公女IFSS『二人の帰還』中
リディヤに拘束され玄関から屋敷の中へ。
すると――
「リディヤ御嬢様、アレン様、お帰りなさいませ」
『お帰りなさいませ!』
アンナさんが報せたのだろう、リンスターのメイドさん達が整列し僕達を迎えてくれた。皆、頬を紅潮させ涙ぐんでいる人までいる。
号令をかけたのは黒髪で眼鏡をかけ、褐色肌をした綺麗なメイドさん――副メイド長のロミーさんだ。リディヤが軽く左手を振った。
「ロミー、大袈裟よ。ただいま。変わりはないかしら?」
「これもメイドの務めでございます。はい、問題――いえ、二点だけございました」
「何かあったの?」
表情を曇らせた美人メイドさんに、紅髪の公女殿下は尋ね返した。
こう見えて、リディヤはリンスター公爵家に仕えている人達には優しいのだ。
……その優しさの一部を、僕にも向けてほしい。
左腕が剛力で締め付けられる。
「私はいつも、何時だって、や・さ・し・い、でしょぉぉ?」
「痛いっ、痛いってっ! 感情を読むのは禁止だろうっ!?」
「はっ! それはあんただけっ!! 私はいいのっ!」
「酷いっ! こんな横暴が許されていいものかっ!!」
「横暴じゃないもの。単に」
「? 単に??」
「…………う~」
リディヤは途中で口籠り、唇を尖らせ、上目遣いで僕を見た。
……言わんとすることは、まぁ分かる。分かってしまう。何しろ、付き合いももう長い。
僕は紅髪の公女殿下の頭をぽん。
「……悪かったよ。君は何時も優しいよね」
「……わかればいい――はっ!」
「うふふ……」『…………アレン様、早速の供給、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!! ありがとうございますっ!!!』
「あ、あ、あんたたち、ねぇぇ……」
長い旅の慣れ故か、人前で甘えてしまうという失態を演じたリディヤが、楽しそうに笑うロミーさんと、一致団結して喝采をあげているメイドさん達を睨みつけた。
……が、頬を恥ずかしそうに染め、身体を震わすその姿は十八歳には到底見えず。
メイドさん達はそんな御嬢様を見て、ますますはしゃぐ。
「嗚呼……生きていて良かった……」「リディヤ御嬢様、なんと、可愛らしい……」
「私は、私は、今日この日をどれ程、待ち望み、かふっ」「せ、先輩っ!?」「この出血、い、いけないっ!」「衛生兵ー衛生兵ー」「映像は?」「バッチリですっ! 四半期の映像大賞は貰いましたっ!!」
う~ん……王国へ戻って来た実感が湧いてくるなぁ。
わなわなと身体を震わし、羞恥の限界を超えリディヤが双剣の柄に手をかけた。
ピタリ、とメイドさん達の動きが止まる。
ロミーさんが左手を掲げ号令。
「皆、撤収を」
『は~い♪』
「あ、こ、こらっ!!!」
あっという間にメイドさん達が屋敷の中に散っていく。先程、吐血していたメイドさんも後輩メイドさんに背負われ撤収。御見事な逃げ足!
リディヤがその場で地団駄を踏む。
「グググ……ロミー! ちゃんと教育をしておき、ひゃん」
「はい、そこまでにしよう」
舞い踊る炎羽を消し、僕は相方の首元に小さな氷片を落とした。
リディヤは頬を大きく膨らまし顔を近づけ、唸る。
「…………う~」
「唸っても、拗ねてもダメです。ロミーさん、お話の途中でしたよね?」
左腕を紅髪の公女殿下へ差し出し、甘噛みさせながら僕は副メイド長さんへ視線を向けた。
何故か、鼻をハンカチで抑えているロミーさんが頷く。
「はい。少しばかり厄介事が生じております。一点は、広義な意味ではメイド隊の問題でございますが」
「なるほど……」
「とっとと解決しちゃえばいいじゃない。何をそんなに困っているのよ?」
ようやく甘噛みを辞めたリディヤも口を挟む。
そして、自然な動作で僕の手を取り、指を絡めてくる。
……この癖も、矯正させないと。
ロミーさんが会釈。
その瞳には少しの困惑と諧謔が見て取れた。嫌な予感。
「……私の口からは。詳しくは奥様がお話してくださるかと」
※※※
王都のリンスター公爵家の御屋敷には、見事な内庭が整備されている。
数多の花々が咲き誇る中を、ロミーさんに案内され進んでいく。
僕の隣にリディヤはいない。
途中、いきなり出現したアンナさんに連れられ着替えに行ってしまった。
多少抵抗していたものの――
『(……リディヤ御嬢様、奥様がわざわざ王都への帰還を強く望まれた理由、お気づきになりませんか?)』
『(!? ま、まさか……え、えっと…………そ、それって、もしかして……?)』
『(……おそらくは。そのような場に、旅装束のままで挑むは些か……)』
『(た、確かにそうね。……アンナ、ドレス選ぶの手伝ってくれる?)』
『(アンナにお任せください☆)』
満面の笑みを浮かべていたメイド長さんと内緒話をし、興奮した様子で離れて行った。まぁ、リディヤも女の子だしなぁ。
先導してくれているロミーさんに声をかけられた。
「アレン様」
「あ、はい」
会釈をし、一人先へ。
内庭の中央、日差し除けの屋根が設けられた休憩場所に豪奢な紅のドレスを着ている、紅髪の美女が腰かけていた。対面にも少女が座っているようだが……角度的に見えない。
近づき、挨拶をする。
「リサ様、アレンです」
「――あら? アレン。耳が遠くなったかもしれないわ。はい、もう一度」
「……リサさん、ただいま戻りました」
「ふふ、良く出来ました。お帰りなさい。待っていたわ。丁度、貴方の話をしていたのよ。さ、かけてちょうだい」
紅髪の美女――リディヤのお母さんである、リサ・リンスター公爵夫人は穏やかに僕を歓迎してくれた。
五年前、王立学校の入学試験後、リディヤに連れて来られて以来、リサさんにはとても良くしてもらっている。僕達の大陸旅行を許して下さったのもこの御方だ。
「失礼します」
「!」
リサさんに促され、空いている椅子へ腰かけると、見えなかった少女が身体を動かした。大分、緊張しているようだ。
薄蒼の白金髪に白を基調としたドレス。年齢は十五、六くらいだろうか? 妹のカレンと同じ年頃に見える。顔を伏せているが、容姿が整っているのは分かる。
――そして、この魔力。一年前に出会ったあの子に似ている。
僕は外套を脱ぎ、少女に話しかけた。
「ステラ・ハワード公女殿下、とお見受けします。僕に何か御用でしょうか?」
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