第2話 そのメイド、アンナを継ぐものにつき

「――こっほん。アレン様、フェリシア御嬢様、そろそろ、お仕事のお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「!」

「おや?」


 アレン様と見つめ合っていると、突然の咳払い。

 視線を向けると、ここ数週間で特に仲良くなった、リンスター家のメイドさんである、エマさんが満面の笑みを浮かべて立っていました。

 も、もしかして、ぜ、全部見られて……エマさんが片目を瞑られて、口を動かされます。『良かったですね』。いえ、良くは……よ、良かったですけど。でもでも、その、あの……は、恥ずかしいです……。


「ああ、丁度良かった。これ、お土産です。僕の故郷ではよく食べられている焼き菓子なんですが、皆さんで食べてください」

「これはこれは――ですが、これでは少しばかり」 

「そう言われると思いましたので、珍しいお茶も入っています」

「流石でございます。では、交渉成立、ということで。こちらを」

「ありがとうございます。予備のもお渡しを」

「え~」 

「え~、じゃありません。そういうところは、アンナさんの真似をしないでください。僕の命が懸かってるんですよ?」

「メイド長からは、アレン様の全てを、リディヤ御嬢様、リィネ御嬢様へ御報告するよう、命じられていますので、これ以上の譲歩は致しかねます♪」

「はぁ……何がお望みなんですか?」


 私の混乱を他所に、アレン様は普段通り、何も変わらず会話を進められていきます。……これはこれで、面白くないものですね。

 カレンがよく、『兄さんはとても優しくて、凄くて、自慢出来るんだけど……時々、思いっきり虐めたくなるのよね……』と手紙を読みながら言っていた気分が理解出来てしまいます。


「ああ、フェリシア御嬢様、そのように頬を膨らませて! アレン様、これは一大事でございます。早く慰めてさしあげてください。でなければ……おや? こんな所に映像宝珠――あーあー!」

「没収です」

「横暴でございます! しかし……こんな事もあろうかとっ!」


 エマさんが指を鳴らしました。

 扉から部屋の中を覗かれている、他のメイドさん達が一斉に映像宝珠を掲げています。凄い結束力です。私とアレン様のやり取りを、皆さんと、撮られて……うぅぅ……でもでも、後で私も一つ欲しいですね。

 ――この数週間、一緒に仕事をしたからでしょうか。皆さん、私にとてもよくしてくださいます。『恋敵は大勢いるけど負けちゃダメだよっ!』『みんなみんな、とんでもなく可愛かったり、綺麗な人達ばかりだけど……私達が応援してあげるからっ』『リディヤ御嬢様、リィネ御嬢様、これは裏切りじゃないんです。こんな健気でいい子を放っておけないですっ』。とても誤解されてる気がします。私なんかがアレン様となんて……と、とにかく、皆さん本当に良い方々なんです。

 額を抑えられながら、アレン様が溜め息をつかれました。


「……分かりました。要求はなんです?」

「ふっふっふっ~。それはでございますねぇ」 


※※※


 エマさんが私達へ資料を配られました。

 今まで見た事もないような満面の笑みです。私も目を通そうとしますが……ダメです。頭に何も入ってきません。

 さっきから、心臓は早鐘のよう。止まってしまわないでしょうか。髪はきちんと洗っているから、大丈夫な筈です。

 いえ、それよりもなによりも……


「ア、アレン様」

「はい、なんですか」

「わ、私、重たくないですか? 重たいですよね?? や、やっぱり、止めます。殿方の膝上に座って業務報告を受けるなんて……そ、そんな……」

「ダメでございます♪ アレン様は確か、ティナ・ハワード公女殿下にもされた、とうかがっておりますし、機会均等は必要かと」

「な、何故それを……で、本音はなんです?」

「恥ずかしがっているフェリシア御嬢様が可愛い!」

「エ、エマさん!?」

「…………早い内に、アンナさんの因子を根絶しておかなかった僕のミスですね。甘受しましょう。ああ、フェリシアはとっても軽いです。嫌だったら降りてくださいね」

「ふぇ」


 思考が停止しました。きっと、今の私は呆けた顔をしているのでしょう。

 くすり、とアレン様が笑われ頭を撫でてくださいます。ふぇぇぇ。


「いい! さ、流石、流石でございますっ、アレン様。それでこそ、それでこそ、でございますっ」 

「……何時か、きちんとお話ししょうね。では、報告をお願いします」

「――はっ」


 エマさんの雰囲気が変わりました。

 いつの間にか伊達眼鏡までかけられています。


「アレン様が東都へ行かれている間の、の」

「……待ってください」 

「何でございましょう?」

「その名前はいったい?」

「うっふっふっふっ。その説明はフェリシア御嬢様がしてくださると思います」

「フェリシアが?」


 まじまじと、アレン様が覗き込まれます。

 ち、近い。近いです。し、心臓が、心臓がもたないですっ。

 思わずよろめき、倒れかかり――ふぇぇぇぇぇ。


「大丈夫ですか? エマさん、何か飲み物を」

「承りました。用意をしてまいりますので、少々、時間をいただきますね」


 エマさんが、私を見てまた片目を瞑られました。軽やかな足取りで部屋を出て行かれます。扉を開けた瞬間、メイドさん達もまた、私に向かって手を振られたり、応援をしてくれました。

 うぅ……た、確かにしてほしい事リストにはあげましたけど、い、いきなりこんな……わ、私にだって、心の準備が必要なんですよ!?

 アレン様が笑われます。



「どうやら、随分と仲良くなったみたいですね。さて、商会の名前の件、教えていただけますか?」 

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