第44話 王都攻防戦 下

 オルグレンの御屋敷が見えてきました。至る所から出火。庭まで炎に包まれています。しかも、魔力が次々と減っていてですね。

 ……リディヤ御嬢様、『真朱』を抜かれているみたいです。叛乱を起こした人達ですから、同情出来ないんですけど、同情します。あれの一撃を受けれる人って、多分、王国内で十人もいませんし。


『……何、あの黒い炎は!?』


 シェリル王女殿下の呟きが風魔法から伝わってきます。護衛のエルフさん達の魔力も動揺。

 あ~……そうですよね。リンスター公爵家に近しい人じゃない限り知らないでしょうし。

 ――屋敷上空に到着。

 怒号と激しい剣戟、魔法の炸裂音がここまで聞こえてきます。私達に対する迎撃は皆無。騎士や兵士の多くは我先に、屋敷の外へ逃げ出そうとしています。それが増援として外からやって来ている部隊とぶつかり、大混乱。

 ……早くも追い込まれているようです。リディヤ御嬢様相手なので、当然と言えば、当然なのですが。

 はぁ……覚悟を決めないと! グリフォンさんが振り返り、『大丈夫?』と聞いてきます。だ、大丈夫です! 私は、リンスター家のメイドさんですからっ!!


『シェリル様、行きましょう! メイドは度胸ですっ!!』

『リリー……私はメイドじゃないわよ?』 

『アレン様、お好きですよ?』

『――……その話、後でゆっくりと聞くわ』

『はい♪ では、御先にっ!』

『あ、ち、ちょっと!』


 グリフォンさんに「ありがとうございます!」とお礼を言って、私は立ち上がり、その場から屋根へ降り立ちます。


「よ、っと!」


 周囲を警戒――敵影無しです!

 上空に手を振ると、ひらり、と白の毛玉が降りてきました。

 ……あれ? 大きくなっているような??

 屋根へ四脚沈み込ませながら、が降り立ちました。


「ふぇ!? あ、あなた……ま、魔獣だったんですかぁ!!?」

『あ、こ、こらっ! シフォン!!』


 王女殿下の叫びが聞こえます。

 間違いないみたいです。さっきまでは、ちょっと大きなわんこさんだったんですが……ちらり、と見ると、機嫌良さそうに尻尾を振っています。モフモフ度は増し増しです。

 これはこれで、良し、です。

 王女殿下に話しかけます。


『この子と先行しますっ! 魔力の跡は残していくので、追いかけて来てくださいっ!!』 

『リリー!』

『了解した。感謝する!』

『エフィ!?』


 凄く綺麗なエルフさんが割り込んできました。護衛隊の隊長さんでしょうか?

 でも、これで許可は出ましたっ!

 シフォンさんに話しかけます。


「それじゃ、頑張りましょうっ!!」

「わふっ!!」


※※※


 黒炎に焼かれ、次々と燃え落ちつつある屋敷内を駆けます。

 時折、恐慌状態にある騎士や兵士が襲い掛かってきますが


「えいやっ!」


 掌底で剣を折り、肘打ちで盾を砕き、回し蹴りで鎧を割り、ついでに風魔法で無理矢理、屋敷内へ叩き出しつつ先を急ぎます。

 シフォンさんも大活躍。

 口から光線やら光弾を吐き出し、騎士の戦列を分断。すぐさま飛び込み、前脚で一蹴しています。噛まない優しいわんこさんです!

 魔力を追っていくと奥へ逃げています。私、知ってます! この前、小説で読みました。偉い人用の脱出路ですね! 

 こんな時だけど、興奮します。うちの御屋敷にはないんですよねぇ。奥様曰く『脱出? リリー。逃げる時は真正面から、相手の大将を討ち取って出ていくものよ。それが、リンスターの作法なのだから』。普通、そうですよね?

 階段を駆け下り、遂に一階へ。猛火にも関わらず、屋敷内部へ進もうとしている、騎士達複数を発見。いずれも軽傷を負っています。


「ふむぅ? えいや!」

「! て、敵し」


 気付いた騎士が言葉を言い終える前に、後方から『火焔鳥』を放り投げます。

 次々と耐火結界が発動。私の鳥さんは頑張ってそれらを貫通。構えられた大盾や長槍を吹き飛ばし、戦列を乱します。奥にいる指揮官さんが呻きます。


「『火焔鳥』だ、と!? リンスターかっ!!」

「シフォンさん!!!」

「わふっ!!!」


 二羽目の『火焔鳥』を放つと同時に、シフォンさんも口から光線。

 炎と光が合わさり、騎士達を次々と吹き飛ばします。

 ……やり過ぎたでしょうか。

 い、いえ! あの人達は、明らかにオルグレン家の騎士さん達です! この程度で、死んでしまうような軟弱者さん達ではない筈です!!

 恐る恐る近付いて行くと、多くの騎士達が意識を喪っていました。

 このままだと、焼け死んでしまうので次々と庭へ放り投げます。


「……う、が……ば、馬鹿な……こ、こんな馬鹿なことが……わ、我等、オルグレン公爵親衛騎士団が、少女一人と、このような奇怪な服装の女に……」 

「む! き、奇怪とはなんですかっ!! た、確かにメイド服ではありませんけど、か、可愛いには違いないはずですっ! そうですっ!! ……リディヤ御嬢様は何処ですか!」


 辛うじて意識があった指揮官さんへ、丁寧に尋ねます。当然、左右には『火焔鳥』。シフォンさんも、大きな牙を見せています。

 蒼褪めた指揮官さんは、躊躇しながらも、口を開きました。


「大会議室だ。そこから、礼拝堂へ抜けられる!!」 

「ありがとうございます。てぃ」

「がっ」


 首筋に手刀。意識を刈り取り、庭へ放り投げます。

 ……礼拝堂、ですか。

 各公爵家は特定の宗教を信仰していない、と思ったんですけど、オルグレン公爵家は違うのでしょうか。

 シフォンさんが、私の頬を舐めてきました。


「ひゃっ! あ、はーい。急ぎましょう!」 


※※※


 大会議室は屋敷の奥に設けられていました。

 あちこちは黒い炎。中央に掲げられた紋章の下に、大きな扉。あそこですね!

 後方より、駆ける音。


「リリー!」

「シェリル様。この奥です! 行きましょうっ!!」

「……ええ」


 長杖を構えられる王女殿下をエルフの護衛官の方々が固められています。手傷は無し。皆さん、腕利き揃いのようです。

 扉から脱出路を駆けていくと――視界が広がりました。

 肌を刺す、猛火。中央に掲げられた紋章の下、数十名の騎士達と、その奥には前髪が薄紫色の男性。顔は土気色です。あの紋章、確か聖霊教。

 それに対峙するは


「リディヤ!」「リディヤ御嬢様!」


 礼拝堂の中央に立ち、漆黒のドレスを身に纏われているリディヤ御嬢様がゆっくりと振り返られました。背中に黒炎が六翼。手には予測通り『真朱』。

 ……うぅ……こ、これは、ち、ちょっと。


「シェリル、リリー」 

「リディヤ! 止めてっ!! アレンは無事だから!!! あの人が、貴女を悲しませるようなことをする筈ないでしょう!?」

「…………もう、かなしいもの。あいつ、逃げれたのに、にげなかったんだもの」

「逃げないわよ。だって……アレンって、そういう人でしょう?」

「…………」 


 あーあーあー……。い、いけません。これは、いけません。

 普段のリディヤ御嬢様なら、何でもなく――はないんですけど、受け流される言葉も今は逆効果。こ、このままでは。

 奥にいる、男性が叫ばれました。


「あの男は、下賤な身でありながら我等に最後の最後まで反抗したぞっ! 今頃は……さぞかし悲惨な目にあっているだろうなぁ。死んでいてもおかしくは、ひっ!!!」


 黒炎が形を変えていき、六翼双頭の『火焔鳥』を形成。

 あわわわ……な、なんて、命知らずなことをっ!! 馬鹿ですか? 馬鹿なんですかっ!?

 一気に礼拝堂の壁や床、巨大な紋章が燃え上がります。その中を、リディヤ御嬢様が進まれていきます。 

 シェリル王女殿下が叫ばれます。


「リディヤ!」 

「だ、駄目です! わ、私達じゃ、もう、もう……止めきれませんっ!! あの黒炎は、リディヤ御嬢様がまだ魔法を殆ど使えなかった頃の炎で」


 『火焔鳥』が悠然と飛翔し――憶えているのはここまでです。

 無我夢中で、皆さんと炎を防ぎつつ礼拝堂を脱出。 

 ――王都を奪還した後、礼拝堂で対峙したオルグレン家の人も捕虜となりました。皆、精神を半ば病んでいたそうです。

 

 そして――リディヤ御嬢様は御戻りになられませんでした。

 アレン様、どうか、どうか、リディヤ御嬢様を……。

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