第39話 墓所
感じたのは温かさと柔らかさだった。
うつらうつらしながら思う。
小さい頃、ベッドに入り込んできたカレンみたいだなぁ……あの子、無茶してないといいけれど。リディヤ程じゃないにせよ、僕関連だと時々、暴走するし。
来年は、大学校へ進学するんだし、もっとお姉さんに――頬っぺたを何度も、何度も舐められる。
――意識が覚醒。
目を開けると、間近にあったのは、狐の幼女の笑顔。
「♪」
嬉しそうに抱き着いて来ると、頭をお腹にこすりつけてくる。
自然に頭を撫でつつ――気付く。背中が痛くない?
幼女を撫でつつ半身を起こすと、太陽の光に目が眩んだ。
……ここは四英海の底な筈なんだけど?
部屋――彼女曰く『墓所』は広かった。少なくとも、一人で住むには余りにも広すぎる。空気の流れからして、下手な貴族の屋敷並。
見ると、複数の宝珠を用いて地上から光を転送しているようだ。
……いや、どういう技術。
これ、フェリシアに見せたら歓喜。学校長に見せたら仰け反って、教授の笑顔も引き攣るやつな気がする。
後方には、閉じている木製の扉。暗号式が再生している。
表面には古代語で殴り書きがされているけど達筆過ぎて、読めない。
取りあえず、幼女に見せてはいけない言葉なのは何となく分かる。きっと、あの少女が書いたのだろう。
彼女の気配はない。……五百年、か。
床だった部分は柔らかい苔に覆われ、一部壁まで侵食している。部屋の中央には一本の樹木。その周囲だけは綺麗だ。
――お腹が鳴った。
幼女が驚いた表情になり僕を見た後、立ち上がり、手を引っ張った。
「痛っ」
「!」
今にも泣きそうな表情になり、腕を持ちよじ登ろうとする。また、魔力を繋げようとしてくれているのだろう。
視線を合わせ、優しく微笑む。
「ありがとう。さっきは本当に助かったよ。でも、大丈夫」
「! !!」
「うん。だけど……君も無理してたのは分かるからね。何か食べ物を探そう!」
今まで分からなかった幼女の魔力が微かに感じられる。
つまり……そういうことなんだろう。これ以上、この子に負担をかけさせるわけにはいかない。
――僕は約束をした。しかも、死する少女と。
その約束を破るのは
「ちょっと、カッコ悪いしね? リディヤは怒るだろうけど」
「? !!! ?」
幼女が全身を使って『怖い物』を表現する。
耳や尻尾は逆立ち、身体をブルブル。どうやら、リディヤらしい。短時間、魔力を繋いだだけで、僕の知り合いを覚えたらしい。
くすり、と笑い抱きかかえる。
「違うよ? あの子はね、誰よりも強いけど、誰よりも弱い子なんだ。みんな、誤解してるけどね。あれは、彼女の精一杯の強がりなんだよ。だから……僕は早く帰らないと。じゃないと、教授の冗談が冗談じゃなくなるしね」
「!!」
今度は、幼女らしからぬ悪い笑みを浮かべ、顔を伏せた。どうやら、教授らしい。
……いけない!
ぎゅー、っと抱きしめる。
「だーめ。あんな人は覚えなくていいからね? そうだなぁ……ティナ達ならいいよ?」
「!」
頬を膨らまし、そっぽ――ティナだ。
上目遣い。でも、元気――エリーだ。
お澄まし顔で、御嬢様――リィネだ。
「上手いなぁ。偉い」
「♪ !」
褒められ、ご機嫌な幼女が指で場所を指し示す。それに従って歩いて行く。
確かに一部は苔に覆われているものの、五百年前から存在しているとは思えない程、部屋の中は綺麗だった。
ただし――無造作に置いてある本を手に取ろうとすると、とんでもない暗号付きの魔法式。
ざっと見渡す限り、四方向の内三面の壁は本棚。けれど
「…………これに全部、暗号をかけてるのか。流石は、教授・学校長、二大巨頭をして捻くれている、と評されるだけのことはある」
妙に感心しつつも、今は食べ物だ。
何時まで生きてたかは知らないけれど、扉の魔法式といい、この部屋に使われている魔法式と技術といい、とんでもない魔法士だったのは間違いないのだし、五百年くらい、どうにかしてくれているだろう。何より、この子は確信しているし。
進んでいくと、大きな執務机が見えて来た。何と木製。上には、本やノートの山。そして、脇の壁には、無数のメモ用紙。ほぼ、全部走り書き。
……うん、全部、愚痴とか悪口とか、恋人への睦言擬きだろう。読まなくても分かる。きっと、これを見た研究者達が回収、解読した際に受ける精神的打撃まで計算している気がする。ノート類も、日記の類なんだろうなぁ。
いや、やっぱり、モテなかったんじゃないかな?
――周囲を警戒。
小説とかだと、意地で復活してくるもんだけど、ないか。
執務机横の扉に触れる。暗号はなし。
恐る恐る、開けると――
「…………う~ん。今すぐティナを連れて来たいね」
思わず、愚痴が零れた。
そこにあったのは、広大な部屋と十数本の果樹。それに守られるように、大きな白い噴水? らしきもの。
果樹は実っているものの、僕じゃ種類が分からない。まぁ、でも齧ってみるしかないか。
近くになっている、丸い薄蒼色の果実をもぎ、頬張る。
――美味い。
幼女が、肩越しに口を大きく開けた。風魔法で切って食べさせると、嬉しそうに身体を揺らす。
地面に降ろし、視線を合わせる。
「取りあえず、色々と食べてみようか。見えない位置に行っちゃダメだよ?」
「!」
幼女は頷き、決意を秘めた目を見せ、とてとて、走り出した。どうやら、美味しい物を持ってきてくれるらしい。
――天井を見る。
ハワード家の温室よりも高い。体調が万全なら、上に昇ってみるんだけど。
歩いて行き、噴水らしき物へ近付く。かつては白磁の輝きだったのだろうけど、流石に苔がむし、傷んでいる。
中心からは綺麗な水が湧き、溜まっていた。これは噴水じゃない――泉だ。
水面に映った自分を見て……苦笑。まずい、血塗れだ。
脱出しても、こんな姿を見られた瞬間、半日以上のお説教は確定だろう。
ボロボロな魔法士のローブを脱ぎ、下着だけになって飛び込む。
身体中から激痛。使える限りの治癒魔法を発動。
傷口を洗っていくと、多少、緩和。
――水に流れがある。何処かへ通じているのか?
「!!!」
水の中で考え込んでいると、幼女が両腕にたくさんの色とりどりの果実を抱えたまま、泉に飛び込んできた。
ボロボロな衣服を脱ぎ棄て、器用に泳いで僕の方へやってくる。両手足の布はそのまま。 素直に可愛い。でも、バレたら……。
――天才魔法使い様。早くもお願いです。
後で探しますので、幼女用の下着と服も用意しておいてくださいね? 僕の命が懸かってます!
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