第42話 想い

「せ、先生、あのですね……」

「あ、兄様、えっと……」

「ア、ア、アレン先生! 私は嬉しかったですっ」

「ありがとう……エリー」

「はぅぅ」


 ティナ達の前で、手紙を朗読されるという辱め(流石に通りでのそれは回避した。君達の精神力はどうなっているのかな……?)は僕を恐ろしく疲弊させた。

 ……ふんだ。いいよ、もう。

 取りあえず、回復の為にエリーをぎゅーっと抱きしめるからっ!

 が、一瞬で強引に引き離される。

 ……それすら許してくれないのかい?


「兄さん、お戯れが過ぎます」

「アレン様……ぐすっ」

「ステラ様? ど、どうされたんですか?」

「いえ、その……本当に嬉しくて。私のこともちゃんと見て下さってるんだなって――えっと、だから、えいっ!」

「へっ?」

「あらあら」

「「「「!?」」」」


 ステラ様が僕を優しく抱きしめてきた。抱きしめる事はあるけれど、抱きしめられるのはあまりないから新鮮。安らぐ……。

 どうやら、思っている以上に弱っているらしい。何時もならこういう事が起こる前に対処出来るんだけど。今は、抜け出す気力も沸いてこないや。

 だから、ね? リディヤ。今、『火焔鳥』をそういう風にこっそりと展開されても対応出来ないからね? そしたら大惨事だから、少しだけ許しておくれよ。


「はいっ! もう終了ですっ!!」

「兄様……節度って大事だと思うんです」

「あの、その、私も抱きしめてもいいですか……?」

「「エリー! 抜け駆け禁止!!」」

「だ、だって、し、したいんですっ!」


 ステラ様から強引に引き離され、目の前ではティナ達がじゃれ合いを始める。

 やれやれ。リディヤ、何だい?

 『後で私もする。思いっ切りする。拒否権はないわ。それと、手紙で私のことを他の子達に比べて書いてない理由を教えてもらえるかしら?』

 少ないかなぁ? 凄くたくさん書いてたじゃないか……あ、また羞恥心がこみ上げてきたよ……。


「さ、カレン、皆さんを部屋へご案内して。アレン、お父さんを」

「はい」

「父さんは、工房?」

「そうよ。貴方が帰って来るのをそれはもう楽しみにしていたんだから」

「そっか。カレン、みんなをよろしく」

「はい。こちらはお任せください。……兄さん」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 ぽん、とカレンの頭に優しく触れ、家の奥へ。

 さて――頑張ろう。

 今まで、逃げてきたんだから。怖いけどきちんと話をしないとね。


※※※


 僕の父は、母と同じ狼族で魔道具作成を生業としている。

 昔は中々売れず、お金に随分と苦労していたらしいけど……少なくともひもじい思いをしたことはないし、毎日、笑って、楽しく遊んでいた記憶だけが残っている。あれで母さんはやり繰り上手なのだ。

 二人は生まれた時からの幼馴染で、僕とカレンから見ても本当に仲が良い。

 そんな二人を見て育ったから、きっと僕達、兄妹も仲がいいんだと思っている。言ったことはないけれど。

 家の一室に設けられた工房。実験をする事も多いので、そこの扉と壁だけ分厚く作られている。

 ……深呼吸をして、ノック。


「父さん、入るよ」


 扉を開け中へ。

 作業台に置かれた顕微鏡を覗き込み、手を動かしていた父――ナタンが振り返る。

 そして、満面の笑み。


「アレン」

「父さん――ただいま」

「おかえり。エリンには会ったかい?」

「うん」

「そうか……また、背が伸びたね」

「うん」

「この分じゃ、次会う時は抜かれているかもしれないな」

「うん」

「アレン?」

「父さん! 僕は、僕はっ――」


 ……言葉がうまく出て来ない。

 この旅行が決まった後、何て言おうかずっと考え続けていたのに。

 幼い頃、確かにひもじさは感じなかったけど、決して裕福ではなかったと思う。

 なのに『才能を伸ばせる』ならと、王都へ僕を行かせる事に何の躊躇もなかった両親。負担(学費は特待生枠で無料だったけれど)は決して軽くなかった筈なのに……。

 

 僕はその期待に応えたかった。

 

 赤の他人、しかも人族である僕を拾い、育ててくれた二人の期待に。

 だけど、僕は――王宮魔法士の地位を、最後の最後に、自分の意思で捨ててしまった。

 後悔はない。何回、繰り返してもあの場面で、あの男をぶちのめすと思う。

 でも……いや、正直に言おう。僕は怖かったのだ。この事によって、二人から失望されてしまうことが。

 結果――今、この期に及んでも声が出ない。出てくれない。

 情けない……。

 うなだれる僕の耳朶に優しい声。そして肩には力強い手。


「アレン」

「父さん……ごめんなさい。手紙で報せた通り、僕は、父さんと母さんが折角、王都へ行かせてくれたのに、王宮魔法士の試験に……」

「ありがとう」

「……えっ?」

「話はから聞いているよ。ありがとう。僕とエリン、そしてカレンとリディヤ嬢が侮辱されたのを見過ごせなかったんだろう? よくやった。それでこそ僕の自慢の息子だ! ああ、だけど、中々家へ帰って来ないのは駄目だ。しょっちゅうは難しいだろうけど、偶には元気な顔を――アレン?」

「あ、うん。はは……ちょっと、嬉しく、って……」


 涙が拭いても拭いても溢れてくる。

 ああ……そうだった。この人はそういう人だった。

 血の繋がっていない僕を心から愛し、信じ、慈しんでくれたのはこの人と――


「あ~ずるいわよっ! ナタンっ!! アレンを褒めてあげるのは後で二人一緒に、って約束したでしょっ! もうっ!!! 私、さっき凄く我慢したのよっ!」

「……母さん、父さん」

「何だい?」「な~に?」


「ありがとう。僕は――二人の息子で本当に良かったです」 

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