第21話 共闘

「はっ!」

「ちっ」


 リドリー様の放った神速の斬撃を受け、『賢者』は忌々しそうに舌打ちしながら後退した。

 左手を振り、魔法を発動しようとし、


「させませんよ」

「!」


 短距離戦術転移魔法『黒猫遊歩』でその背を取った僕は、杖の穂先に氷刃を纏わせ、横薙ぎ。

 ――けたたましい金属音。

 男は右袖で僕の杖を受け止めていた。何か仕込んでいるのか?

 凍えるような冷たい視線。左手を差し出す。


「『欠陥品』の分際で小賢しいっ」

「――私を忘れてもらっては困るな」


 後方からリドリー様が『賢者』を強襲!

 炎の剣閃は、狙い違わずローブの一部を切り裂いた。

 ……が。


「あれを躱した!?」

「上だ!」


 『剣聖』様の鋭い注意喚起。

 見上げると、男は辛うじて破壊を免れた街灯の上に佇んでいた。

 フードの一部が破れ、髪と顔を覗かせている。


 闇夜を思わせる漆黒の髪と瞳。手には片刃の短剣。


 剣身は、紅青茶紫の波紋が淡い光を放ち、膨大な魔力を湛えている。尋常のソレではない。ちらり、と後方の屋敷を確認。

 ティナ達はアディソン閣下の下へ進み、ギルは何者かと交戦中のようだ。

 しかも……アンコさんが、フェリシア保護よりも『ギルの支援』を優先している。

 本来なら、即援護に向かいたい所なのだけれど。

 リドリー様が、訝し気に問われた。


「……貴様、いったい何者なのだ? 禁忌魔法を易々と使い、私とアレン殿を同時に相手をしてもなお、その技量。ただ者ではあるまい」

「言葉を返すが、当代の『剣聖』」


 赤髪の公子殿下の言葉に反応し、『賢者』は口元を歪めた。

 僕は魔法を準備しながら思考する。


 炎波を突破していこう使ってこない禁忌魔法。

 攻撃を躱すばかりで短剣を今まで抜いてこなかった事実。

 そして、屋敷内での味方の分断。


 思い到った結論に苦虫を噛み潰す。

 僕達がこの男を足止めしているんじゃない。


 この自称『賢者』が僕達を足止めしている!


 男はフードを下げ、嘲ってきた。

 視線は後方の屋敷。


「確かに貴様等は、この時代であれば強者なのかもしれん。だが……かつての私が経験した戦場には、貴様等程度の者はざらにいた。そのような者に名乗る名なぞ持っておらぬ。もう少しで、あちらも片がつく。それまでは私が遊んでやろう。その前に死んでしまうだろうがなぁ」

「……アレン殿、此処は」「貴方一人では流石に無理です」


 リドリー様が言い終わる前に僕は頭を振った。

 『賢者』の戦力想定は、水都で交戦した骨竜以上。

 アリスならいざ知らず、人の身でそんな存在と単独で戦わせれば……幾ら、リドリー様でも命の保証はない。

 『賢者』が短剣を逆手に持ち帰る。


「相談は終わったか? では――ぬっ!」


 直上から『火焔鳥』が急降下。

 男は忌々しそうに短剣を振るい、切り裂いた。

 無数の炎が飛散する。


「この程度の魔法で私を、っ!?」


 炎が次々と氷へと変容。

 無数の荊棘となり、『賢者』を拘束した。


「属性偽装だとっ!」

「数少ない僕の得意技なんですよ、気に入っていただけましたか?」


 上空を飛翔していた二羽の鷹――ステラの為に僕が創った新極致魔法『氷光鷹』が舞い降りる。

 ――瞑目し集中。

 杖に一羽が吸い込まれ、蒼く輝く。

 そして、もう一羽はリリーさんの炎花を吸収。

 一回り大きくなり、翼も炎と氷の四翼に。 

 杖を大きく振り、空中に次々と大きな足場用の雪華を生み出す。


「リドリーさん!」

「おおっ!」


 『剣聖』様は僕に呼応。

 剣を構え、瞬時に跳躍した。

 僕も、試製三属性魔法『氷雷疾駆』を発動。

 杖をくるりと回転させ――突撃開始!

 『賢者』が目を見開いた。


「氷属性……いや、複合属性の秘伝だとっ!?」

「創るのは得意なんですよっ!」


 杖の先に雪華が集結し――錐を形成。


 これこそ、僕が創った新秘伝『蒼槍』!


 リドリー様は右から。僕は左から。

 拘束した相手への理想的な左右同時攻撃。


「「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」」


 声を合わせ、僕達は『賢者』へ全力攻撃を叩きつけた。

 これは、躱せないっ!


「舐めるなぁぁぁぁ!!!!!!」

「「なっ!?」」


 『賢者』は力任せに氷の荊棘を引き千切り、リドリーさんの炎剣を短剣で受け、僕の『蒼槍』を灰黒の盾で受け止めた。

 ここで、『光盾』か!

 少しの間、拮抗するも――


「ぬぅっ!」「くっ!」


 僕達は弾き飛ばされ、地面へと着地した。すぐさま、態勢を立て直す。

 ……今の段取りで仕留めきれない、か。

 上空には憎悪の色を一層深めた『賢者』の姿。

 ゆっくりと短剣を掲げていく。

 禍々しい魔力の鼓動。再び黒風が吹き始めた。

 禁忌魔法『北死黒風』!

 

「……事が終わるまで遊んでやろう、と思っていたが、もう良い。屋敷内の始末もそろそろつく頃だ。私はこの後、『七天』の死体を回収せねばならん。貴様等のような矮小な者達に関わっている暇は」

「ふむ? それは大変だな!」

「「「!」」」


 場にそぐわない明るい声が耳朶を打った。

 こ、この声は――『賢者』が上空の陰に隠れ、顔を上げた。


「何――」


 僕が辛うじて見えたのは――光輝く剣閃。

 次の瞬間、『賢者』の首は飛び、身体もバラバラに両断された。

 遅れて発動した魔法障壁もまた霧散。

 唖然としている僕達の前へ金髪の英雄――アーサー・ロートリンゲンが降り立ち、愛剣を右肩に置き、満面の笑みを向けて来た。激しい戦闘があった筈なのに、傷一つない。

 上空では、ここまでアーサーを運んで来たのだろう、軍用飛竜が旋回していた。

 

「すまんっ! 鬱陶しい骸骨共の時間を取られた!! 取り合えず、斬ったが良かったかっ!」

「……うむ」「え、あ、はい……えっと……アーサー、骸骨達は……?」

「うん? 軍本営を襲撃してきたのは全部倒したぞっ! あれが、禁忌魔法の一つ『故骨亡夢』というやつだな! 万と少しは斬ったが――所詮はマガイモノ。歯応えに欠けたなっ!」

「……リドリーさん」「言っておくが、こいつは以前からずっとこうだ」


 あんまりと言えばあんまりな発言に僕は自分の額を押さえた。

 ……そうだった。

 ララノアの『七天』の格は、リンジー様やリサ様、レティ様と同格。


 英雄は『常識』という言葉に当てはまらない。


 ……うん、僕はどう考えても『英雄』にはなれないな。ニケに今度奢らせないと。

 遠方で仕事に追われているだろう旧友を想い、僕は手をおろした。

 『賢者』の魔力は感じられない。

 ……そうか。


「アーサー」「良く出来た人形だ。倒し切ってはいない」


 僕は杖を握り締める。

 『賢者』本人と直接戦っていたのなら……今の僕の技量では。

 突然、英雄様が僕の肩を叩いてきた。


「! ア、アーサー?」

「そんな顔をするな、アレン! 今度は私と一緒に戦えばいいだけだ!!」

「――……そうですね。行きましょう。アディソン閣下を助けなければ」

「うむっ! リドリー、遅れるなよっ!!」「……言われずとも」


 アーサーは赤髪の公子殿下に声をかけ、疾走を開始した。

 ――屋敷内では依然としてギルが戦闘中。

 ティナ、エリー、リリーさんの魔力も急速に高まっている。

 急がないと!

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