第13話 お昼寝

 僕達が水都へやって来て数日が経った。

 『有翼獅子の巣』で過ごす日々は、ここ数ヶ月……いや、この四年間の中で最も平穏で心休まるものだったように思う。ほんと、色々あったしなぁ。

 ペンをベランダへ置いた丸テーブル上のノートに放り出し、身体を伸ばす。潮風がとても心地よい。そろそろ、夕方だ。

 これで、一通りティナ達とステラ用の新しい課題は書き終えたかな? 帰ったら渡さないと。

 とりあえず……喉が渇いたや。一休憩しよっと。

 椅子に座りながら、部屋の中を覗き込む。

 大きなベッドの上では、リディヤが幼女姿のアトラと一緒にお昼寝中。

 お互い抱きしめ合っていて、本物の親子みたいだ。

 起こすと悪いので、そーっと、室内へ。

 備え付けてあるキッチンでお湯を沸かす。

 紅茶でいいかな? それとも、珍しい東方産のお茶に……足元から視線。


「おや? 起こしちゃったかな?」

「♪」

 

 アトラが、ふわ~、と笑い、両手を伸ばしてきた。

 抱きかかえると腕の中で幼狐に。そのまま、再びすやすや。

 撫でながら、沸いたお湯をまずはポットへ。

 お湯を捨て、次に紅茶の茶葉を投入。

 なんと僕が王都で行きつけにしている、水色屋根のカフェでよく頼む物、その最上級品だ。

 ……水都の諜報能力も怖いなぁ。

 お湯を注ぎ、蓋をして蒸らす。置いてあった、砂時計を回転。

 その間、昔からやっている魔法の練習。

 

 炎・水・土・風・雷の欠片を、指先に生み出しては消し、生み出しては消し、を繰り返す。


 これだけだと、少々物足りないので、各属性を合わせてみたり、雪華を生み出してみたり、光と闇で魔法生物を作ってみたり……慣れ、という面では悪くない練習法だと自負している。

 本格的にやるならティナ達にやらしている『花』を生み出すのがいい――再び、視線。

 ベッドを見るとリディヤが両手で頬杖をつきながら、優しい笑み。


「ごめん、起こしちゃったかな?」

「それ……一番最初に私へ教えてくれた練習法よね? 炎だけだったけど」

「うん、そうだね。……あの時は大変だった! 堪え性のない公女殿下ときたら、すぐに『……斬るわ。き-るー!』と駄々をこねてさ」

「あら? そうだったかしら? 覚えてないわ」


 ポットの中で茶葉が浮き沈みを繰り返すようになったので、蓋を開け、スプーンでひと混ぜ。

 リディヤへ尋ねる。


「君も」「飲む」


 軽く手を挙げ了解の意を伝え、ティーポットとカップを浮かせ、ベッドで寝そべる我が儘御嬢様の傍へ。

 おねむなアトラを寝かせ頭を撫で、リディヤへ手を差し出す。


「どうせなら、ベランダで飲もうよ」

「うん」


 腐れ縁は僕の手をしっかりと握り、立ち上がった。

 半袖シャツと半ズボン姿の、動きやすい恰好。それでいて、細かい所には精緻極まる刺繍が施されている。水都最高の服屋で買い込んだのだ。

 思わず、くすり、と笑う。


「何よ?」

「いや、昔の君もそういう服を好んで着ていたけどさ、そこまで服そのものに拘らなかったろうなって。ほら? 王立学校へ入学した頃だよ」

「…………そんな昔のこと、もう、忘れたわ。全部ね!」

「魔法の練習は覚えてるのに? はい! リディヤ・リンスター公女殿下もやってみましょう。まずは、炎から」

「そんなに、燃やされたいわけ?」


 茶化すとリディヤは微笑を浮かべ、僕の手を、ぎゅー、っと握りしめてきた。

 ――開き、生まれたのは小さな紅の鳥。魔法生物だ。

 かつて、身体強化魔法しかまともに魔法を使えなかった少女は何処にもいない。

 

 今、僕を見つめているこの子は――王国最高峰の剣士にして、魔法士。


 うん。僕の見る目も中々だったんじゃないだろうか。

 羽ばたいた小鳥が、リディヤの肩へ停まった。


「で?」

「合格だよ。美味しい紅茶を淹れてあげるね」

「……それだけ?」

「うん、それだけ」

「…………あんたは、むかしから、いじわる!」

「おっと」


 ぷく~、と頬を膨らました腐れ縁が腕の中に飛び込んできた。

 僕を抱きしめ、上目遣い。

 頬を掻く。


「あ~……紅茶を淹れてからに」「しなーい。今、今がいいのー」


 困った公女殿下だ。

 多分、まだ少し眠いのだろう。

 指を曲げ、浮遊魔法を発動。リディヤを浮かせ、僕はベランダへ。


「はんそくー」

「反則じゃないよ。ほら、座って」


 浮遊魔法を解除し、目の前の椅子へ紅髪の少女を降ろす。

 すぐさま、自分で椅子を移動させ、僕の隣へ。

 何が何でも、御褒美がほしいらしい。

 ……四年前の僕、少しは先のことを考えて教えるべきだよ?

 

『うまく、魔法が使えたら、御褒美をあげるよ』


 冗談のつもりだったんだけどなぁ。

 紅茶を淹れ、腐れ縁へ。

 飲みつつも、むくれるリディヤは収まらない。僕も椅子へ腰かける。


「……あんたは、ほんと、昔から酷い奴だわ。私との約束は、すぐ破るくせに、他の子達との約束は順守しようとしてっ!」

「そ、そうかなぁ?」

「あんたは私の下僕なんだからねっ! 努々、忘れるんじゃないわよっ!!」

「えー……それじゃ、仕方ないね」

「な、何よ?」


 わざとらしく両手を挙げ、首を振る。

 リディヤの肩にいた小鳥が部屋の中へ飛んで行った。


「君の下僕は止めて……そうだね、シェリルの従者にでも」「駄目!!!!」


 血相を変えて、腐れ縁が飛びついて来た。余裕なし。


「駄目よ! 駄目駄目!! あの子は……シェリルだけは駄目っ!!! もし、そんなことをするなら、私は本気で亡命――……ちょっと」

「い、や、だって……」

「わ、笑うなぁぁぁ!!! き、斬って、も、燃やすわよっ!? ほ、本気なんだからねっ!!」


 駄々をこねる姿は、出会った頃と変わらない。

 僕はますます笑みを深めて、頭を撫でる。


「バカな子だなぁ。そんなこと、僕に出来ると思う?」

「…………思わない! だけど……バカ、大バカ、意地悪。許してほしかったら――して」

「んー?」

「だ、だからぁぁ!」

「待った! 炎羽が、炎羽が舞ってるって!」


 慌てて、数を急速に増やしていく炎羽を消す。

 腕の中の腐れ縁はふてくされつつも不退転。

 ……仕方ない、か。

 前髪を上げ、おでこに、軽いキス。

 公女殿下は不服を表明。


「……これだけ?」

「これだけ。だって」

「なによ」

「アトラが、真似するからね」

「!」


 ベランダにやって来ていた小鳥を頭に乗せた幼女は、獣耳と尻尾を大きく動かし、背伸びをして丸テーブルに頭を置き、興味津々な様子で僕達を見つめていた。

 満面の笑みを浮かべ、リディヤの真似だろう、恥ずかしそうに、それでいて、幸せそうに目を閉じる。


「! !? ア、アトラっ! ち、ちょっと、話があるわ。こっちへ来なさいっ!!」

「♪」


 幼女はクルリと反転。部屋の中に逃げていく。

 リディヤは顔を真っ赤にし、駆けだそうとし――止まって、紅茶を一気飲みし、ぽつり。


「――……続き、後でするから」

「アトラを、捕まえられたらね」

「……その言葉、忘れるんじゃないわよ?」


 戦意を漲らせ『剣姫』様は、部屋へ。「アトラ! 待ちなさいっ!!」「♪」仲良しなのは良いことだ。

 紅の小鳥が飛んできて、僕の肩へ停まった。

 この子を見たら王都にいる多くの学者は驚愕するだろう。

 

 ――リディヤは本当に、凄い魔法士になった。

 

 心から嬉しく、とてもとても誇らしい。

 悔しさが出てこないのは、男としてはちょっと情けないのかもしれないけれど。

 苦笑しつつ僕は室内で、追いかけっこを繰り広げているかつての教え子と、幼女を眺め、幸せな思いに浸るのだった。

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