉しい。

 そんな二人――特にステラ様は非常に熱心で、今まで遅刻は一度もなかった。

 ……御友人の相談事は厄介事だったらしい。

 何しろ――


「本当に申し訳ありません。遅刻したばかりか、友人まで連れて来てしまって……」 

「兄さんへ相談をしたら? って言ったのは私。ステラを責めないで」

「気にする事はないさ。休憩中だったしね。ただ、助言出来るかは怪しいよ? 僕は単なる一家庭教師だから」

「そんな事はありませんっ! アレン様は本当に凄いお方ですっ!」

「方向性は見えるわ――間違いなく」


 し、信頼が重たい……。

 ティナ達に視線を向けると、当然といった様子で頷いている。

 ――ここに僕の味方はいないようだ。

 小さく溜め息をつき、声をかける。


「……さん、でしたっけ。アレンです。何時も妹がご迷惑を――」

「……兄さん?」

「かけてるだろう? 話を聞く位は出来ます。話してみて下さい」

「は、はいっ!」

「そんなに緊張する必要はないですよ。カレンも拗ねない」

「す、拗ねてないっ!」


 妹をあやしながら、何故か青褪める位に緊張している少女を見る。

 顔の美醜というより、誠実さが表に出ている。

 多分、お化粧を覚えると化けるだろうな。


「それで――相談とは?」

「……私の家は、商家なのですが、先日大きな商談があったんです。成功していれば、飛躍の切っ掛けに出来ただろう規模の」

「へぇ――」

「ですが、失敗しました。昨日初めて条件書の内容を確認したところ……無理矢理契約を結ばなかった先方のご厚情に感謝しました」

「なるほど。けれど、商談が上手くいかないこともあるでしょう。次にいけばよろしいのでは?」

「切り替えれば良い、と私も思うのですが……」


 フェリシアが暗い表情を浮かべる。言うのを躊躇っているようだ。

 大変そうだなぁ――と、呑気に構えていた僕は次の言葉を聞いて、椅子から転げ落ちそうになった。 



「父が頑として譲らないのです。『再交渉するっ!』と。

 ……申し遅れました、私の姓はフォス――アレン様に先日、大変なご迷惑をおかけいたしました、エルンストの一人娘です」

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