第36話 水都騒乱 悪魔
「な、何をしている! 相手は小娘二人に獣人が一人!! ひ、怯むなっ!!!」
ウィールド侯爵が悲鳴にも似た命令を発した。
ふむふむ……極致魔法を実際に喰らったことはないようだ。可哀想に。
だけど
「ふふ」
思わず笑ってしまう。僕が『獣人』か。
『深紫』を両手で持ち前傾姿勢。魔力が更に活性化。
『♪』
僕の中でアトラが楽し気に歌っている。
同時に一角獣の背に雷翼が生まれ、更に魔力が増していく。
ティナとリィネの呟き。
「先生、とっても嬉しそう……」
「くっ! どうして、私はリリーから映像宝珠を……」
「二人共――いきますよ」
「「はいっ!」」
二頭の一角獣が
僕は顔を引き攣らせている灰色ローブを纏った隊長格へ告げる。
「お待たせしました。色々と聞きたいことだらけなので」
――瞬時に加速。
後方にいた灰色ローブの男達を吹き飛ばし、紫電で打ち据え、地面に雷槍で縫い留める。当然、致命傷にならないよう配慮済み。
この間、半瞬。
轟音と衝撃は遅れてやって来た。カレン、この能力、極められればリディヤにも追いつけるかもしれない、とお兄ちゃんは思うな。
状況を把握した侯爵や隊長格、そして侯国軍が激しく動揺する。
『!?!!!』
「ティナ、リィネ!」
「は、はいっ!」「い、いきますっ!」
呆けていた公女殿下二人は顕現させていた『氷雪狼』と『火焔鳥』を解き放つ。
侯爵が絶叫し、侯国兵達も魔法で反撃。
「た、た、耐炎、氷、雷防御っ!!!!!!!」
「は、放てっ! 全力で放てっ!!!」
多数の結界が張り巡らされ、長槍の穂先から攻撃魔法が狼と凶鳥へ殺到。
――が、無駄。
『氷雪狼』は攻撃魔法の悉くを凍らせ、氷原を創生。
『火焔鳥』は結界を紙のように貫通し、炎獄を現出。
とても現実とは思えない光景に、侯爵と侯国軍の兵士達の顔から血の気が引いていく。分かりますよ、その気持ち。
極致魔法って出鱈目ですしね。軍用の戦略結界を幾重にも張り巡らせて、上級魔法を数十発叩きこみでもしない限りは止まりませんし。
「た、退避だ! 退避せよっ!!」
「に、逃げろっ!! 逃げるんだっ!」
「き、貴様らっ! に、逃げるなっ!! ウィールドの名を汚す――」
前進を止めない『氷雪狼』と『火焔鳥』を見た戦列が崩壊し始める。
侯爵は剣を抜き放ち兵士達を鼓舞するも、一角獣達が巨大な赤紫と黒紫の雷球を放たん、としているのを見て止まった。
侯爵が叫ぶ。
「ま、待」
二つの雷球が駄目押しで戦列へ向け、放たれる。
百を超えていた各結界は既にズタズタ。
とてもではないが防ぎきれず、貫通
――極致魔法二種とそれに準ずる威力の雷球二発が広場で炸裂。
凄まじい閃光と轟音。一角獣達は自らの身体でティナとリィネを守っている。
僕は呆然自失としている隊長格へ微笑む。
「さ、お話を聞かせてもらいましょうか。貴方達の目的は何です? 今更、リンスターと侯国北部とを争わせても、勝負は御覧の通り、かと思いますが。あの家に勝てるとしたら、それこそ魔王軍くらいのものですよ? ……勝っても、魔王領も焦土でしょうけど。そのことを、貴方達と聖霊騎士団の上層部が知らないとは思えない。王国や各国列強の足を止めさせて、何を探しているんです?」
「……貴様に話す義務はないっ! 我等はただ御心のままに任務を遂行するのみっ!」
「自分の身を犠牲にしてでも、ですか? ……貴方達に埋め込まれている魔法式は、邪悪そのものです。そんな物を埋め込んだ人物を信じていると??」
隊長格の目が釣りあがった。
拘束した灰色ローブ達も無理矢理、雷槍の拘束を外し、立ち上がってくる。
――そこにあるのは、共通して憤怒。
「邪悪……か。貴様には、貴様達のような豊かな国に住む者共には、未来永劫分からぬだろうなっ! この魔法式は不完全。そんなことは百も承知っ!! だが……あの御方は、我等の為に泣いてくださったのだ。『……すみません。私にもっと力があれば。そうすれば、もっと、もっと多くの貧しく弱き人々を救えるのに……貴方達にこんなことをお願いしなくてもいいのに……。どうか、私を責めてください』と! 我等にとってはそれが全て。ここで、我等が倒れようとも、あの御方の御言葉に間違いはないっ! 我等は未来の子等の為、捨て石になるっ!!」
「……どうやら、分かり合えないようですね」
この人達は既に生きながらにして死兵。
狂信、か。
『深紫』を向ける。
侯国軍を一撃で崩壊させたティナとリィネが僕の隣に立ち、再度、『氷雪狼』と『火焔鳥』を紡ぐ。
灰色ローブ達は身体に埋め込まれている『蘇生』の乱造品を発動せんとし――突如、長杖を持ち、フードを深く被った魔法士が出現した。……転移魔法だって?
隊長格が叫ぶ。
「ヴィオラ!」
「『禁書』は存在したぞ、ルフ。全てはあの御方の予言通り」
「おお……」
魔法士は漆黒の古い書物を隊長格――ルフへ手渡した。
そして、長杖でその表紙を叩く。
頁が自動で捲れていき、停止。
見たこともない魔法陣が浮かび上がり黒線が空間を走っていく。
……この魔力。禍々し過ぎる。
『アレン、やなもの!』
アトラも最大警戒。
咄嗟に『雷王虎』を瞬間発動。
全てを滅せん、とし
「ルフ様!」「我等、楯にっ!」「全ては聖霊の御心のままにっ!」
『蘇生』の乱造品を全力発動した灰色ローブの男達に阻まれる。
雷虎が男達を飲み込んで行く中、魔法陣は完成していく。
――ヴィオラと呼ばれた魔法士と視線が交錯。笑った?
大閃光。そして、暴風と衝撃破。
咄嗟にティナとリィネを抱きかかえながら、手で視界を守る。
間に合ったか、どうか。
――突風が吹き荒れ、徐々に灰黒くなり、収束していく。
ティナとリィネが抱き着いてきた。
「せ、先生……あ、あれって……」「あ、兄様……こ、怖いです……」
「これは……困りましたね……」
上空の黒灰の魔法陣の中にいたのは異形。
頭には大きな二本の角と、黒灰色の巨大な身体。
背には二枚の翼。
割けた口と鋭い無数の牙。
手足には剣のような爪。
――何より、内在している桁が違う魔力。
黒灰が舞っている。
ルフを含め、灰色ローブの姿はなく、短剣と短杖が転がるのみ。
……召喚の『贄』になったのか。
そうまでして、ここでこいつを――双翼の悪魔を召喚する意味はなんだ?
いったい何を狙って。
悪魔に対して、後方から多数の魔法矢が放たれる。
ティナ達によって蹴散らされれながらも、まだ戦意がある兵士達が自己の判断で攻撃しているのだ。
けれど
「駄目ですっ! 逃げてくださいっ!!」
大声で叫ぶも興奮している兵士達は止まらない。
――『悪魔』とは『竜』と並ぶ、災厄の象徴。
遭遇して生き残った者は極少数。
なれど……例え一体であっても、容易に都市そのものを全滅させる怪物。
軍に所属した者や、騎士、魔法士を志す者ならば、誰しもがその脅威について学んでいる。だからこそ……こんな状況でも攻撃をしているのだろう。
でも――悪魔が右腕をゆっくりと動かし……振り下ろした。
「ティナ、リィネ!」
「「!」」
二人を抱え、一角獣達と全力で数百の雷障壁を形成。
直後、激しい金切り音。
『深紫』を強く握りしめ、障壁を強化しつつ、次々と生み出していく。
――やがて、金切り音が止んだ。
逸らせはした、か。
後方から悲鳴と、逃げ出す音。
「だ、だ、大図書館が!」「そ、そんな……」「ば、化け物っ! 化け物だっ!!」「逃げろっ! 逃げるんだっ!! こ、殺されちまうぞっ!!」
――壮麗だった水都が誇る大図書館、その上層部分は無残に切り裂かれていた。
相変わらず、馬鹿馬鹿しい威力。嫌になる。
リィネとティナが不安そうに僕を見る。
微笑み、教え子達の頭をぽん。
「大丈夫ですよ――だよね? リディヤ?」
「当たり前でしょう。誰に言ってるのよ!」
遥か頭上から、紅翼をはばたかせ『剣姫』が急降下。
悪魔は右腕を振りかぶり、リディヤの一撃を迎撃せんとする。
――乾いた金属音。
同時に水都全体に響き渡るような苦鳴と物体が地面へ叩きつけられる。
遅れて巨大な爪が数本、大図書館前の広場に突き刺さり――黒灰になって消えた。
僕の前に公女殿下が降り立った。剣を肩に置き、視線。
「で?」
「思ったよりも、根が絡まり合っているみたいだよ。そっちは何が出た?」
「吸血鬼擬き」
「……ふむ。と、なると」
むくり、と悪魔が起き上がった。
両断された右手が再生してゆく。
黒灰の身体が蠢き、幾つかの顔を形成。歓喜の叫び。
『おお……おお……我等、力を得たり……。全ては聖霊の望まれるままに……予言を果たせ』
「え~~~~~いっ!!!!!!!」
「あ、ち、ちょっと、待ってっ!!」
言葉を遮り、近くの尖塔から二人の少女が飛び降りた。
一人は大剣を二振り持ち、もう一人は十字の雷槍。
完全に油断していた悪魔は身体を切り裂かれ、黒灰の血が舞い散る。
同時に一角獣達が雷球を乱射。次々と炸裂、視界が閉ざされる。
自称メイドさんと妹がリディヤと並んで僕の前へ。アンコさんが僕の右肩へ。
「ふっふのふっ~♪ どうですかぁ~。私はメイドさんなのでぇ、強いんですぅ~!!」
「……し、死ぬかと思いました。兄さん後で慰めてください」
「カレン、お帰り。リリーさん」
「何ですかぁ~。あ、もしかして、惚れ直しちゃいましたかぁ? で、でもぉ~み、未来の御主人様とはいえ~メイドに手を出すのはどうかとぉ思いますぅ~」
「……大埠頭と帆船、壊したことを報告しても?」
「! ににににゃぜ、それを……」
リリーさんがあたふたし始める。
リディヤとカレンは視線を伏せた。……バレてるからね?
まったく――声色を変えメイドさんへ尋ねる。
「相手は何でした?」
「――奇妙な魔導兵です。ララノアや帝国の系統で似たようなものがある、と聞いたことはありますが、実在しているとは。余りにも非人道過ぎます。使われている魔法式は古い物と新しい物が混在を。属性は『闇』でした」
「なるほど」
土煙が吹き飛ばされる。
黒灰の血を流しながらも、悪魔は未だ強い戦意を持っている。
僕は呟く。
「『蘇生』を使った魔導兵器。吸血鬼擬き。双翼の人造悪魔……僕等の戦歴をなぞっている。……貴方達の言う『あの御方』とは、誰だ?」
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