第12話 花

「まったく、先生は、私の先生っていう自覚が薄くなっている気がします。もっと、私を見て、あむ――あ、美味しい~♪」


 薄蒼髪の公女殿下――ティナは僕に怒りながら、卵料理を口に運び表情を綻ばせた。立ち上がった前髪が右へ左へ揺れている。

 此処は、アディソン邸の食堂。

 朝練を終えた僕達はみんなで朝食中、というわけだ。

 なお、僕達しかいない。流石に他国の人間と和気藹々とするわけにもいかないのだろう。当然のように、一緒に食事の席についているアーサーが変なだけだ。

 そんな御嬢様を見つつみんなへ、ことこと煮込んだ野菜スープを配膳してくれているメイドさんが笑み。


「それは、リドリー様がお作りになったんですよ。えへへ……色々教えてもらいました。今は、後で出すケーキを焼かれています。アレン先生、どうぞ」

「ありがとうございます、エリー。朝食の準備を任せてしまって申し訳ない」


 スープ皿を受け取りながら、少女へ謝る。

 すると、ブロンド髪を靡かせながら何度も頭を振った。


「そ、そんなこと……ア、アレン先生に御食事を食べてもらえて、嬉しいでしゅ。あぅ……」

「む……」


 ティナが幼馴染の少女が恥ずかしがるのを見て、目を細めた。

 何かを言う前に、頭をぽん。


「っ! せ、先生はズルいですっ! は、反則ですっ!! リリーさん、フェリシアさん、ゾイさんもそう思い――」

「…………起こされるまで起きられないなんて、どーせ、どーせ、私はメイドさん失格なんですぅ…………全て、フェリシア御嬢様の抱き心地が悪いのにぃ……」

「え、冤罪ですよ!? わ、私が起きられなかったのは、リリーさんに抱き締められていたからであって、べ、別に寝坊したわけじゃ……」

「うっめぇぇぇ! ウォーカーの御嬢様! リンスターの『剣聖』様! 天才だぜっ!!」

「…………くっ! そ、そんな!? み、味方が、いない? こ、こんな時、リィネが、リィネがいてくれたらっ!!」

「あぅあぅ」


 沈んだ顔ながら手は止めず、料理を次々片付けている私服姿のリリーさんと。延々と言い訳をしつつパンを千切っているフェリシア。瞳を輝かせながら、エリーとリドリーさんを絶賛するゾイを見て、ティナが悔しそうな顔をした。

 みんなの様子に苦笑していると、アンコさんが前脚で僕の袖を叩かれ、ミルクを要求された。


「飲み過ぎちゃ駄目ですよ? ギル」

「……うっす」


 先程の訓練の結果を気にしている様子の後輩を促すと、硝子瓶からミルクを注いでいく。

 アーサーが楽しそうに、紅茶のカップを掲げた。


「うむ! 賑やかで良いなっ!! 『食事は楽しく食べた方が断然美味しい』。我が家に代々伝わる古の大英雄の教えはやはり正しいっ!!」

「全面的に賛成します。リリーさん、ですので機嫌を直してください。フェリシアも、パンがなくなってしまいますよ?」

「「…………」」


 しょげ返っているリリーさんと、ぶつぶつと言い訳をしていたフェリシアの手が止まった。

 顔を見合わせ、内緒話。リリーさんが悪い顔をしている。


「(フェリシア御嬢様、私達が起きられなかったのは、アレンさんが起こしてくれなかったせいだと思いませんかぁ?)」 

「(……え? で、でも……ア、アレンさんに起こされるのは……)」

「(? え~起こされたくないんですかぁ??)」

「(――……そ、それは、その…………お、起こされたいですけど……)」

「(うふふ~★ 素直な女の子、大好きですぅ♪ な・の・でぇ――)」

「(!? そ、そんなこと…………うぅぅ……)」


 ちらちら、と僕を見ては頬を少し染め楽しそうにしている。一体、何を企んでいるんだか。

 アーサーがカップを置いた。


「さて、アレン。先程の話なんだが――今、此処で教えてもらってもいいか?」

「此処で、ですか?」

「うむ。……残念ながら、今日も昼間は会議、会議、会議なのだ! 長居は出来そうにない。ああ、無論、報酬は弾むぞ! 何がいい? 我が家の歴史書でも渡すか? 奇怪な魔法暗号がかけられていてな、俺にも、一族の者も読めぬ」

「いやそれは……」


 『ロートリンゲン』家がどの程度の歴史を持っているのかは、寡聞にも知らないけれど、おそらく数百年は続いている筈。

 そんな家の史書。

 幾ら何でも、貰えやしない。

 僕はカップを手に取った。

 すると、エリーよりも早くギルが注いでくれた。研究室でもそうだったな。

 少し嬉しくなり、後輩へ目線で謝意。

 すると、ギルも嬉しそうに頷いた。


「あぅぅ……」

「はぅ! い、今のも、メイドさんの出番だったのでは……?」


 エリーが寂しそうにし、今や頬を真っ赤にして目を瞑ってしまっているフェリシアを放り出したリリーさんが大袈裟に倒れる振り。う~ん……異国とは思えないや。

 僕はアーサーに返答。


「教えますよ。エリー」

「! は、はひっ!」「せ、先生、こ、ここは私の――」


 両手を握り締めたメイドさんが元気よく返事をし、むくれかかったティナの頭を再び、ぽん。公女殿下は、氷華を撒き散らしながら沈黙した。

 ララノアの英雄様が訝し気。


「言っておいてなんだが……本当に良いのか? 貴公の魔法は王国の最高機密だろう? オルグレンの少年も睨んでいるが?」

「ギル?」

「……アレン先輩、他国の人間に教えるのは国防上の問題があると思います」

「ふむ? 一理あるね。アーサー」

「うむ?」


 僕は美形の英雄様へ向き直る。

 素直に聞く。


「貴方は僕の敵ですが?」

「いや。四英海に遮られているウェインライト王国と我が国とが戦になるとは思えん。我が仇敵は――憎らしいユースティンだ!」

「だってさ、ギル。ゾイも、こっそりと魔法を紡がない」

「「……はい」」


 不承不承といった様子で、後輩達が引き下がる。

 ミルクを飲み終えたアンコさんの口元を拭きながら、エリーへお願いする。


「エリー、グラスへ『花』を咲かせてください。リリーさん、結界を」

「は、はひっ」「はい~♪」


 僕のお願いを聞き、紅髪の公女殿下は指を鳴らした。

 ――食堂が炎花の結界に包まれる。

 それを確認した後、ブロンド髪の少女は水を注いだグラスへ手を翳した。

 次の瞬間、


「ほぉ……とは…………」


 アーサーが感嘆を漏らした。六属性?

 確認すると――グラスから生み出されたのは、炎・水・土・風・氷・光・闇の花々。

 全七属性が同時顕現されている。

 エリーが嬉しそうに僕を見た。


「ア、アレン先生、出来ました♪」

「御見事です」

「えへ、えへへ……」

「…………」


 僕は教え子のメイドさんの頭を優しく撫でる。

 数ヶ月前とは比べ物にならない程、安定した。雷属性も何れは。

 黙り込んでいたティナが、魔杖を手に持ち立ち上がった。

 雄々しく宣言。


「先生! 私も――」

「駄目です」

「ど、どうしてですかっ!?」

「屋敷が壊れるからです」

「う~! 先生のいけずっ!! 私を信じてくれないんですかっ!?」

「信じてますよ。でも……魔法制御はまだまだですからね」

「ぐぐぐ……」


 ティナは頬を大きく膨らまし、僕へジト目。効きません。

 苦笑し、考え込んでいるアーサーへ説明。


「僕が教えられるのはこれくらいですね。やってみると分かりますが、難易度はかなり高いです。でも」

「毎日、欠かさず繰り返せば何れ必ず出来るようになる、だな?」


 英雄は心底嬉しそうに言葉を続けた。

 嗚呼……やっぱりこの人は、リディヤやティナのような『天才』じゃない。

 むしろ、僕と同じ――アーサーが立ち上がり、僕の肩を叩いた。


「痛っ!」

「はっはっはっ! アレン!! 貴公は本当に大した男だなっ!!! うむうむ。このようなモノを見せられて、何も返さずにいるのは我が家の家訓が許してくれぬ。『人に与えた恩義は忘れよ。他者から受けた恩義は死んでも忘れるな』。遥か昔より、口伝として残っているのだ。まぁ、我が一族は」


 英雄の朗らかな顔に痛切が滲んだ。

 アンコさんが目を細められるが分かった。


「――……それを忘れたが故に世界を滅ぼしかけ、国を永久に喪ったのだがな」

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