第5章

第1話 お土産

「――なるほど。お休み中の御事情は理解しました。てっきり、私のことなんかお忘れになって、リディヤ様、カレンやステラ、年下の可愛い女の子とお遊びなられているものとばっかり」

「い、いきなり厳しいですね、フェリシア」

「……本当にそう思われていますか?」


 僕を睨んでくる、小さな眼鏡をかけた少女。

 声色はキツイものの……どうやら凄く心配させてしまったみたいだ。

 東都から何通か手紙は送っておいたんだけどなぁ。

 素直に頭を下げる。


「ごめんなさい、心配をかけました。でも、ほら、この通り。大丈夫ですから」

「……信じられません。アレン様は、大変な時程、平気なふりをする、とカレンや、アンナ先生から聞いています。なので」


 カレン! お兄ちゃんの話をし過ぎだよ!? 

 ……アンナ先生??

 フェリシアがカップを置き、自分が座っているソファの横を、ぽんぽん、と優しく叩いた。

 え、えーっと……周囲を見渡す。外から掃除をするふりをしながら、ちらちら覗き込んでいるリンスター家のメイドさん達がこれ見よがしに目を逸らした。

 埃一つ落ちてませんでしたけど……いや、それよりも……リディヤ、リィネ命の貴女方が、フェリシアの行動を黙認する、と? 

 そ、そんなバカな……この休み中、貴女達とフェリシアの間にいったい何が!?

 

 ――東都から、王都へ帰って来た僕は、入院していた関係で予定より数日遅れながら、仕事へ復帰していた。


 現在、王都にティナ達や、リディヤ達はいない。それぞれ、北方、南方へ里帰りしている。

 僕が心配! と最後の最後まで駄々をこねていたけれど、こればかりは仕方ない。忘れがちだけど、あの子達は、王国内でも貴種に属する、『公女殿下』であり、それを支える家の子達なのだ。……説得するのは、本気で大変だった。

 カレンも、東都へ残った。長期休暇中くらいは、母さんと父さんの傍にいてあげてほしかったから。

 なので、唯一、休み無しで働いていた真面目な女の子を除くと、珍しく周囲には誰もいないのだけれど――まじまじとフェリシアを見つめる。


「……何ですか。似合わないお化粧と恰好だとお思いですか? 分かっています。アレン様の周囲に綺麗な方と可愛らしい子しかいないことは。どーせ、私が幾ら頑張っても……」 

「ああ、いや、そうじゃなくてですね。んーと……どうして、メイド服なのかな、と」

「…………皆さんが可愛い、と言って下さったので」


 外から覗いているメイドさんを見ると、皆、一斉に目を伏せた。

 ……なるほど。そうでしたね。貴女達はあの、アンナさんの薫陶を受けてますもんね。流石、と言うべきか、真面目な女の子で遊ばないように、とお説教すべきなのか。

 まぁ今は、顔を真っ赤にしている眼鏡メイドさんですね。

 小さく溜め息を吐き、フェリシアの隣に座る。 

 

「!」

「はい、座りました。これで、どうすれば」 

「…………」


 フェリシアが、今度は自分の膝を叩いた。

 ……バレたら、相当命が危ういのだけれど。

 ただまぁ、心配かけたしなぁ。仕方ないか。うん、仕方ない。

 ゆっくりと、頭を膝上に。


「ふぇ」

「これでいいんですか?」

「……はい」


 驚いた後、幸せそうな笑みを浮かべフェリシアが僕の頭を撫で始める。

 な、中々気恥ずかしい。   


「――アレン様」 

「?」

「あまり、無理はなさらないでくださいね。私には、貴方と一緒に戦場で戦う力はありません。ただ――ここでお待ちする事しか出来ないんです」

「無理はしませんよ。今回のは、偶々です」

「嘘です。カレンがよく言っていました。『兄さんのあれは、性分です。変えられません。だから、私は強くならないといけないんです。……あの人の背中を守れるように』」

「そんなつもりはないんですけどね」 

「なら……そうですね。もし、私が困っていたら、お助け下さいますか?」

「勿論」

「その相手が誰であっても?」

「相手が誰とか、関係ないと思います。僕は父からこう教わりました。『自分の手で救える相手ならば、救おう。そうした方が、きっと良い』と。今までもそうしてきたつもりですし、これからもそれは変わらないと思います」 

「だからこそ……だからこそです。約束、してください」


 フェリシアが、僕の顔を覗き込んでくる。

 その目に、大粒の涙。


「アレン様がそういう方だからこそ、皆さん、信じているのは分かっています。けれど、全てが終わったら……戻ってきてください。私は、フェリシア・フォスは、その為にこの場所をお守りします」

「大袈裟ですね。だけど」


 手を伸ばし、目元の涙を拭う。

 出来る限り、優しく微笑みかける。


「ありがとう。大丈夫ですよ。あくまでも、今の僕は家庭教師であり、ここの交渉担当役ですからね。何処にも行きません。約束します」 

「……信じられません。証がほしいです」

「証、ですか。あ、ちょっと待っててくださいね」


 起き上がり、自分の机へ。

 かけてある鞄の中から、小箱を取り出し、開ける。

 ソファの後ろに回り込む。


「ア、アレン様?」

「お土産です」


 フェリシアの茶色で柔らかい髪を結い、翡翠色のリボンを編込んでいく。

 同時に、こっそりと魔法式も。何かと物騒だからね。

 ――視線。

 ちらり、と見ると、メイドさん達が顔を赤らめながら、撮影中。それ、後で没収します。命にかかわりますので。

 


「このリボンに誓います。フェリシアを心配させる事はしません……そんなに」 

「……今は、それで満足します。リボン、ありがとうございます。大切にします」

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