第22話 油断

 ――多少、油断してた事は否定出来ない。


 言い訳をすると、確かにリチャードの言動は怪しかった。まるで、誰かがそこにいるかのような示唆。

 けれど、今回の場合、そもそも言い出したのがリディヤである点。

 そこから――少なくとも、女の子との混浴は確実に避けられると判断。

 自分ではなく他の子が、まして一緒に入浴するなんて……何かしらの必然性があったとしても、あの子は許さないだろう。

 万が一、許していたのなら……先程の手合わせはあんな簡単に終わらない。修練場を半壊させる程度には荒れ狂っていた筈。あれで、案外と素直なのだ。

 しかし、珍しく穏便にそれも終わり――と言っても何度か死にそうになったけれど――何かしらあるとしても、そこまでじゃない。

 多分、誰かしらがいるのかもしれないけれど……そこまで偉い人ではない。話の内容は分からないが……。


 そう――ついさっきまでの僕は思っていた。

 ……うん、甘かったね。

 だけど、この状況を想像出来たらその人はもう預言者だと思うんだ。

 確かにこの大浴場は素晴らしい。素晴らしいが――


「どうした? 先程から難しい顔をしおって。折角の風呂なのだ。ゆっくり疲れを取ると良い」

「はっ……その……陛――」

「やめい、やめい。堅苦しい。今まで何度も会っておろうが。第一、今の私はこの場所に存在しない――そういう事になっておる。だから、これから話す事は全て記録にも残らん。まぁ……私と君の記憶には残るがな。裸と裸の付き合いだ。腹を割って話そうではないか」

「……分かりました」


 まぁ――そういう事である。

 うん、混浴ではなかった。良かった。

 良かったけど……ある意味それより遥かに過酷な気がするなぁ……。

 冷静に考えてみると――これ、色々な人達が画策している気配。少なくとも、ハワード及びリンスター家は関わっているだろう。

 そんなに心配かけていたのか……と申し訳なく思う反面――それにしたってやり過ぎだとも思う。

 ……学生の進路問題だったんですけど……いや、問題を引き起こしといて言う台詞じゃないのでしょうが。

 

 取り合えず……オノレ、教授っ!! 

 

 この計画性、あの人も間違いなく噛んでいるのだろう……どうやら、本気の本気で戦争がしたいらしい。

 いいです――買いますともっ! 

 必ず、貴方を結婚という人生の墓場へ送り込んでさしあげましょう……。 


「分かっていると思うが、こういう場を設けたのは他でもない――例の件だ」

「……お言葉ですが、もう終わったことかと」

「終わっておらんよ。少なくとも、君の周囲はまったくそう思っておらん。何より私自身がそう思っておる」

「買いかぶりかと。少なくとも、僕にそこまでの才はありません。今までが出来過ぎだったんだと思っています」

「皮肉にしてはキツイな……。それでは、その才がない、と言う男に完膚なきまでに負けた――我が不肖の次男をなんとする」

「……これは独り言ですが」

「うむ」

「性格が才能を扱いきれておられないかと」

「ほぉ……」


 確かに僕は宮廷魔法士の実技試験であの方に――第2王子であるジェラルド様に勝った。

 だけれど、あれはあくまでも初見殺し。

 二度目は効果無し、とまでは言わないまでも、相当減殺される筈。

 何しろ――才覚自体は相当なものを持たれているのだ。

 正直、性格はどうかと思うけど……。

 両親やカレン、そしてリディヤを侮辱した事を許すつもりないし、仮に同じ場面に出くわしたとしたら、躊躇なくもう一度同じ事をする。それは、間違いない。


「耳が痛い。だが……その通りなのだろう。君以外の者達も皆そう言うし、特に今回の一件以降は――中々、辛辣だ」

「はぁ……」

「それにしても君は本当に愛されている。リンスターとはあの剣姫繋がりで関係があることは知っていたが――今度は、ハワードか。各少数民族からも非公式だが抗議文がきたぞ」

「申し訳ありません」

「そして……これこそ大問題なのだが、うちの娘からもだ……あの一件が発覚して以降、ほとんど口をきいてくれん……」

「娘というと――」

「うむ、君達とは一年だけとはいえ、王立学校で同期だったそうだな」

「はい。短い期間でしたが――とても良くしていただきました」


 かつて今よりずっと荒れていたリディヤのお目付け役として、飛び級を繰り返した僕には、実のところ同年代の友人がほとんどいない。

 特に王立学校時代はそれが特に極端で、四六時中二人で行動していたものだ。

 数少ない例外が彼女――第3王女のシェリル様だった。

 

 いや……友人、と言うのは不敬か。こちらが勝手に思っていただけだし。

 

 ただ、数少ない平民出身者として多大な苦労――主にリディヤの暴走を起因とする――をしていた当時の僕が、シェリル様の言葉に励まされていたのは事実だ。

 王立学校卒業後は、数える程しかお会いしていないけれど……未だに僕なんかを気にかけてくださっているとは、相変わらずお優しい。少し感動する。


「あの子にも散々責められたが……君を王宮魔法士へ推挙する事は難しい。無論、これは君の能力不足を意味するものではない」

「分かっています。過分なお気遣い有難く」

「だが――別の役職なら可能だ」

「別の役職?」


 悪戯っ子のような表情――既視感が……。

 自分の直感は強い警戒を発している。うん、まぁ、厄介な話だろう。



「我が娘シェリルには、専属の護衛役がおらん。そこでだ――君に是非、引き受けてもらいたいのだが、どうかね? ああ、既に娘からは内諾を得ておる」

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