公女殿下の家庭教師IF『若君のおつかい』下

※アレンはレティさんに溺愛されていた為、中々、遠出をする機会はありませんでしたが、儀礼として何度か王都へ行っています。

※各家の公子、公女殿下とは顔見知りです。あ、シェリルさんとも。

※他家のアレンに対する認識は『ルブフェーラの切り札』+『手を出すと、寝ていた英雄を起こす』。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「若! 今、馬車を出しますので、暫し、暫し、お待ちを!」

「大丈夫。僕はそんな大層な身分じゃないよ。王宮へ連絡だけはよろしく」


 王都、ルブフェーラ公爵家の屋敷。

 慌てている屋敷の者に告げ、僕はとっとと門を潜り抜けた。

 着ている物も礼を失さない程度の私服。

 今回の報告は単なる定時連絡だし、母上には『陛下へ』とは言ったものの、実際のところ、その遥か手前で処理される筈だ。


「ん~…………」


 身体を伸ばしながら、大通りを歩いて行く。

 尾行は――……なし。

 皆、風魔法で作り出した囮に引っかかったようだ。

 折角の王都、多少、楽しんでも良いだろう。時間はまだある。


「母上は僕が一人で出歩くのを好かれないからなぁ」


 独白しつつ、多くの店を物色していく。

 西都は、無数の種族がいるせいか『混沌』しているけれど、流石は王都。洗練されている。後でみんなへのお土産も選ばないと。

 そんなことを思いつつ、進んで行くと王都中央の大噴水広場に辿り着いた。

 春を過ぎ、夏が近づきつつあるせいか多くの屋台が出ている。人は疎らだ。

 僕は尾行されていないかを一応確認。いない、と。

 氷菓子の屋台に近づき注文しようとし――紅髪の少女が割り込んできた。

 見知った顔だけれど、記憶よりもかなり髪を伸ばし、背も高くなっている。


「あ、ちょっと」

「何?」

「何じゃないと思う。――お久しぶり。リディヤ」

「……そうね。王宮の晩餐会以来だから、二年十ヶ月と五日ぶりね」


 腕組みをし、そっぽを向きながら僕の前に立ったのはリディヤ・リンスター。

 王国南方を統べるリンスター公爵家長女にして……因縁の相手でもある。確か『剣姫』の称号を継いだ筈だ。

 何処かへ行く予定だったのかめかしこんでいる。大通りに停まっている豪華な馬車が見えた。

 僕は若干警戒しつつ、注意。


「此処でやり合うつもりはないからね? 僕は氷菓子を食べたいだけなんだ」

「私も」

「?」

「私も食べたい。奢って」

「えー。自分で買いなよ」

「晩餐会での勝負、私が勝ったわよね? その分、まだ貰ってないけど?」

「うぐっ……」


 ――そうなのだ。

 以前、王宮の晩餐会で初めてこの少女と会った僕は、突如勝負を挑まれ、周囲の大人達が囃し立てる中、延々と槍と剣を合わせた。


 結果……根負けした僕が敗北。


 何せ、戦前は『魔法が殆ど使えない』という話だったのだけれど、戦っている内にコツを掴んだらしく、最終盤では上級魔法まで使って来る有様だったのだ。反則に過ぎる。いやまぁ、勿体なかったのでこっそりと干渉もしたのだけれども。

 頭を掻き、軽く両手を掲げる。


「……分かった。奢るよ」

「よろしい」


 嬉しそうに顔をほころばせ、氷菓子を選び始めた。

 随分と印象が変わったなぁ。

 一番最初に会った時は『剣』そのもの――左袖を引かれた。


「? おや? これはまた……」

「やっぱりそうでした。良かった。お久しぶりです。アレン様」


 そこにいたのは、王立学校の制服を着ている薄蒼髪の少女だった。

 ――この子の名前はステラ・ハワード。

 リディヤと同じく、以前、晩餐会で会話をした王国北方を統べるハワード公爵家の長女だ。

 王立学校に進学したとは聞いていたけれど、まさかこんな場所で会うなんて。

 僕は微笑む。


「今日は珍しい人と会う日だね。久しぶり、ステラ。元気そうで何より。制服、似合っているよ」

「お久しぶりです。あ、ありがとうございます。……お会い出来るなら、もう少しお洒落をしたのに……」

「? どうかしたかな??」

「い、いえっ! 氷菓子、ですか??」

「あ、ステラも食べるかな? そこで待ってるお友達も」

「……ふぇ?」


 何気なく提案するとステラが頬を染め、わたわたし始めた。

 そして、後ろで僕等の様子を見守っている少女――王立学校の生徒で、制帽脇からは獣耳を覗かせている子に駆け寄り、内緒話。


「(カ、カレン! ど、どうしよう?? アレン様が御馳走してくださるって! でも、買い食いなんて私、したことないんだけど……)」

「(偶には良いんじゃないの? ――で? あの人がステラの憧れの君なわけね)」

「(!?!! ち、違――……わなくはないけど、その、あの…………う~。カ、カレンの意地悪っ!)」


 ステラが獣人の少女をぽかぽか叩き始めた。仲良しなようだ。

 微笑ましく眺めていると――炎羽が舞った。


「……ちょっと? 何を、しているの、かしら??」

「あ、選んだ?」

「……選んだ。でも、選びきれないから、あんたの分も指定する。三段重ね!」

「酷」「くないっ! ……私を放り出して、他の女の子と楽しそうに喋るなんて、やっぱり『話』を受けて正解だったかもしれないわね……」

「? 何か言った?? とりあえず、注文しよう。ステラ、そっちの子も好きなのを選んで」


 リディヤは突然俯き、ぶつぶつと呟く。後半部分は小声過ぎて聞こえなかった。

 小首を傾げつつも、注文を優先する。

 ステラと獣人族の少女は近づいて来て「! リ、リディヤ様!?」紅髪の公女殿下に気付き、薄蒼髪の公女殿下が驚く。

 僕は獣人族の少女と視線を交錯、苦笑する。苦労人の気配。この子とは気が合いそうだ。

 軽く手を叩く。


「さぁ、何でも好きな物を選んでね。そして、感想を教えてほしい。お土産話にしたいんだ」


※※※


 ――端的に言うと、僕はすぐ西都へ戻れなくなった。

 いやまぁ、僕とて仮にも公爵家の人間で、しかも年齢は十六。

 そろそろ、その手の話が来るかも? とは思っていた。あれで、当代ルブフェーラ公爵は強かだ。

 でも、だからといって……まさか、こんな事を画策されていたとは。

 此処は王都、リンスター公爵家屋敷の内庭。

 そこに置かれた椅子に座り、テーブルに頬杖をついている紅髪の少女がニヤニヤしながら、僕を見た。


「どうしたの? 嬉し過ぎて声も出ない?? 私みたいな美少女と婚約出来て♪」

「……『仮』だからね? 僕はこの話を今日初めて聞かされたんだ。即答は出来ないよ」


 そう――王宮で僕を待っていたのはまさかの陛下本人と西都にいる筈のレオ様。

 そしてリンスター公爵とその夫人。リディヤは借りてきた猫みたいお澄まし顔をしていた。

 告げられた内容は――


『アレン・ルブフェーラとリディヤ・リンスターの婚約』


 人間、余りにも驚くと意識が飛び掛かる、のは体験出来た。

 そんな僕が口を挟む間なぞなく、話は進み……今、僕はリンスターの屋敷にいる。


『急な話でもある。当分は同じ屋敷で生活した方が良いのではないか? 正式な調印はその後でも構うまい』


 と、レオ様が言われた為だ。

 ……母上の子離れを促す為なんだろうけど、荒療治に過ぎると思う。

 紅茶を飲みつつ、僕は空になっているリディヤのカップに注ぎ、質問。


「君は僕でいいの?」

「バカ。愚問に過ぎるわよ? もう少しマシな質問をしなさい。例えば『そんなに綺麗になった理由は』とか♪」

「…………」


 紅髪の美少女は上機嫌に笑う。

 ……本当に柔らかい表情をするようになったなぁ。

 何とはなしに手を伸ばして、前髪に触れると、幸せそうに顔をほころばせた。

 とても穏やかな空気が流れ――


「御二人の時間に立ち入る無礼、御許しくださいませ」

「!」「……アンナ、何か用?」


 気配なく出現したのはリンスター公爵家のメイド長だった。

 小さな紙を手に持っている。

 ……激しく嫌な予感がする。


「西都より急報でございます。『翠風』レティシア・ルブフェーラ様、王都へ向かわれつつある模様。目的は間違いなく――アレン様の奪還かと思われます。リディヤ御嬢様、御指示を」


 リディヤが不敵な笑みを浮かべた。


「そんなの決まっているわ。姑は早めに叩き潰すのが肝要。そう、この前読んだ小説に書いてあったものっ! アレンは私のなのっ!!」

「御意、でございます★ うふふ……個人的な私怨を果たす機。見逃しません♪」


 …………僕は天を仰いだ。

 嗚呼、空が蒼いなぁ。

 どうかどうか、物事が平和裏にまとまりますように。


 ――後日、『翠風』対『剣姫』の対決中、ハワード公爵家から『アレン・ルブフェーラとステラ・ハワードの婚約』が正式に申し込まれ、状況は更に混沌していくのだけれど……それはまた別の話だ。

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