第23話 両手

 着替えて――メイドさん達が持っていた高級スーツ――修練場へ戻るとリディヤが不機嫌そうにお茶を飲んでいた。

 ……分かりやすい子だなぁ、ほんと。

 苦笑しながら真向いの席に座る。目を合わしてはくれない。

 僕を待っていたかのようにお茶が出される。ありがとうございます。


「……随分、早かったわね。てっきり、今日はもう戻って来ないと思っていたわ」

「まさか。君達を置いて何処かへ行きはしないさ」

「そう――」

「うん、そうだよ。ああ――リディヤ」

「何?」

――こっちを見てくれるかな?」

「!」


 びくっ、と身体を震わしてこちらにゆっくりと向き直る。

 その表情は珍しく不安気だ。

 ……まったく、そんな風になるなら、最初からしなければ良いのに。


「まず――ありがとう。ここまで君を心配させているとは思ってなかったんだ」

「べ、別に、そんな事ないわよ……」

「でもね? 君なりに僕を想ってくれての行動なのは分かる。分かるよ。だけど……今回はやり過ぎ」

「…………」

「普段の君なら――僕が王家の、ましてシェリル様付の護衛役になる、なんて話を認めない。絶対に。それなのに――思い返してみると、あの場ではそれを是認しているような言動。変だ。本当は、?」

「…………だって、仕方ないじゃない。あんたを引き上げる為なんだから。私が我慢――なんてしなくても、別に大丈夫だけど、そう――これは必要措置よ」

? しかも――君が何かを、しかも王宮内ですれば、僕が飛んで来る事も知っているのに? まぁ……流石に近衛騎士とのいざこざはイレギュラーだったんだろうけど……咄嗟に利用するのを思いついたのかな? やるなら自分が、って」

「だ、だって……そうだけど……でも……そうしないとっ」


 綺麗な顔が、今にも泣き出しそうに歪む。

 手を伸ばし、そっと頬を撫でる。


「板挟みにさせてごめん――泣きそうになるくらいならしないでいいんだよ。それと、こういう形で僕を試さなくても大丈夫。そんなに信頼感がない?」

「…………ないわよ」

「はは、それは僕の努力不足だね」

「…………ねぇ」

「うん」


 リディヤがようやく、こちらの目をしっかりと見る。

 偶には、か弱いこの子も可愛いけれど――僕はやっぱりこっちの方が良いな。


「本当に断ったの? 平民出身者が王族の専属護衛役なんて……凄い名誉よ? しかも――むかつくけど、あの女、可愛いじゃない……だから」

「リディヤ――僕はね、君が思ってるような人間じゃないんだ。君や、リィネ、ティナ、エリーみたいな才もない。カレンにも負けてると思う。魔力量もこれ以上は望めないだろうし」

「そんなことないっ!」

「自分の力量は分かってる。でも、だからこそ思うんだ――、って。何より」


 視線を合わせ、微笑む。

 うん、照れくさそうにしているリディヤを見ると優しい気持ちになれるね。


「考えてごらんよ? 君とカレンだけでも、僕の手に余るところに……ティナとエリーだよ? そこにリィネも加わるかもしれない……これ以上は無理さ」

「……お母様だったらこう言うわね『アレン、もっと頑張りなさい』って」

「ふふ、確かに――まぁ、現状は難しい。今の僕はティナとエリーの家庭教師だからね。放り出すのは趣味じゃない。昔の君みたいだし、特にティナは」

「そう――この際だから言っておくけど」

「うん」

「小さな子に手を出したら……燃やして斬るわ、本気で」

「……君の中の僕は、どういうイメージなのさ」


 酷いなぁ――そして、同時に笑う。

 取り合えず、これで一件落着かな。

 まぁ色々な方に、頭を下げないと……リサさんと教授がこの結論を想定してないとは思えないけど。不安。

 ……シェリル様にも手紙を出しておかないと。

 決してあの方に非がある訳ではなく、あくまでもこれは僕の問題なのだから。


「――人目を憚らないお二人だけの空間構築中、大変申し訳ございません。そろそろ現実世界へご帰還下さいませ。リディヤお嬢様――良かったですね。アレン様が戻られるまで、今にも死んでしまいそうな表情でしたから」


 突然、アンナさんの声が響く。

 リディヤはそれを受けて真っ赤になり、あたふた。

 横を見れば楽し気に笑っている。

 ……当然のように撮影宝珠を持っているのは止めてください。まさか、今までの全部撮っていたんですか?


「お帰りなさいませ――アレン様、流石でございます。奥様の予想通りのご対応でございました」

「どうも……何を要求されるか、怖いですね。それと――この状況は?」

「見ての通り、としか」

「はぁ……」 

 

 ――先程、僕が修復した修練場は今度こそ半壊しつつあった。


 見れば、カレンが近衛騎士らしき男三人を既に気絶させており、そこへ腰かけ観戦している――こちらに気付いたらしい。

 手を振ると、そっぽを向く。何だよ?

 ティナ、リィネ、エリーは――まだ何とか立っている近衛騎士と相対している。

 その近くには審判役のリチャード。

 顔が引き攣っている。当然だろう。

 何しろ――乱れ飛ぶ『火焔鳥』『氷雪狼』と、絶妙なタイミングで展開される上級、中級魔法。前衛寄りの騎士職だけでどうこうするのは厳しい。 

 

 まさか……わざわざ、1対3を許可したのか……。


 命知らずがいるなぁ。学園長並。

 ――おや? 僕はあの騎士を知っている。

 

 はぁ…………本当に懲りない方だ。

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