語らい
「アレン。あ~ん」
「……母さん」
「な~に?」
「それは何?」
「だって、アレンが入院するなんて早々ないでしょう? ナタンもカレンも、うちの家族はみんなずっと健康だったし、私、一度やってみたかったのよ♪」
病院のベッド横から、母さんが林檎をフォークに刺し僕の口元へ運んでくる。
その後ろには引きつった笑みのカレン。これは、僕にはどうしようもないよ。
大人しく食べる――美味しい。
「うふふ♪ 楽しいわね。もう一つ」
「か、母さん、後は私がやりますっ。そろそろ戻らないと、父さんが心配しますよ?」
「えー。カレンはほんとお兄ちゃん大好きっ子ねぇ」
「そ、そんな事……ありますけど……」
カレン、僕からは何も言えないからね。
そんな僕達を嬉しそうに見ていた当の母さんは、果物が載ったお皿をカレンへ渡し椅子から立ち上がった。
「戻るわ。カレン、お兄ちゃんをお願いね」
「はい、大丈夫です。リディヤさん達もいますし」
「いい子。流石、私の娘ね。アレン」
「うん」
「頑張ったんだから、ちゃんとお休みしなさい」
「で、でも……お金も……」
「でもも何もなーし。許可が出るまで、退院しちゃ駄目よ? 分かった?」
「……はい。ありがと、母さん。父さんにもよろしくね」
「大丈夫、大丈夫。今度は一緒に来るわ。それじゃ――」
僕の頭を優しく撫でる温かい手。
ちょっとだけ恥ずかしいんだけど……少しの間、母さんはそうした後、手を離し、笑顔を見せた。
「ゆっくりと寝なきゃ駄目よ?」
「……もう十分」
「駄目よ。カレン」
「きちんと見張ってます」
母と妹が結託して、僕の退院を阻んでくる。
リディヤとティナは退院してるのに……はぁ……。
だけど、心配かけたろうし、まだ休暇の時間は残ってる。一日、二日はこのままでもいいかな?
王都にいるフェリシアへは、帰りが遅れるかもしれない旨は連絡しておいた。ただ、あの子もあれで心配性だから遅くなり過ぎると、強行軍でこっちへ来かねない。
有難い話なんだけど……やれやれ。みんな、本当に過保護だなぁ。
「アレン、今度来る時まで、いい子にしているのよ? すぐにまた来るから」
※※※
息子の病室を出て階段を降り、病院入り口が見えてきた――ここまで来れば大丈夫ね。
……はぁ、良かったわぁぁぁぁ。
あの子はもうっ! もうったらもうっ!! 毎回、母親の心臓を止めるつもりなのかしらね。
思わずよろよろと、置いてある待合用の椅子へへたり込む。
……あの子を王立学校へ行かせず、この地で伸びやかに育てるべきだったのかしら? そうすれば、こんな危ない事に関わる事も。
その時、後方から声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは真剣な眼差しのメイドさん。
「エリン様」
「あらまぁ、アンナさんじゃない。うふふ。毎月のように御手紙のやり取りをさせてもらっているせいか、久しぶりという感じがしないわ。リサ様はお元気かしら?」
「はい――奥様も此方に先程、到着され、エリン様にお話を、と」
「私と?」
思わずアンナさんの顔を見つめてしまう。相変わらず可愛らしい人だわぁ。
だけど、リサ様――リンスター公爵家の奥方様が、私と話したい事なんて?
あの方はとても公爵夫人とは思えない程、気さくな方で私とも文通して下さっているけれど……ああ、そういう事ね。
「アレンの件かしら? 大丈夫ですよ。幸いあの子は今回も無事でした。親の身からすれば、毎回、心臓が止まりそうになりますけど……仕方ないんですよ。だって、アレンですからね」
「そういう問題じゃないのよ、エリン」
アンナさんが一歩下がり、奥から綺麗な赤髪の美女――リサ・リンスター公爵夫人が姿を現した。
慌てて立ち上がろうとすると、駆け寄って来られて両手を握られた。
「リサ様」
「『様』だなんて……止めてちょうだい。それとも、今回の件でリンスターに愛想を尽くしてしまった?」
「リサさん」
「エリン、本当に、本当にごめんなさい……うちの娘に関わったばかりに、貴女の息子をまたこんな危ない目に合わせて……。こういう時、何て謝ったらいいのしらね。私はあの時も貴女と約束したというのに……」
リサさんの手は震えていて、目には大粒の涙。
嗚呼……アレンが手紙に書いてきていた事を改めて実感するわ。
『リサさんは、無理無茶難題を言う、正しくリディヤのお母さんですけど……信頼出来る方です』
そうね、アレン。貴方の目は確かだわ。流石、私の息子ね!
思わず笑顔になってしまう。
「……怒らないの? 私は今度こそ、貴女に絶縁を言い渡されると思っていたのだけれど」
「まさか。そんな事をしたら、息子に私が怒られてしまいますよ。あの子は昔からああなんです。私と主人が止めても、リディヤちゃんを一人で行かせたり、ティナちゃんを見捨てる子じゃありません」
「だけど、今回は本当に命の危険が……!」
「リサさん」
綺麗な瞳を見つめます。
震えている両手を解いて、ハンカチを取り出し涙を拭いました。
「あの子は――アレンは私とナタンの自慢の息子なんです。あの子が自分で決めた事を、私達は否定しません。むしろ、褒めてあげたいんです。確かに驚きましたし、毎回、心臓に悪いですけど……それでも、褒めてあげたいんです。だって、これはあの子が、自分の命を賭けてまで誰かを守ろう、と思ってくれる優しい子に育ってくれた証なんですから。さ、湿ったお話はお仕舞です。時間おありですか? うふふ、家に美味しい果物の蜂蜜漬けがあるんです。食べていってください♪」
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