第2部

プロローグ

 ――そこは死臭と憎悪に満ちていた。


 おそらく、数百年に渡って使われずそのまま放置されていたのだろう。古い魔法式の痕跡が見えるものの、殆どは機能を停止している。

 カツンカツン、と螺旋階段を降りる音が響き渡るけれど、反響音が返ってこない。深い。

 ……正しく、地獄への道行きってやつかな?

 どうやら、この塔に生きた人間は僕達しかいない。難儀な事だ。僕も、この人達も。


「おい! とっとと歩け! 間違っても、逃げれるなんて思うなよ? お前に付けられたその首輪と腕輪は特別性だ。外さない限り魔法は使えない。そのまま逃げても、探知は容易」

「しかも、四方は断崖絶壁で海。もう諦めろ。お前は目立ち過ぎたんだ。いきなり、死刑にしなかった我等の慈悲を有難く思うんだな――まぁ、死んでいた方がマシだったかもしれないが」


 後ろから僕を押す二人の魔法士。

 勝ち誇り、強い蔑みの視線を向けてきている。

 ……ああ、懐かしいな。王立学校時代もこの手の視線はよく向けられたっけ。

 にっこりと微笑むと、身体を震わせ半歩後退り。大丈夫なのになぁ。

 再び階段を降りて行く。 

 随分と深い。しかも……この魔力。どうやら、『何か』がいるらしい。信じられないけれども。

 ちらりと、後ろの二人を観察すると、当初の顔から一変。恐怖で蒼褪めている。


「……ここらでよろしいのでは? この先へは僕一人でも」

「ば、馬鹿を言うなっ! そうやって、逃げるつもりだろうが、その手は喰わんっ!」

「そ、そうだ! アレン……お、お前が、この塔の最深部へ幽閉されるのを確認するまで帰れ」


 はらわたをかき乱されるような魔力の波動と共に、唸り声が聞こえてきた。


 思わず、身が竦む。ああ……これは流石に怖いや。

 僕をここまで連れてきた魔法士達――有力貴族の子息は、ガタガタと震え、脱兎の勢いで階段を駆け上がって行った。

 やれやれ。それじゃ、役目を果たせていないだろうに。

 肩を竦め、一段一段降りていく。

 途中、設けられていた幾つか牢には、人骨や判別出来ない獣の骨が散乱していた。なるほど、かつては監獄として使っていたのか。

 此処に連れて来られるまで、布で覆われていたから、何処だかは分からない。ただ、煉瓦の劣化具合から建てられて少なくとも数百年が経過。

 それと、さっきの言葉。『四方は断崖絶壁。しかも海』

 で……この延々と続いている地下塔。


 ――おそらく、王国東北部の島嶼地域。魔王戦争時の遺構の一つ、か。 


 たかだが、一般平民を捕らえておくのにまた大層な。そこまで恨みを買うような事をした覚えはないんだけどな。

 おそらくはジェラルドの件が回り回って、やって来たんだろうけど……ほんと困った。興味ないのに。

 手の甲で頬を拭う。赤い。

 まだ、出血してる。散々、殴られたから身体中が痛い。こういう時、魔法が使えないのは本当に大変だ。

 ティナの気持ちを理解出来てしまう。これは辛いね。

 ……早く戻らないと。あの子達が心配する。折角の夏休みで故郷へ帰っているのに。

 フェリシアは逃げれたかな? 

 あの子のことだから、大丈夫だとは思うけど……無理はしてほしくない。あと、出来る限り、穏便に伝えてほしいな。何せ、リディヤを筆頭に、怒ると怖い子達ばかりだから。

 出来れば手早く、バレる前に自力で解決しよう。うん。


 ――歩を進めると、ますます魔力が濃くなっていく。息苦しい程だ。


 生物……なのかな? 

 だとしたら化け物確定。魔法を使えても、相対出来る相手じゃない。

 当分、死ねないんだけどな。少なくとも、リディヤとティナの中にいる『炎麟』と『氷鶴』の制御方法を確立するまでは。   

 塔の入り口周辺は取り囲まれているだろう。

 出れば間違いなく殺される。僕を生かしているのは、思惑があるのだろうけど……それは細い糸だ。この状態じゃ賭けられない。

 つまり、降りて対面する他無し。


 ――どれくらい降り続けただろうか。

 遂に僕は、塔の最深部の広場へ辿り着いた。四方には巨大な牢。とても、人用のそれではない。

 三方は空。一つには…………『何か』がいる。

 空気が心なしか薄く感じ、寒気。

 どうやら、唸り声は牢の奥から聞こえてきているようだ。

 ここまで来たんだ。覗いて見るとしよう。

 踏み出そうとした時、大きな音を立てて、騎士と魔法士の一団が階段を降りてきた。数は十数名。

 剣と杖を油断なく構え取り囲む。そして、一人の魔法士が杖で僕を思いっきり打った。


「っぐ!」

「……頭が高いぞ、平民。逃げなかったのは殊勝な心掛けだ。褒めてやろう」  

「そ、れは、どうも……で? 僕に何をさせる、つもりなんです」

「簡単な事だ――役目を果たし死ね。ああ、俺としたことが言葉を間違えたな。お前は『贄』だ。我が主がこの国を統べる為のな」

「どういう? ぐっ!」

「……獣との会話は終わりだ。そいつを奥の牢へ放り込めっ!」


 背中を打ち据えられると同時に走る電撃。冷たい地面に伏す。

 ……まずい、意識が……。

 両脇を抱えられたのは分かったけれど、抵抗出来ない。 

 霞む視界の中で巨大な牢が近づいてくる。

 奥にいるのは? 背筋がざわつく。

 僕を抱えている騎士も気付いたのだろう。一人が悲鳴をあげ――終える間もなく、肉塊と化した。焦げる悪臭。

 それを見たもう一人は呆然。剣を抜くやいなや、牢内から細い電が走った。心臓を射抜かれ倒れ、支えを失い地面へ投げ出される。

 僕へも魔法が放たれ――途中で消えた。呼んで、いるのか?


「っぐ」


 歯を食いしばりながら、腕で地面を這い、牢の中へ。


 そして、僕は――――。

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