疑問

「今から裁判を始めるわ。被告人は前へ出なさい」

「……はい」

「あら? 殊勝ね。少しは懲りたのかしら」

「姉様、騙されちゃ駄目です。首席様は演技が上手いんです! ……ほんと、心配させて」

「ティナ御嬢様、本気で反省してくださいっ!!」

「そうよ、ティナ。本当に心配したんだから」

「……開廷します。議題は『ティナ・ハワード公女殿下の抜け駆けについて、どのような罰——具体的には、兄さんとの関係性について』です。被告には弁護する権利も、反論する権利もありません。従わない場合は力づくです」


 カレンが目を怒りに染めながら言い放つ。

 これはまた……本気で怒ってるなぁ。室内にさっきから紫電が走っている。

 他の子達は怒り半分、心配半分。リディヤは―—獲物を捕らえた猫科の目だな、あれは。楽しんでる。

 ―—朝から突然、みんなして病室にやって来たと思ったら。必要ないのにさ。


「あーカレン。もう一度、怒ったろ?」

「兄さんは黙っていてくださいっ! ……けじめは必要です。この子が乱入しなければ、兄さんが怪我することはありませんでしたっ!! 意識を喪われた兄さんを見た時の私の気持ち、分かってますか?」 

「……ごめん。だけど」

「だけども何もないです」

「ふ~―—リディヤ」

「私も必要だと思うわよ。毎回、倒れられたら、私が変な噂をたてられるでしょう? それに」


 一転、真剣な視線。

 ああ、なるほど。君も疑問に感じてたか。


「ティナ」

「……は、はい」 

「聞きたい事があるんですけど」

「先生、ごめんなさい。ほんとにほんとに反省してます。私は驕ってました……先生を助けたかったんですけど足手まといになって……だけど、だけどっ! わ、私、先生と離れたくない、です……や、辞めないで下さいっ」

「? 辞める?? ……カレン」

「可能性です」


 しれっと答える僕の妹。脅し過ぎだよ。

 小さく震えているティナが目に入る。まったく。

 ベッドから降りようとすると両手を掴まれた。痛いって。


「なーに、しようとしてるのよ?」

「兄さんは寝ててください。まだ、お身体が本調子じゃない筈です。……血も相当量を喪われた、と聞いてます。無理無茶するのは全面禁止です」

「リディヤもカレンも、少し過保護だよ」 

「過保護じゃないわよ。ね? カレン?」「必要措置です」

「……少し歩くくらい、平気だから。でも、ありがとう」


 心配そうな二人の頭を軽く撫でつつ、ベッドから降りた。

 泣きそうなティナの傍に行き、膝を曲げ視線を合わせつつ話しかける。


「ティナ、こっちを見て下さい」

「……先生」

「カレンが脅かし過ぎたみたいですね。大丈夫ですよ。僕は家庭教師を辞めるつもりはありませんし、君を嫌いになったりもしません」

「…………本当ですか?」

「ええ。だけど、危ない事は止めましょう。僕の心臓が持ちませんから。助けてくれるのは―—そうですね、カレンと同じ位になったらにしてください。それで、どうだい?」

「……つまり、今度こういう事があった場合、リディヤさんと私までは連れて行ってくれる、という理解でよろしいですか?」

「機会はもうないだろうけどね。ステラ様とエリーとリィネも覚えておいて。まぁ、危ない目に遭遇することなんか早々ないよ」

「「「は、はいっ」」」

「ありがとう」

 

 何度もあったら身が持たない。

 その手の経験は、学生時代で全て履修し終えた、と密かに自負してるし。

 ―—リディヤは少し不満そう。後で説得しないと。


「本題です。ティナ」

「はい」

「一つ、疑問があるのですが……あの時、?」


 ―—そうなのだ。あの時、屋敷内には、リディヤも僕もオーウェン率いる近衛もいたし、手練れの敵兵も群れていた。

 にも関わらず、この子は僕とジェラルドを追って、戦場に現れたのだ。

 ……誰にも感知すらさせず。

 これでも、僕は魔法制御と感知能力だけは、それなりにやると思っている。まして、ティナの魔力だ。屋敷内に入れば分かりそうなものなのに分からなかった。

 まるで――。


「『人は余りにも大きな存在を知覚出来ないの。だから、見えている筈なのに見えないこともあるのよ』」 

「ステラ様?」「お姉様?」 

「……母が幼い頃、話してくれたんです。アレン様、おそらく誰も感知出来なかったのは」

「ええ、そうでしょうね。ティナ、僕を助けようと思って、抜け出した時、『声』を聞きませんでしたか?」

「……ごめんなさい。思い出せないんです。ただ、無我夢中にお屋敷の中を駆けて行って、気付いた時には先生が戦われていて……」 


 無意識だったのか。

 右手の甲を見るも、先日見えた紋章は無し。

 まだまだ、分からない事だらけ過ぎるや。


「分かりました。ありがとうございます。確かにティナのした行動は無謀でした。だけど……僕は生きてます。反省もしてくれたみたいですし」


 両手を打ち鳴らす。

 リディヤを除く皆が驚きの表情を浮かべる。


「これでお仕舞とします。カレン、良いね?」

「……納得はしてません」 

「うん」

「……だけど、兄さんですから」

「ありがとう。ティナ」

「は、はい」

「―—よく頑張りましたね。偉かったです」

「ふぇ」


 呆然としている少女の頭を軽くぽんとし、立ち上がる。

 エリーとリィネを手招きすると駆け寄って来た。後はお任せ。

 沈黙しているリディヤに目配せ。少し大変になりそうだね、これは。

 

 ―—王都に帰還後、僕は思い知ることとなる。

 事態が思わぬ方向に動き始めた時、一人の力では止められず、二人でも難しい事を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る