第13話 腐臭

「――では、やはり天地党は聖霊教の操り人形だと?」


 朝食を終えた僕は、ここ数日でめっきり老けたアディソン閣下に尋ねた。

 アーサーは既に屋敷を発って軍本営へ行き不在。ティナ達は、貴重な古書を読んだり、お菓子を作ったり、模擬戦をしたりしている。

 窓の外にはアディソン家の武装兵達。明らかに悲愴感が見て取れた。

 椅子に座り、目線を書類に落としている老人が口を開く。


「…………間違いない。奴等の中枢に潜り込ませていた手の者が、ようやく抜けだし、最終報告を届けてくれた。アレン殿」


 閣下が顔を上げた。

 蒼白く、引き攣っている。


「最早猶予はない。どうか、息子と一族の亡命をお願いしたい。この通り……この通りだ!」

「――先程、王都から遣いが届きました」

「!」


 アディソン閣下は目を見開き、僕をじっと見つめた。

 期待と不安が揺れ動いている。

 僕はアンコさんの遣い猫が届けてくれた書類を懐から取り出し、執務机の上へ置いた。ウェインライトの印が押されている。


「『現地判断に全権を委任する』とのことです」

「おお……で、では…………」

「はい」


 大きく頷いた。

 ――ここ数日、熟考していたことを告げる。


「アディソン一族のウェインライト王国亡命を認めます。……ただし」

「分かっている。我が一族が差し出せる物ならば、全てを手放そう。命さえあれば……命さえあれば、故国を奪還する機会も何れ訪れよう」


 老人の瞳に不屈の意志が揺らめいた。

 流石は、かつて強大なユースティン帝国を相手にしながら、ララノアを独立へと導いた英雄の当代。

 血統と共に強靭な意志も受け継いでいるようだ。

 僕は軽く左手を振った。


「人を優先にするならば、物品は殆ど運べないでしょう。交渉材料として提示されていた『凍結した竜の遺骸』は、処理出来るのですか?」

「…………無理だっ」


 閣下が苦衷に満ちた言葉を吐き出される。

 立ち上がり、本棚から薄く古い帳面を取り出し差し出してきた。


「これは?」

「――我が先祖達、そして私自身の苦闘の結果を纏めた物だ。担保として君に渡しておく」

「…………」


 訝し気に思いながらも、受け取り中身を確認。

 思わず息を呑んだ。

 最も古い記録は、今より約百年前。

 記録者は独立の英雄にして、光属性極致魔法と秘伝を使いこなした初代アディソン侯爵のようだ。


『如何なる炎でも融けぬ禍々しい氷に覆われた龍の遺骸をこの地で発見し、処理を試みるも……悉く失敗せり』

『我が魔剣は砕け、極致魔法は弾かれ、秘伝すらも効果無し』

『様々な古書を探し、精査した所――この氷の名は【銀氷】。かつて、人類を幾度となく滅ぼしかけた存在が扱いしモノ。現代世界で断てる可能性がある者は『勇者』。数百年、姿を見せておらぬ『賢者』。全てを浄化し、人すら蘇らせるだろう『聖女』か、逆にこの世の全てを殺し得る『黒聖女』。そして……『魔女』』

『ある紅月の夜、恐るべき龍の瞳が我を捉えた。そこにあったのは底の見えない憎悪。……この古の生き物は死んでいない。数百年……いや、下手すれば千年を超える悠久の時を、氷の中で生き永らえているのだ』

『我が子、孫達よ。この恐るべき生物をむやみに解き放ってはならぬ。この氷を断ち、命を奪える者が現れるまでは……我が一族は監視者となるべし』


 ……剣呑だ。恐ろしく剣呑だ。

 アディソン閣下が重々しい声を出す。


「……私はこの地を離れるわけにはいかない。馬鹿だ、愚かだ、と言われようとも、『アディソン』を継いだからには、使命を果たせねばならぬ」

「お尋ねしたいことは多々ありますが、三点程――『勇者』に依頼しなかったのは何故なんでしょうか?」

「愚問だな。君とて、分かっていよう?」


 老人は椅子にその身を預け、僕を見た。

 少し考え、返す。


「――『勇者』は世界に仇なすモノ以外に手は出さない」

「御明察だ。無論、解き放たれた『龍』が初代の予測通り災厄ならば、その剣を振るうだろうが……どうであろうな。あの者は『人類の守護神』なぞではない。あくまでも『世界の調停者代行』なのだ。人が滅んだとしても、世界が保たれるのであれば、剣は抜かぬよ」

「…………」


 僕はかつて共闘した少女を思い出す。

 ……何だろう? どうも違和感が拭えない。

 一番最初の『勇者』は本当にそんな役割を託したんだろうか?

 疑問を置き、問いを重ねる。


「二点目です。イゾルデ・タリトー嬢はどうされるおつもりですか? 彼女の父は天地党党首ですが……貴方へ『天地党は聖霊教の傀儡に過ぎない』という情報を齎した段階で、向こうからすれば裏切り者。この国の盟主が天地党になれば……」

「殺されるだろうな。いや、聖霊教の悍ましさは私も聞いている。最悪、人体実験の材料にされるかもしれぬ。…………だが、そのような少女を『剣姫の頭脳』殿は見捨てられまい?」

「……よろしいのですね?」


 アーティ・アディソンとイゾルデ嬢を王国が手中に収まる。

 それすなわち――『聖霊教』との戦いにおける旗印とし、使い潰す可能性がある、ということだ。

 老人は微笑んだ。


「全て、貴殿に一任する。未だ世界を知らぬ我が愚息と、愚息を一途に愛してくれた少女を…………頼む」

「……三点目です」


 微かに頷きながら、最後の質問をする。

 屋敷の外にいる、ギルとゾイの魔力が急速に高まっていく。


「エルンスト・フォスは、今何処にいるのですか?」

「…………分からぬ。魔工都市内にいるとは思うが」

「そうですか。有難うござい――閣下!」

「っ!」


 僕は咄嗟に老人の前へ回り込んだ。

 直後――窓を突き破り十数本の骨槍が飛来。

 魔法で迎撃する前に、暗闇に呑まれ消える。左肩に重み。

 外からは、鼻をつく強烈な腐臭。


「……アンコさん、助かりました。ですが、これはいったい……?」

「アレンさんっ!」


 扉を大剣で両断し、リリーさんが部屋へ駆けこんで来た。手には布袋を持っている。状況を把握し、すぐさま無数の炎花を展開。表情に何時もの余裕はない。

 僕へ駆け寄り、早口で説明してくれる。


「敵の襲撃ですっ! この屋敷は、無数の骸骨に囲まれていますっ!! これを!!! 英雄様が置いていかれましたっ」

「……骸骨? アーサーが?」


 布袋を受け取り、中身を取り出す。アディソン閣下が窓の外を見つめ、「まさか……議会を経ずに強硬手段をっ!」と愛剣を手にされながら怒気を放っている。

 ――出て来たのは、古い木製の杖だった。

 魔杖。しかも、込められている魔力は膨大だ。

 リリーさんが、僕を促す。


「アレンさん、指揮を。向こうから殴って来たんです。黙って殴られるのは――リリー・リンスターの好みじゃありません★」

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