第22話 裏切り者
アーサー、リドリー様と共に屋敷内へと戻り、群れている骸骨達を蹴散らし、僕達は階段を駆け上がる。
信じられない速度で先頭を突き進む、英雄様の背へ質問。
「都市内の襲撃はどうなっているんですか!」
「光翼党派の拠点全てが同時に襲われたっ! 大半は制圧したが、骸骨を召喚した術者は複数いるなっ! 今、部下達に追わせている!!」
「威力はともかく、禁忌魔法の使い手が複数、ですか……」
僕は呻き、顔を顰める。
東都、水都、そして此処――魔工都市。
その都度、聖霊教から送り込まれる相手の脅威度が上がっている。
大魔法『光盾』『蘇生』。
竜の遺骨。
人造吸血鬼。
いったい、彼等の言う『聖女』は何を――。
考えを纏める間もなく、僕達は最上階まで登り終えた。
半壊している廊下がまず目に入り、各部屋の壁の大半も崩壊。
左肩にアンコさんを乗せたギルが、片膝をついて荒く息をしながら、紅に縁どられた純白ローブを身に着け、手には黒灰の剣を持つ少女と相対している。
少女の背には蝙蝠のような黒い翼。
……あれは、吸血鬼の。
最奥にある大広場からも激しい戦闘音。ティナ達はあそこか。
僕は後輩に向かって叫んだ。
「ギル!」
「! アレン先輩っ」
「――先陣は貰う」「むっ! リドリー、ズルいぞっ!!」
即断したリドリー様が穴だらけの廊下を駆け抜け、僕達に背を向けている少女へ剣を振り下ろした。
そして、少女に反応すらさせず、両断!
ギルが悲鳴をあげる。
「後ろですっ!!!」
「む?」
「――決闘の横槍は無粋です。死んでください」
斬られた筈の少女の身体が、黒霧へと変化。リドリー様の後ろ斜めに回り込んだ。
吸血鬼特有の変異移動術っ!
しかも、あの顔――イゾルデ・タリトー!?
驚愕しつつも僕は杖を大きく横へ振り、頼りになる黒猫様と英雄の名を呼んだ。
「アンコさん! アーサー!」「任せておけっ!」
『七天』の姿が掻き消え――存外に軽い音。
アンコさんによって、リドリー様の間近に転移したアーサーは一切の躊躇なく剣を切り上げた。
下手な魔剣よりも強靭であろう、血で形成された剣が切断され、灰へと変わる。
「アーサー様! っ!?」
イゾルデが深紅の瞳を大きくし、動揺。
その隙を突き、僕の発動させた試製二属性魔法『闇氷糸』が四肢と翼を絡めとり、拘束。
すぐさまリドリー様が剣を喉元へ突き付けた。本気の問いかけ。
「……何故だ? 何故、そのような様になった?? 光翼党を裏切るのは分かる。だが、お前のアーティへの想いは嘘偽りだったのか……?」
「…………いいえ。いいえっ! いいえっ!!!!!」
リナリアの簡易魔法式を用い構築した糸を軋ませ、唇から血を流しながらイゾルデは、『剣聖』様の言葉を否定した。
「私は、アーティ様を心から、心から、愛していますっ!!!!! あの御方さえ、隣にいて下さったのなら、何もいりません。……ですが、今世で叶うとは、とても」
少女は悲しそうに目線を伏せた。身体を震わせ、涙を零す。嘘を言ってるようには思えない。
この間に、僕はギルの傍へ。
光属性上級魔法『光神快癒』を発動。
炎花が嬉しそうに舞い踊る。後でリリーさんにからかわれそうだな。
「あ、ありがとうございます、アレン先輩。……これって」
「……ギル、君は何も見ていない、いいね? あと、リディヤへの上手い言い訳を急募しているんだ」
後輩の言葉を遮り、黒猫姿の使い魔様にも念を押す。
リディヤとは『誓約』を交わしてしまっている。おそらく……王都にいてもバレているだろう。命の危機だ。
軽口を叩いて、ギルを立たせる。
リドリー様が顔を歪め、吐き捨てた。
「だからと言って、このような事をして何になるのだ。アーティが、知れば悲しむ――」
「「「!?」」」「……これは」
僕とギル、リドリー様は、凄まじい魔力が噴き上がった後方の大広場へ一斉に視線を向け、アーサーが小さく言葉を零す。
アディソン閣下の悲痛な怒号が聞こえて来る。
「――止めろっ! 止めるのだっ!! アーティっ!!!!!!!!!!!」
少女の恍惚とした笑い声が響き渡る。
糸が軋み、灰黒の魔力に侵食されていく。
「うふふふふふふふ…………あの御方はぁ、アーティ様はぁ、『ララノア共和国建国の英雄、アディソン旧侯爵家の次期当主』という立場よりもぉ」
「リドリーさん! アーサー!」
「っ」「……」
僕の注意喚起を受け、リドリー様とアーサーが後退。
イゾルデは糸を引き千切り、浮遊。
人では到底持ちえない、膨大な魔力を発しながら両手に巨大な血剣を生み出し身悶える。
「私との路を選んでくれました。嗚呼! 聖女様の恩寵を讃えましょう。あの御方の描かれる『世界』ならば、私達は、誰にも邪魔されず永遠に生きていけるのです!」
「……アレンよ」「吸血鬼を短時間で倒し切るのは難儀ですよ」
英雄様の聞きたい言葉を返す。
――悪魔・竜・吸血鬼。
これらは人類にとって間違いなく最凶の相手だ。
根本的に魔法がほぼ通じず、脅威的な再生能力を持ち――何より。
イゾルデの瞳が、更に濃い深紅へと染まる。
「……『賢者』様の傀儡を退けられたようですね。けれど、この場には私が、アーティ・アディソンの伴侶、イゾルデがおります。優しき『剣聖』様。高潔な『七天』様。そして――新しき『流星』様」
少女は僕を眼下から見下ろした。
恐ろしく美しい微笑み。
頬に浮かび上がった『蛇』の紋章が広がり、右手の甲にも現れた。
この魔力……アトラやリアと似ている!
イゾルデが双剣を無造作に振り下ろす。
『!』
たったそれだけで、屋敷が引き裂かれ、大衝撃が走った。
ギルが、一階の基盤にまで届く穴を見て震える声を発する。
「い、今の単なる斬撃です、よね……?」
「これが、『吸血鬼』最大の脅威、ただただ純粋な『力』だ。覚えておこう」
立ち上る砂埃が暴風で吹き飛ばされる。
血剣に禍々しき灰黒の光を纏わせ、生きている無数の蛇のように変化させながら、イゾルデが宣告した。
「慈悲深き聖女様の御言葉は絶対なのです。此処を通りたくば――私の命を散らしていただきましょう。フフフ……優しき貴方様方に、か弱い少女が斬れれば、ですが」
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